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ABECCO-NARARA

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まちなか

2011.08.11
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カテゴリ:まちなか

一見、なんでもない奈良のまちかどの写真ですが

 

中街道角振町の風景ですが

 

角振町のアサコムニッセイシャの前、向うは三条通り、左側は友楽西館の解体工事現場です。手前に、交通事故の目撃情報を求める看板が立っています。

あれ?目撃看板って、向うの三条通りに立ってたんじゃなかった。とよく見ると、たしかに向うの三井住友銀行の前のポールにも看板がありますよ。こんな近いところで、2件も目撃証言を必要とするような交通事故が起こってるんですね。

 

住友銀行角の事故看板、7/28のもの

 

 上は三条通りの三井住友前の看板、7/28朝のクルマと自転車の事故。

そして、下はアサコム前の看板、8/3早朝のトラックと自転車の事故。

 

アサコム前の事故目撃看板
 

 

うーん何ででしょう。1週間の内にごく近くで2回も事故、それも自転車絡み。
考えられることは、西側の工事現場の仮囲いが真っ白で真っ平ら、光を反射していることでしょうか。どうも圧迫感があったり、距離感の目測が狂ったりしてるのかな。
ちょっと困ったことです。







Last updated  2011.08.14 09:17:13
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2011.04.17
カテゴリ:まちなか

「路地裏カフェ」の二つめです。

震災前の3月上旬、朝のNHKで紹介された「奈良の路地裏カフェ」三軒、一つはすぐに判りましたが、あとの二つは「ならまち」ではなさそうでした。(三つ目は「山」がみえていた)二軒目の路地に入るあたり、どうも見覚えがある場所だったのですが、それは意外なところでした。

今辻子町のパビリオンへはいる角

 ここは、三条通り(下三条町)と大宮通りをつなぐ「今辻子(いまづし)」の通りでした。向うの「川本医院」は、象さんがシンボルの耳鼻咽喉科のお医者さんです。角に立つ赤い道標のところを左へ入ります。

今辻子町の路地裏ギャラリーOut of Place

 今辻子町の会所などの先に、まずあるのがこちら。これはカフェではなくてギャラリーで、「OUT of PLACE」という名前です。その先にチラッと見えているのが「カフェ」でした。

 
今辻子町の路地裏カフェ「パビリオン」

「パビリオン」という名前で、絵本とコーヒーのお店ということです。テレビでは、ずいぶんと広々とした感じでしたが、場所はホントに「路地裏」の狭苦しいところにありました。とりあえず場所がわかったので、このあとは「今辻子町」を少し紹介しましょう。
ここからは今辻子町のあれこれです。

今辻子町から百万ヶ辻子に続く道

さっきの質屋さんから50mほど三条通側に戻ると、こういう道があります。いまは東側しか残っていませんが、もともとは西の方、西之坂町に向かう道もあったようです。で、下の写真のように、開化天皇陵の参道敷地でまた途切れてしまうのですが、本来は林小路町まで続く道、いわば三条通りのサブとなる道でした。 (林小路側の道もホテルフジタの敷地まで来て、南へ曲がり三条通につながっている)

今辻子から百万ヶ辻子に続く道は御陵の参道で分断

 向こうに見える屋根は霊巖院のお寺で、このあたり、ホテルフジタの奥の方や御陵の敷地などは、住民はいないはずですが「百万ヶ辻子町」という町名がついています。「百万」というのは、謡曲「百萬」の主人公となっている春日の巫女で、その住処がこのあたりであったことから町名になったといわれています。

今辻子町のの西照寺は家康ゆかりの寺

その「百萬」の供養塔もあるのがこのお寺「西照寺」です。さっきの写真で突き当たりの少し手前に門の屋根が見えています。このあたり、徳川家康が大阪冬の陣で奈良に逃げてきた時のエピソード(桶屋の桶に隠れた)が残っていて、西照寺もかつての境内では東照宮を祀り、今も家康公の墓碑や位牌が残っているそうです。向う側林小路の漢国神社にも、家康が奉納した甲冑がつたわっています。

 

今辻子町の住吉神社

 

西照寺の手前には、今辻子町でお守りする神社「住吉神社」があります。三条通を挟んで南側にある「月日社」が、神功皇后の妹「与止日女」などを祀るのと好対照(住吉大社は神功皇后と住吉三神=表筒男、中筒男、底筒男を祀る)と思いきや、そう簡単ではありません。

住吉神社は、もともと九頭龍社だった

  この灯籠の柱には「九頭社」とあります。傍らの案内板によれば、もともと九頭神社、九頭大明神を祀っていたようです。明治の神仏分離では「明神」「権現」を禁止するようになっていますから、その関係で明治時代に住吉神社へと変貌したようです。(案内板では住吉三神と九頭明神と書かれています)

