㈱FPコンサルツ広場 FPの幸せ探検隊

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2020.07.31
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カテゴリ:五式戦の妖怪

ある日土井は山口工場長に呼び出された。

また、何かお叱りを受けるのかと内心ひやひやしていた。

工場長の部屋のドアを開けると晴れやかな顔をした山口が部屋の奥の窓際の机の前で待っていた。

「君、飛行機の設計をやってみないか」

土井は驚いた、職工上がりの自分には手に余る仕事だと思ったからだ。

「私には無理です」土井はきっぱりと断った。

山口はにやりと笑い、「いや、君には出来る」と答えた。

東京帝国大学卒の山口はかねてより土井を設計主任に抜擢しようと計画していたのだ。

そして、工学系の理論を深く理解している山口には土井の底知れぬ能力が分かっていたのだ。

同盟国にナチスドイツ軍があるがメッサーシュミットBF109のようなスマートな機体を作ってくれ。

土井はもちろんBF109のことは知っておりドイツ空軍の主力戦闘機として大きな成果を上げているのも知っていた。

「あれは液冷ですよね」「そうだ、だれもやったことがないスマートで速度の出るやつを作ってくれ」

山口工場長は川崎重工のなかでそれを完成させられるのは土井しかいないと確信していた。

「既存の理論に固守する奴じゃ駄目なんだ」

面白そうですね、土井はそう答えた。







Last updated  2020.07.31 19:26:23
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2020.07.30
カテゴリ:五式戦の妖怪

土井いわゆるエリートではなかった、工業高校の機械工学を専攻し川崎重工には職工として入社した。

航空機を作る工場でもくもくと同じ作業を繰り返していたが、いつも疑問を抱えている男だった。

工業高校時代は勉強をするより実験や、実際に飛ぶ鳥を捕まえてはその翼の構造を細かく研究していた。

鳥の翼は二つの要素から構成されている空気を後ろに押しやる羽ばたく翼と胴体に近い羽ばたかない翼である。

航空機は鳥の翼を研究することにより実現できた乗り物である。

羽ばたく翼は航空機でいえばプロペラを動かすエンジン(内燃機関と)空気を圧縮して燃料を注入し爆発力を推進力に替えるジェットエンジン(外燃機関)に当たる。

一方、羽ばたかない翼は上昇力(揚力)を生む。

これは流体力学上ベルヌーイの定理で説明される、同じ空間において翼の上を通る空気の圧力と速度を乗じたものと翼の下を通るそれは一定であるので翼の上面の流速は下より速くなり結果的に空気の圧力は翼の下のそれより小さくなる。

つまり、結果的に下から持ち上げられることになりこれが揚力となる。

こうして鳥は空を飛べるのでありこれは鳥が考えたのか神が考えたのかさすがの土井にもわからない。

土井は工場でよく作業を中断する、あまり良い職工ではなかった。

中断しては上長に提案するのだ「ここはこう変えたほうが空気の流れが良くなるのではないでしょうか」

そればかりか、自分の持ち場を離れ様々な作業工程に首を突っ込んでくるのでかなり煙たがれていた。

工場長は山口と言って東大出のエリートである、しかし、問題児とされいろいろ質問してくる土井には好感を持っていた。

「なるほど、そうだね」工学系の理論をしっかり身に着けていた山口工場長には土井の指摘が理にかなっているものだとすぐに飲み込めた。

 







Last updated  2020.07.30 21:17:15
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2020.07.19

太平洋戦争での勝敗が見えてきた頃。

土井は自分が手掛けてきた三式戦 飛燕の評判がすこぶる悪いことに心を痛めていた。

始動性が悪い、いざという時使えないなど飛行士や整備士からの批判は直接言われなくても伝わってきた。

同盟を結んでいるナチスドイツ軍のメッサーシュミットを参考に川崎重工で開発したのだがその完成度の低いのには理由があった。

自動車を何十年も前から作り続けているドイツとその経験が浅い日本では水冷エンジンの構造の細部の部分まではまねができないのだ。

メルセデスなどは何十年も前から水冷エンジンを作り続け不具合の原因を改良し続けているのでほぼ完ぺきなものが出来ている。

ドイツから設計図を持ち込み見様見真似で作った日本初の戦闘機の水冷エンジンとは埋めることが出来ない大きな溝があった。

かくして頭のない飛燕が飛行場に並びエンジンの不具合を調整中の機体ばかりが飛行場の隅に並べられていた。

土井はその解決策が頭の中には浮かんではいた、飛燕の水冷エンジンを空冷にしたらどうか?

