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ABECCO-NARARA

2011.05.17
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かつての流通メインロード「中街道」の町家です。

今回は「登録」のあるものを紹介します。

故井田康子先生宅2011/01/19
 

東城戸町の故井田(上村)康子先生宅です。先生は奈良女子大附属中高の教官のあと佐保短大でも高村光太郎や源氏物語などの研究・教育に精励されました。直接の血縁がなかったようで、生前からその資産を地域に寄贈されてきました。東城戸「大国社」の拝殿や東大寺二月堂北側の手水所、さらに佐保短大「井田康子賞」奨学基金などに名前が残っています。この自宅についても「自身の死後は奈良市に寄付する」ということで、文化庁の「登録有形文化財」のプレートが取り付けられていました。

ところが、この写真を撮影した今年1月には、あったはずのプレートがみあたりません。先生の遺志があったとはいえ、何らかの処分がされるのではと危惧されていました。

しかし今日、前を通った時に撮影したのが下の写真です。プレートが復活しています。やれやれ。

東城戸町井田家の登録有形文化財表示

もう一つ、近くの松寿堂さんの前を通ると、こんなディスプレイがされていました。

 

松寿堂のまちなか博物館ディスプレイ

 

「ならまちまちかど博物館」ということだそうです。ちょっと写真だと格子で見にくいのですが。

次に、「ならまち大通り」を渡った先、南城戸町の二軒も紹介します。

 

南城戸町細川家住宅2011/01/19

 

 

南城戸町細川家の文化財表示板

 

「和ロウソク」の製造販売を行っていたという「細川家」の建物は県指定の文化財。 そして細川家の隠居部屋として作られたというのが、お隣の「森家」でこちらは奈良市指定文化財

 
南城戸森家の文化財表示板

 

 

南城戸森家住宅2011/01/19

 


こちらの当主は、先の松寿堂さんとは先々代同士がご兄弟だそうです。美しく修復されたのをそのままにするのはもったいないと、このところ土曜日曜には公開して来客にお茶を出したりされています。入ってすぐの「みせの間」は、茶室風の造りで、網代天井がみごとです。ちなみにこのお向かいのアパートの一室には「五想庵」というデザイナーさんのプライベートギャラリー(こちらも土日にオープン)があったりして、新旧のデザインを楽しむことができます。

今回は「登録」されたものだけですが、その他にも、趣のある町家が中街道周辺にはたくさんあります。元興寺周辺のいわゆる「ならまち」だけではない奈良の町の面白さを感じていただければと思います。

追記)井田邸は、売却予定かと。

井田邸登録有形文化財のプレート11/05/20

その後、井田邸の経緯について周辺から事情を聞きました。

自宅については、生前、奈良市ではなくて「奈良まちづくりセンター」におまかせしますという話だったそうです。事情のわかった弁護士さんもついていたそうですが、最晩年は周囲とのコミュニケーションも困難となり、解任されて別の方が付いたらしく、「まちづくりセンター」もそれ以上関われなくなった。そして「通院等の駐車場に」ということで、奥の西側で接する敷地を買収して更地にした。(寺林からの東西の通りに面する) しかし、結局、現在転売を検討されているらしいと。一時、「登録有形文化財」の指定を解除するにはどうしたらいいのかという相談もでていたということです。

ということで、プレートは戻ったものの、今後の動向は予断を許しません。 以前は、井田先生のいとこにあたる方たちが面倒を見られていたそうですが、現在どうなっているのか、そこまで突っ込んで訊いた方はないようです。裏の敷地がかなり広くありますので、できればそちらにマンションなどを建てるにしても、街道側は現状を維持もしくは整備してほしいものです。







Last updated  2011.05.21 08:38:17
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Re:中街道の「町家」の一部を紹介します。(05/17)   上村家の子孫 さん
ブログ拝見させていただきました。
この井田康子様の父君 上村耕作氏と、私の祖父が兄弟になります。
古いことで、私も知る由がないのですが、どうして自宅を手放さざるを得なかったのでしょうか?
よければ教えてください。 (2018.09.09 02:06:01)

Re[1]:中街道の「町家」の一部を紹介します。(05/17)   J-A@wave さん
上村家の子孫さんへ

井田先生の晩年は、耳が不自由になられて、近所の方たちとのコミュニケーションも難しくなっておられたようです。井田家の資産について、ご自分には残すべき血縁もいないからと言うことで、様々なところへ寄附をされていました。

ご自宅については、当初、「奈良まちづくりセンター」への遺贈ということで弁護士の先生に遺言を託しておられたそうですが、「義理の姪」という方が来られて、先生のお世話をされるようになってから、当該の弁護士も解任され、「介護のために必要(送迎の車のため)」ということで、隣接の宅地も購入されました。
その後、登記簿によると、平成21年4月に先生が亡くなられて、その相続登記と同時期に、新たに購入した土地や、元々の土地建物について「譲渡担保」や「根抵当権設定」が行われています。(債務者 クリエイト関西)

そして、平成23年5月から7月にかけて、隣接地の「八洲エージェント」さんが、それらの不動産を購入し、担保設定や根抵当権を解除・抹消しています。
(その後、パナホームのマンション用地に)
私の方で確認できているのは以上です。 (2018.09.09 19:42:54)

Re[2]:中街道の「町家」の一部を紹介します。(05/17)   上村家 血縁者 さん
J-A@waveさんへ
ありがとうございました。
上村耕作さんは私の父からみて、間違いなく叔父になります。
私の祖父は上村耕作氏の弟になり、昭和13年に他界しています。
父が4歳の時です。
その頃までに、康子さんのお兄様が亡くなられ、康子さんのお姉様も亡くなっていらっしゃいます。
祖父の他の兄弟も東城町30番地で死亡と記されていました。
戸籍では、康子さんと父は従姉妹になりますが、明治、大正、昭和と云う大変な時代であったから仕方がなかったのかも知れません。

私が高校生くらいの時に、周りに上村姓の親族がいなかったこともあり、祖母に尋ねたこともありましたが、本家であると言われたお墓が油坂にある西方寺であることまでは知っており、今までお参りには訪れていました。

つい最近、康子さんと父からみて同じ従姉妹にあたる方が昨年お亡くなりになりました。
その方もお子様がいらっしゃらず、近親者のみでで葬儀は執り行わず、お別れ会を開かれたと知りました。

そのようなこともあり、戸籍を遡ったところ祖父、曾祖父、叔父、叔母、曽祖母まで知ることとかなりました。

自分のルーツとなる祖先を敬う気持ちを持ち続けていきたいと思います。

複雑な心境もありますが、先祖の足跡に恥じぬように、微力ながら今の時代を生きていきたいという思います。

お返事ありがとうございました。
奈良町の皆様のご発展とご多幸をお祈り申し上げます。

上村 正記 拝 (2018.09.09 23:14:33)

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