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2006年08月10日
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カテゴリ:平和運動
今年も二つの平和宣言が広島・長崎の市長により読み上げられた。

広島市平和宣言
日本政府には以下のように要望している。
「日本国政府には、被爆者や市民の代弁者として、核保有国に対して「核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ」と迫る、世界的運動を展開するよう要請します。そのためにも世界に誇るべき平和憲法を遵守し、さらに「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した人間本位の温かい援護策を充実するよう求めます。」

長崎平和宣言
ここでは政府に対しては、
「繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます」

広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式 内閣総理大臣挨拶
はこうである。
「私は、ここ広島において、本日の式典に臨み、犠牲者の御霊と広島市民の皆様の前で、今後とも、憲法の平和条項を遵守し、非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立ち続けることを改めてお誓い申し上げます。 」(長崎のもほぼ同じなので省略)

こういうしらじらしい首相の挨拶を読むと、感情としての韓国・中国の人々の「日本は謝っていない」という感覚が分かる。

「日本政府はいつアメリカの核実験に対して抗議の意思を示したというのか」
「憲法の平和条項を変えようといっているのは誰なのか」
「被爆国として当然とることの出来るリーダーシップをいつとってきたというのか」
「非核三原則を堅持するのなら法制化しろ」
「海外の被爆者の認定を取り消したのは誰なのか」

被爆の国に住む私たちは、被爆体験や被爆者とは縁やゆかりは無いけれども、それでも政府に対しては感情的に声高に言いたくなる。怒る私たちを、誰が止めることができるというのか。

中国や韓国の人々たちよ、君たちは「日本よ謝れ」と怒り続ける権利がある。

……と、ここまで書いて、ころっと書くことが変わる。

ただ私は天邪鬼なので、つい違う視点でものを考えてしまう。

もしいま、中国や韓国の人たちが「謝れ」というのをやめたらどうなるだろう、と考えてみる。
日本の原水禁運動が米国に核を落とした責任を問わなかったように、中国や韓国の人たちがあえて日本の戦争責任を問わなくなったらどうなるだろう、と考えてみる。
原水禁運動がいち早く世界大会を広島で開催できたように、東北アジアの連帯アジア大会が一挙に進むかもしれない。

「憎しみの連鎖からは平和は生まれない」そんなことは当事者でないから言えることであって、被爆した当人たち、または彼らにゆかりのある広島長崎、各地の人たちにとっては、なかなかいえないことだ。被爆者の人たちは、憎しみを抱えながら、この60年生きてきた人もいるだろう、その人を前に誰も決して「憎しみの連鎖から……」とは言えないだろう。
フランス在住のcyberbloomさんのいうには「フランス人の友だちに「なぜ日本人は原爆を落としたアメリカを憎まないのか」と聞かれることがある。」とのことだ。または、「新聞にはさらにこんな見出しもあった。「パールハーバーのあとにはヒロシマが来た」。つまり、パールハーバーの報復として広島と長崎に原爆を落としたように、アメリカがテロ(=奇襲)の報復として核兵器を使うかもしれない。テロの直後、そういう記事をよく見かけた。非西洋的な狂気には西洋的な理性の力、核兵器がふわさしいと言わんばかりに。」とも書いている。西洋では「眼には眼を」は国民的な常識なのかもしれない。

佐々木貞子の碑には「安らかに眠って下さい、過ちは繰り返しませぬから」とある。この一文には主語はない。いろいろな意見があるけれども、私は日本の核兵器反対運動の素晴らしさ、到達点はここにあるのだと思う。国はおろか、市民運動としても、アメリカの責任をあえて問わなかったために、1955年という非常に早い時期からの原水禁世界大会が実現した。日本の市民団体がアメリカの責任にこだわっていたら、果たして建前だけだとしても核兵器の削減条約までたどり着けていたかどうか。

「加害」「被害」の間にある「憎しみ」や「責任」は脇において、「核兵器廃絶」という全世界が共通して持てる課題に対して、全世界が助け合いながら合意をとってきたのが、この間の運動ではなかったか。そしてアジアの中には、「憎しみ」や「責任」という問題も抱えながら、一方で「アジアの平和的連帯」「経済的連帯」と言う共通の課題がある。

中国、韓国とも市民レベルでアジア大会が出来ないだろうか。ただ、そのときには最も肝になる「歴史認識」について、忌憚の無い意見交換のあと、共通の大会宣言が出せるレベルまで、お互いの市民団体が信頼しあうことが必要なのではあるが。

……ここまで書いてきて、やはり実現性薄いなあ、という気がしてきた。
日本の原水禁運動は市長レベルまでは動かしてきているが、国を動かしてはいない。それは何故なのか。という運動の総括がまだできていないように思える。よって、アジア問題にまで簡単に教訓は生かせない。

核兵器廃絶は問題が単純なので、そうは言っても代表的な市民団体は簡単に組織できた。アジア同盟を作るに際して、代表的な市民団体が果たして作れるかどうかというと、ことが広範にわたるだけにほとんど無理なような気がする。

「歴史認識問題」の解決、日本流の運動で上手くいくのではないかと、ふと思ったのではあるが、真夏の夜の夢でした。






最終更新日  2006年08月10日 22時37分48秒
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