そんな突拍子もない秘策があった。

しかし、お堅い上層部にこんな案を提案しても受け入れてもらえないのは分かっていた。

一度決めてやってきたことを否定されることを何よりも嫌がる人たちである。

しかし、物資のない日本陸軍にとって使えない戦闘機は資源の無駄であり開発者としては居ても立っても居られないほど悔しかった。

 







Last updated  2020.07.19 18:28:29
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2020.07.14

東京を出港して2週間、嵐のような台風も東に逃げてしまって太平洋はその名の通りとても穏やかな海へと姿を変えた。

通信工学科の配慮だろうか船内にはホノルルのエフエム局KIKIが流れ始めた。

長い航海ももうすぐ終わると思うと自然とワクワクしてくる。

海保大卒業生の遠洋航海では僕らはアメリカ合衆国の国賓扱いとなるのでいくつかのスケジュールは決められていた。

ホノルルではパールハーバーのアリゾナ記念館とオールドファッションのロコモーションでパイナップル畑のツアー、そしてコースとガードの太平洋地区司令官宅への訪問、シアトルではボーイング社の工場見学、シアトル日本人会との交流、レーニエ山への登山、などだ。

海の色がエメラルドグリーンに変わるとイルカたちが練習船を先導してくれる。

ダイヤモンドヘッドが見えると僕たちは不思議な感覚になる、当たり前といえばそれまでだが東京の汚い晴海ふ頭とワイキキビーチがつながっているなんていう感覚は飛行機の旅行では味わえない感覚だ。そして、実感するのだ地球は本当に丸いのだと。

勘違いの国際感覚

練習船こじまがアロハタワーの近くのふ頭に停泊すると上から下まで白のダブルの第一種制服はどこから見ても日本海軍に見える。

そんな姿で49人全員がアリゾナ記念館を見学するという感覚はわれら海保大としては間違っていると思う。

アメリカ人にとってアリゾナ記念館は旧日本海軍に奇襲攻撃をかけられ何千人もなくなった悲しい記憶の記念館なのに、そこへどう見ても日本海軍にしか見えない我々がのこのこと行くところではないのだ。

花束を持ちながら慰霊に行くならともかくただ、ここへきて当時の写真を見て帰るというのはどうか?

やはり、我々をみるアメリカ人の目は冷たかった。

とても恥ずかしかった、肩身が狭かったのだ。

みながWe were sorryという感覚でないと国際感覚どころか常識を疑われる。







Last updated  2020.07.14 18:47:40
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2020.07.09
カテゴリ:敗者復活戦

昭和50年代の東京晴海ふ頭の海水は茶色く濁り1メートル下さえも見えなかった。

遠洋航海の前に呉市から東京まで来たのは海上保安庁の観閲式に参加するためだ。

全国から各型式の巡視船や航空機が集められ披露される。

関越船には国土交通大臣と抽選で選ばれた一般人が乗り込み観閲船が沈むのではと思うくらい前後部のデッキやブリッジの周辺に500人ぐらい乗り込んでいただろうか、海保大の練習船こじまが遠洋航海に出発するときは最後尾につき真名に見送られてアメリカ西海岸へと旅立つ。遠洋航海の寄港地はまずオアフ島のホノルル(ここで給油)経由でシアトルかサンフランシスコ、またサンディエゴのどこかに向かう。(現在は練習船が大きくなったため世界一周)

