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2011年12月07日
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「原発社会からの離脱」自然エネルギーと共同体自治に向けて
講談社現代新書 宮台真司 飯田哲也
(2011年6月20日発行)

大震災の後、トータル的に自然エネルギーについて語れる人はこの人しかいないという状態になって、ずーとマスコミに出っ放しになっている飯田哲也氏の震災後初めての本になった。時間がないから対談本になっているのは仕方ない。いつかきちんと整理した自然エネルギーシフトへの啓蒙書を出して欲しいと思う。

対談相手は、私は初めてだが、社会学者の宮台真司氏。氏によっておそらく今回の対談は歴史的な広がりを持った。今回の原発問題が、何度も繰返してきた日本の社会システムの過ちをまた繰返していることが明らかになった。歴史の教訓からどのように未来デザインを描くのかをある程度は示した。

今回の原発問題が、戦前の大本営の失敗の歴史的教訓をそのまま繰返していることには気がついていたが、その問題の本質に「官僚問題」があり、それは幕末から続いていることについては、今回初めて知らされた。

またびっくりしたのは、お二人とも私と同世代の1959年生まれ。大学入学時代には、しらけ世代全盛期で、その中で違和感を感じ、(身動きが取れなかったのは私だけだろうけど)人生を模索しながら生きて来たことに共感を覚えた。

飯田氏は特に理工系の学部に進んだけど、今西錦司ゼミの学生と付き合う中でどうも鍛えられたらしい。表立っては行動に移せないけど、議論だけはする雰囲気があった。それが後々、原子力村の中枢に入っても違和感を覚えてそこをステップに次ぎに移る素地になったようだ。

以下、幾つかなるほどと思ったところをメモ。

●【宮台】日本は、政治が主導的だった時代は明治維新以降、ほんの僅かな間しかなく、長く見積もって明治はんばぐらいまでしか続かなかった。それ以降は役人の力が巨大な官治主義が続きます。(略)大正になると政党政治つまり民治主義になるけど、政友会と民政党の政党争いの末、政友会が民政党浜口内閣のロンドン軍縮条約締結を統帥権干犯として批判したのを機に、軍官僚が総てを握る。(略)政治家と行政官僚はどこの国でも対立するわけですが、日本では圧倒的に政治家が弱く官僚が強いわけです。政治家の活動の余地は単なる利権の調整しかないので、ドブ板選挙をするしかない。政策にはほとんどタッチできません。
●【宮台】自立に向けて舵を切ろう、アメリカに依存する国であることをやめよう。田中角栄はそう考えて、対中国外交と対中東外交でアメリカを怒らせる独自路線を走ろうとしたわけです。それが例の「ピーナツ」という暗号が書かれたものが誤配されて見つかったという発覚の仕方で五億円事件まで行く。(略)いろいろな政治家に聞いてもアメリカの関与は良く分からないのですが、「田中角栄のようなことをやってはいけないんだな」という刷り込みにはなりました。
●【宮台】行政官僚には「無謬原則」がある。官僚機構の中では人事と予算の力学が働くので、「それは間違っていた」とは誰も言い出せない。これは大東亜戦争中の海軍軍司令部や陸軍参謀本部問題でもあります。
●【飯田】世界では自然エネルギーへの投資額が毎年30%-60%ほど伸びています。10年後には100兆円から300兆円に達する可能性がある。20年後には数百兆円、今の石油産業に匹敵する可能性がある。
日本はこの投資の1-2%しか占めていません。日本は「グリーンエコノミー」の負け組みなのです。新しい経済を生み出す側で負けてしまっている。
一方で日本は化石燃料を年間23兆円、GDPの約5%を輸入しています(2008年)。石油、天然ガス、石炭です。(略)(石油と石炭の)二つが、今後貿易黒字を縮小させるなど日本経済の負担になっていきます。新しい経済の側でどんどんチャンスを失い、しかも日本の電力は石炭だらけですから、その石炭代と、それで増えたCO2を減らしたことにするためのクレジット代でますます電気料金が上る。原子力はコストパフォーマンスが極めてお粗末ですから、新しい原発はできず、稼働率は低く、事故だらけ。それをまた石炭で補う。という極めて暗い未来像になります。
→常識的に言えば、自然エネルギーへの転換が、日本の未来にとって、中国対策にとってでさえも、米国支配からの脱却という面でも、ベストな選択だろう。芥川の「危険思想とは、常識を実行に移そうとする思想である」という言葉が思い浮かぶ。唯一の心配は、飯田のこの試算がほんとうに正しいかどうか、ということだろう。
●【飯田】霞ヶ関文学の本質はフィクションと現実を繋いでいく言葉のアクロバットです。
●【宮台が飯田の半生を要約】p74






最終更新日  2011年12月07日 22時52分53秒
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