三条通りの「裏側」にも、いろいろと面白いお店や歴史があるんですね。

ところで、このページの写真撮ったのは3月11日のことでした。「その時間」には道で人と立ち話をしていて全く気がつかなかったんだけど、ある事務所に入った時に「今の地震気持ち悪かった」と言われました。







Last updated  2011.04.19 09:40:44
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2011.04.14
カテゴリ:まちなか

というのが、感想に出てきました。

なにかというと、だんだん周囲の人にも知られてきた

例の友楽東あと住宅専用マンションの問題です。

なかには

「えらい、なめたことするもんやな」ともいわれます。

そら京阪さん、大阪の中之島とくらべたら何やけど、これでも奈良では一等地やで、と。

登記情報によれば、友楽の二つの土地建物は、南都銀行によって貸付担保5億円、根抵当15億円という権利設定がされていたようですが、目先の資金回収で、将来の奈良に禍根を残すようなことにならなければよいがという意見もある。

東西の三条通の流れと、南北の東向・小西・餅飯殿・中街道の人の流れ、交流人口のいわば「潮目」にあたる場所だけに、「金の卵を産むニワトリ」となるはずの場所を首を絞めて解体=分譲してしまうという結果にもなりかねません。これだけの場所で住居のマンションというのは売れるのは確実で、たしかに「確実な資金回収」はできるのでしょうが。(一旦、底地まで含めて分譲してしまったら、万一あとで土地利用を変更するのは事実上無理でしょう。)

少なくとも、こういうのだけは止めてほしいですね。

やすらぎの道のマンション

やすらぎの道、高天交差点近くのマンション。↑ この辺はオフィスビルも多いのですが、この区間は、一段とひっそりした感じです。

 

ならまち大通りのマンション

 こちらは、ならまち大通りの北室町にできているマンション。下御門と勝南院の間です。いちおう「景観形成地区」としての修景は施されています。

最近のマンションでは「セキュリティ」が売り物になっていることも多く、玄関には鍵がかかっていたりする。住民はそれで良いのでしょうが、近隣にとっては「大きな壁」ができているに等しい状態ですね。

で、「壁」ばかりのまちになってしまうと、こういう感じ。

 

富雄の楓ちゃん事件発生現場

 ここは、7年前にあの「楓ちゃん」が誘拐された現場です。右手のマンションの防犯カメラに誘拐した車が撮られていたようですが、そりゃ「後の祭り」というもの。「人の目」とカメラの目では、意味がまるで違いますね。







Last updated  2011.04.15 04:46:32
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2011.03.20
カテゴリ:まちなか

奈良からも震災支援の動きがいろいろ出ていますが

飲食店のグループ「蛍の会」が中心になって、チャリティ屋台が行われました。原発の行方も気になりますが、こっちはやはり賑やかにやって、義捐金を集めることの方が先決でしょうね。

ならまちチャリティ屋台

 

今回、東北関東大震災の義捐金チャリティのための屋台イベントということですが、たしか「蛍の会」のはじまりは、インド洋大津波の被災支援のための元興寺極楽坊での「夢祭り」だったような。昨年春の朱雀門広場での「東市・西市」や、5月の「まちなか1300年祭」などでも蛍の会のメンバーがお店を出して活躍していました。

今日、3月20日ならまちセンターの広場に、飲食の屋台やテーブル席の他、物販のテントも一つ設けられて、家族連れなどで賑わっていました。中華焼そば、カレー入りホットケーキ、タイ風カレーに、「ふりぽんぬ」さんのフレンチ、そしてやはりおなじみ「ハンターナ」サマン・ペレラさんのスリランカ・カレーですね。「春鹿」のお酒の「一杯売り」もありました。

チラシやtwitterなどで予告されていたので、ならまちかいわいのお店のスタッフなどでも「今日のお昼はここにした」という方も多かったのではないでしょうか。やはり「チャリティ」と思うと、もう一品と手が伸びてしまいそうです。

ちなみに、ペレラさんはその容貌を活かしてNHKのドラマ「大仏開眼」では、開眼法要の導師として大仏に目を入れたインドの僧「菩提僊那」の役をされていました。

 







Last updated  2011.03.20 14:53:20
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2011.03.14
カテゴリ:まちなか

三条通の「旭水公園」です。

 

旭水公園

 

先日、「下三条町東街区公園」のことを書きましたが、三条通(と旧奈良銀行跡地)を挟んで北側にあるのがこちら「旭水公園」です。歩道より少し盛り上がっていて人工の滝と、その横と背後にはトイレがあります。(男・女・身障者用)