僕個人的にはサンディエゴに行ってみたかった(理由は米国海軍の士官養成校 Naval Academy)がサンディエゴ近郊のアナポリスにありそこの見学があるからだ。

毎年行われる海保大の遠洋航海は初級士官としての最高の舞台であり士官としてのプライドをくすぐられる一大イベントだ。

25期生の寄港地はシアトルと決まった。

今でこそシアトルはマイクロソフトやスターバックスの発祥の地として有名だが当時はこれらの会社はちょうど産声を上げたころだっただろうか。

海保大卒業生の遠洋航海で我々は米国の国賓として扱われる、うそのようだがそのためパスポートも必要ない。

通常5月の終わりごろに出発するのだが東京を出港したとたん大きな台風に見舞われた、しかもその勢いはすさまじく当時は千トン程度しかなかった練習船は片玄30度、ピッチング10メートルという遊園地のアトラクション並みの動揺に見舞われ三日三晩これが続いた、当然何も口に入らないし食べる気もおこらない、さすがの乗組員(学生上がりと違って毎年渡航しているつわもの)の主計課(コックさん)の職員も料理が作れないのでおかゆをバケツに入れて食べれるものなら食べてくれと学生教室の入り口に2缶ほど置かれていた。

僕はそれを見てますます気が失せて自室に帰り食パンをちぎりリンゴと一緒に口に流し込んだ。

台風が過ぎると太平洋はうそのようにないで青インクをこぼしたような青色の水面が延々と続いた。(ああ、これがNavy Blueなんだ)

やっとご飯が食えるようになったところで唯一の洋上訓練である防火訓練が始まった。

僕は何故か総合指揮官に任命され後部デッキの前にある高いところから拡声器を持って拡販に指示を出すことになる。

さて、訓練の内容だが最初と最後は決まっていてどこかから出火して最後は総員退船で救命ボートを下ろして船をあきらめることになる。

昨年の訓練の様子を聞くため教官のところへ行き教え欲しいと頼んだら「君が作り給え」と言われた。

実は、僕はこういう創作的な事は好きだし得意なのだ。

さすがに船長室から出火させるわけにはいかないので無難なところで後部甲板の真下にある学生教室兼食堂から出火させることにした。

3班に分かれており、航海科、機関工学科、通信工学科の班長にタイムスケジュールを配ってこの通りにやってくれと頼んだ。

訓練の内容を大まかにいうとこうだ。

学生教室から出火すれば当然その真上にある後部甲板は熱くなる。

後部甲板が船の中では一番広い場所でここが使えないと初夏活動ができないので第一班は海水ポンプで海水をくみ上げ後部甲板に流し作業領域を確保せよ。

第二班には後部甲板を使ってげん窓を突き破り消化ホースを突っ込み消火活動をさせた(船は一区画が水没しても沈むことはない)

そして、第三班は総員退船もあり得るので救命ボートの位置で待機させいつでも下せるように用意させた。

こうして、2時間の訓練は無事終わり船長からお褒めの言葉をいただいた。(卒業生が訓練内容を作ったのは初めてだったようだった)







Last updated  2020.07.09 15:17:23
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2020.06.13
カテゴリ:敗者復活戦
北朝鮮の拉致問題、竹島問題、尖閣諸島問題、外務省は何一つ解決してはいない。
海上保安庁には竹島の領海に入るなと通達を出しているが国民には竹島は我が国の領土とうそぶいている。
ある時、海保大の1期先輩の巡視船のY船長が竹島の領海に侵入したとき大問題になった。
 船長を補佐する業務監理官は同期のN監理官でこの事実について第八管区本部長にこの二人は呼ばれた。
そして、きつく叱咤されお前らの将来はないとまで言ったとか。
 こういった問題は外務省はきまってこういう言葉を使う「この問題は高度な外交手段を使って解決する問題だから海上保安庁は相手を刺激しないように」
 高度な外交手段を使って解決=何もしない
つまり外務省は何もしないのだ、そんな官庁に国民は大事な血税を支払っている。
いまだかつて外務省が日本国民に有益な政治を行ったことはない。
 尖閣諸島問題も同じこと、中国を刺激するので海上保安庁は中国海警が尖閣の寮かに入ってきても威嚇の射撃も出来ないし、まして拿捕も出来ない。せいぜい中国漁船に放水銃を放つぐらい、海警にはそれさえしない。
 中国はころを良いことに領海に入り放題、挙句の果てには尖閣で漁を行っている日本漁船を追いかけまわす始末だ。
 日本をだめにしているのは外務省なのだ、日本の主権はなくなりつつある。
いつかこういうことを海上保安大のブログに書いたら外務省は文句を言ってきた。
まったく役に立たない官庁である。






Last updated  2020.06.13 19:53:09
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2020.06.11
カテゴリ:敗者復活戦

新聞にはのってないが

海上保安大の学生のころ1年から4年は国家公務員 8等級3号俸、月額にして約8万円ぐらいだったと思う。

ボーナスは期末勤勉手当という呼び方で支給された冬は確か2.5か月分ぐらいあったので24万円ほど支給されたと思う。

全寮制だから食費や衣服、光熱費、風呂代は無料、友いつお金を出したのが散髪代や下着や靴下のお金。ためる奴は貯めたが僕は使い切っていた。

あいにく大学は呉市の中心から離れていたため街に出るにも寮に帰るにもタクシーだった。

冬のボーナスが支給された次の日量全体が大騒ぎになった。

このころの給与は現金手渡し学生は不用意にも自分の机の引き出しの中に入れていた支給袋を抱いて寝るものなどもちろんなかった。

泥棒が入ったのだ。

ボーナスが亡くなったもの続出、しかしそれは内部的犯行だった。

もちろん警察が入り犯人は捕まったが絶対に新聞に載ることはなかった。

公権力がそれを許さなかったのだ、もう45年も前の話で現代では絶対に許されないことだ






Last updated  2020.06.11 18:52:30
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2020.06.10
カテゴリ:敗者復活戦

後悔

これは自慢になっていまうが僕は海保大の同期の中でも一目置かれていた刑法が大好きで京都大学の伊藤客員教授唯一合格点を取ったし、学校長が寮生は就寝時間後に自室で酒を飲むからと言って4つの寮のカーテンを撤収してしまった次の日、これはいくら校長の権限でも憲法が保障するプラバシーの侵害に該当すると校長を論破し、翌日には教官が再びカーテンを付けて回った。本来は4年生がやることだ、だが誰も校長に逆らわないので2年生の僕がやらざるを得なかった。

そういうところを学生課が認めたのか本来4年生しか部屋長になれないのに僕は3年生で部屋長になった。

学園祭のポスターをつくりその出来が良かったのかダンスパーティーは人が入りきらなかった、全国カッターボート競技会のポスターの依頼も来た。(今までの実績から呉製販に発注するところを現在の

M教授の頼みでいい加減な業者に頼んだためせっかく僕が徹夜で描いたラフが使えず台無しになったが、これはカッター部の連中には悪いことをしたし自分も悔しくて顔を上げられなかった)

卒業し三等海上保安正に任官し遠洋航海でシアトルへ練習船こじまで向かった時の洋上訓練でも総合指揮官に任命され49人を拡声器で指揮し、しかもその訓練内容も教官から君が作れと依頼され船長には公表で大変褒められた、公務員の世界は失敗するものに絶対に依頼はしない。

そこまで期待されていたのに遠洋航海から帰りさっさと辞めてしまったのだ。

後悔していなと言ったらうそになる。

その訓練要員の中から将来の長官が生まれたのだがもしもだ、もしも僕が長官になっていたら尖閣列島に海上保安署を作っていたし領海に侵入する中国海警には発砲して領海外へ追い出させた。

いくら外務省が口をはさんでもこれは海上保安庁の責務なのだ。

国民が期待する海上保安庁の専任権限なのだ。

中国との関係が悪くなる?そんなことは知ったことではない領海に勝手に入ってきたうえに日本の漁船を追い回しここは中国の領海だとうそぶく現在のような情けない状況にはしていなかった。