この公園は阪神大震災のすぐあとに作られたので、いろいろと地震絡みのネタがあるのです。

・まともなところでは、地下に消防などに使う耐震貯水槽が作られています。

・当初、ここにはトイレができる予定はありませんでした。近所に喫茶店もあるし、少し東には奈良市観光センターのトイレも使えます。(ホテルフジタのトイレも借りることができる) 公園に下手にトイレを作ると「隠れ場所」になって犯罪を誘発しかねないというのが理由でした。(先の「下三条町東街区公園」の失敗で周辺は懲りてます)

にもかかわらず、結局トイレが設置されたのは、当時神戸の震災を視察して「みなトイレで困ってたぞ」という奈良市のトップの一声でした。 それが良かったか悪かったかは判りません。トイレの設備の一部は壊れたままですが何とか機能していますし、一時居着いていたホームレスもいなくなりました。

・この場所は、もともと朝日新聞社の奈良支局のあったところでした。レンガブロック風のちょっと洒落た建物でしたが、車の利用が不便ということもあってR24の方に移転し、跡地を奈良市が購入しました。(あの頃に「値ぇさえ合うたら買いまっせ」と市が買った土地がたくさんあるはず)

・その利用方法として「ポケットパーク」という案が出てきたのでした。町の中の「空き地」を放っておくと「ゴミため」のようになってしまう。人が寄り集まるような「流動性」を作ることでそれを防ぐとともに街並の中のアクセントにしようというものです。水が流れる滝は公園に「動き」(音も)をつくって視線を集める働きをしています。視線が集まれば、犯罪の危険性も減ります。イスとベンチを置いて近所のカフェから出前をというアイデアもありましたが、それは実現しませんでした。

・ところで「旭水」じゃなくて「曲水の宴」の方じゃないのかという疑問があるでしょうね。当時、トップは「あさひ公園」という案をもっていたそうですが、そりゃ、いくら新聞社でも一民間企業の名前というのはいかがなものかということで、周囲が知恵を絞って「滝の水もあることだし、あさひの水で『旭水公園』でいきましょう」ということになったとか。まあ、今なら「ネーミングライツ」ということでカネにできたかも知れませんが。







Last updated  2011.03.14 17:17:12
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2011.03.05
カテゴリ:まちなか

三条通はずいぶんと変わってきました。

三条通のうち旧24号線JR駅前交差点からやすらぎの道までの区間は、都市計画街路としての拡幅整備事業が進められています。もともと昭和8年の都市計画の線引きで、予定エリアの建物は「容易に除去できるもの」として、既存の木造や鉄骨造りの2階建てまでに規制されていましたが、平成9年に「上三条工区」の165mあまりの街路事業が開始、同時に「地区計画」が施行され平成14年からはJR駅前交差点から猿沢池までの区間に渡って道路予定敷地内での新築は停止されています。さらに平成19年から「三条工区」の事業が開始され、上記のような拡幅整備事業が進められています。

セットバックを行う時に、問題は木造の建物のイメージをどう活かすのかということになるでしょうが「え、こんなことができるの?」という例がありますので、ご紹介してみます。

 

かつての岡村酒造のファサード

 まず、造り酒屋の「岡村酒造」だったところ。「男魂」という銘柄だったのですが、なぜか娘さんばかり三人だったとおもいます。早くに酒造りは止めておられてご主人も亡くなっていましたが、味のある家の造りは「引き家」できないものだろうかとウワサになっていました。上の写真は2009年3月ごろです。

で、工事が終わったときには、なんというかちょっと狐につままれたような感じがするほどでした。

現在の岡村家1

路地を挟んだカフェの建物と比べれば、確かにセットバックしたのが確認できますが、そうでないとはたして下がったのかどうか判らないかも。

現在の岡村家2

次に、ダイエーのあったお隣の「あさおかおみやげ処」さん。ここは完全に一度解体されて新たに建てられてお店です。まず「使用前」から。

セットバック前のあさおか商店

 単純に「おみやげ物」と言ってしまうにはもったいない仏像のレプリカなど「工芸品」がいろいろと並べられていて、このお店も「さてどうなるんだろう」と関心をもたれていました。

で、建替え後の姿がこちらです。ファサードのイメージがうまく再現されて、人を引きつけるお店になっています。道路北側のお店に特有の「日よけ」で、お店の中がよく見えないのが残念です。できれば「使用前」と同じ角度の写真にしたかったのですが、今は電柱が元の位置に立ったままで映り込んでしまうので、やむを得ず斜めに振って撮っています。お隣の奈良漬屋さんも以前は「面かぶり」状態だったのが、建替えでむしろ奈良漬屋さんらしい雰囲気が出たようです。