まあ、あくまでもしもの話なのだが。

同期の中から長官、第二管区、第三管区(東京湾含む)、第四管区、第11管区のそれぞれの本部長が生まれ三管本部のH君は奄美大島に領海侵犯してサンゴ礁を勝手に捕獲する中国漁船に対しSST(対テロ組織班)を使い2隻を拿捕。中国政府に抗議したら自分たちは知りませんでした。

厳重に処罰しておきますだとさ(よく言うよ)本当は知っていたくせに。

それぐらいやって当たり前なのだ。







Last updated  2020.06.10 19:04:27
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2020.06.09
保身は人間が本来から持っている自己防衛本能である。
しかし、指導者のから資格からして一番抑えなければならない本能でもある、この世の中の指導者という人種のその能力の強さにはいい加減嫌気がさす。
 いつから人類は潔さを失ったのか?たとえば日本人でいえば武士道精神があったその精神の根幹を形作っているのは潔さがあったと思うのだ。
だが、中国大陸、朝鮮半島には武士道精神というものはなく欲望と裏切りに満ちていてそれは歴史が物語っている。
 国際裁判所の裁判官はこういっT習近平の言い訳をきっぱりと切り捨てた。
 「あなたは中央委員会のトップの指導者だ、たとえほかの6人の委員全員が反対したとしても何が正義で何が悪なのか正す立場の人間であるしかるに自分は正しくて多数決で決まったような喪にいは指導者の資格はない。今回の事態はあなたに全責任がある」
 習近平はじぶんが今回の事件を招いたという証拠でもあるのか?」と言い直った。
裁判官はきっぱりと証拠はありあすよ、あなたはオープンソースインベスティゲーションを知らないのですか?
初めて聞いた言葉だった、
 SNSの発達により全世界にデジタルハンターという人たちがいるのです。
彼らは特殊な能力を駆使して不特定多数のSNSからあがった映像や原稿を結び付け確たる証拠を掴むスペシャリストなのです、例えばユーチューブに挙げられた映像の一部の建物から場所を特定し何万という情報の中から革新的な証拠を特定する人たちですよ、もう少し説明すればベリングキャットという組織がありますね、またニューヨークタイムズの中にもデジタルハンターはたくさんいます。
 裁判官はそういうとある映像を映し出した。
その映像は驚くべきもので中国武官のP4研究所に通う習近平の姿を映し出していた。
中国史府がいくらその種の映像を強制的に削除しようと、また別のハンターが拡散するしあなた方が知らない証拠の保存場所もネットの中に存在するのですよ。






Last updated  2020.06.09 18:47:30
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2020.06.08

民主国家となった中国では2020年に世界を混乱に招き入れた犯人探しが始まった。
もちろん当時の国家主席は習近平なので主犯格は決まっているのだが習近平は巧みに自分の責任を回避すべく既に手を打っていた。
その話というのはこういうものだった。
自分は2019年11月の段階で武漢ウィルスが流出したのを知りこれを世界に発表、WHOにも依頼し封じ込めを図ろうとしたが7人の最高責任者のうちその5人から隠蔽せよとの命を受け仕方なしに隠蔽したのだという。
それは順位2番の李克強をはじめ順位8番の王岐山にいたる6名全員から強く止められたというのだ。
  1. 習近平 - 序列第1位 党総書記国家主席中央軍事委員会主席、国家軍事委員会主席
  2. 李克強 - 序列第2位 国務院総理(首相)
  3. 栗戦書 - 序列第3位 全人代常務委員長(国会議長)
  4. 汪 洋 - 序列第4位 全国政協主席
  5. 王滬寧 - 序列第5位 党中央書記処書記
  6. 趙楽際 - 序列第6位 党中央規律検査委員会書記
  7. 韓 正 - 序列第7位 国務院副総理(副首相)
  8. 王岐山 
  9. -責任の所在を明確にするため 国連にある国際裁判所で審議することとなった。






Last updated  2020.06.08 15:49:52
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