現在のあさおか商店

これら2軒の建物は「拡幅セットバック」についての「街並うんぬん」の批判に対して、「その気になればできる」という例になるのではないかと思います。現在は、ようやく「都市計画道路の敷地が確保された」という段階で、歩車道分離のためのボラードや、バナーを組み合わせた街路灯街路樹や電力地上器などの「島」の部分などの「道路の味付け」の部分はまだこれからです。「シカの白ちゃん」をどう活かしていくのかなど、地元の「まちづくり協議会」での議論が進められています。






Last updated  2011.03.05 19:05:13
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カテゴリ:まちなか
まんとくん@スィーツ・マルシェ

今日は、まんとくんが餅飯殿に登場です。

スィーツ・マルシェのお手伝いに、もちいどのマーチャントシードセンターにやってきました。奈良市内でセレクトされた7軒のお店のスィーツを販売&試食できるまちなか市場のイベントです。

スィーツマルシェ1F会場

1Fには、7店の販売ブースが並びます。ミス奈良のお嬢さんもチラシ配りなどに活躍。

 

スィーツマルシェ2Fは試食会場

 

2Fは試食会場です。7つのレーンがあっという間に満員に。







Last updated  2011.03.05 17:48:51
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2011.02.20
カテゴリ:まちなか

週末はけっこう賑やかな奈良の町でした。

「なら瑠璃絵」のころよりも、このところの方が賑やかかも知れません。下の写真は、先日の「奈良銀行本店跡地」のあたりの三条通の様子です。

旧奈良銀行本店の周辺
 

左から、外装工事中のNTTビル(リーガルシューズと貸衣装店が入居)、奈良銀行本店跡地、末廣ビル(宝石店など)、コインパーキングなど、手前にはかつて朝日新聞奈良支局のあった「旭水公園」があります。パーキングの奥に見えている煉瓦色の壁は旧奈良銀行の会議室などのあった建物です。コインパーキングはかつて「菊岡漢方」や骨董品店、奥には何軒かの借家もあった敷地で、県内のある有力な工業系の会社が所有しています。  菊岡漢方のならまちへの移転について、半可通のマスコミが「三条通の拡幅のために移転した」(そのためクラシックな外観の店が消えてしまった)などという虚報を流したことがありましたが、実際は、地主さんとのやり取りの結果敷地を返還したに過ぎません。

さて、本日の本題は、この裏側です。

裏側から見た旧奈良銀行跡地

 三条通の一本南側の通りは通称「細川の通り」と呼ばれますが「中央商店街」という名称もあります。写真で見えているのが、先ほどの「旧奈良銀行本店」の会議室などがあった建物。右がNTT、左の背の高いビルが末廣ビルです。手前は、造り酒屋さんの作業場でしたが今は使われていません。左のブロック塀と白いフェンスが「下三条町東街区公園」です。

下三条町東街区公園1
 
なかなかよさげな公園に見えますが、実はこういうことになっています。
 
下三条町東街区公園2

 この公園の敷地は、もともと「中央市場」という小売市場のあった場所なのです。かつて「椿井市場」全盛のころ、中央市場も地域の生鮮食品などの供給の役目を果たしていました。中央市場の周辺だから「中央商店街」だったのですね。今もこの周辺には、魚屋さん、豆腐屋さん、八百屋さんなどが頑張っていますし、電気屋さんのあとには「ウガヤゲストハウス」ができていたりします。

で、この「市場跡」をマンションにしようという話が不動産業者から持ち上がったのですが、周辺から反対の声があがり、最終的に「市が買い取って公園にする」という形で「決着」しました。そして、かなり意欲的なデザインの公園が、かなりの費用を投じて作られました。しかし、現状はこのとおり。

それは、ここともう一ヶ所西側にも公園の出入り口があるのですが、こういう形↓で、いうならば家並みに囲まれた「袋地」の公園になってしまったのです。

下三条町東街区公園3
 
下三条町東街区公園4

 そのため「まわりの目が届かない」のをいいことに、不良少年のたまり場となり、施設を壊したり、はてには放火事件まで発生しました。周囲の民家としては「うちまで火を付けられたらこまる」ということになってしまい当時のデザインはすべてご破算、ただの芝生の広場だけになって、入り口にはふだん鍵が掛けられることになってしまいました。

「公園に」というのは、たしかに耳障りの良いことばですが、その立地条件を間違えてしまうと、こういうことになる(土地の購入、整備は市の金です)わけですね。最初の費用について「公園整備」ということで国の補助金が使われているために、奈良市がこの土地をどうこうしようと思っても、勝手に変更することも出来ません。これを教訓にして、三条通の旭水公園では極力「通りから丸見えになる」ような構造が求められました。

「公園」という設定が動かせないとして、この場所を活かす方法は「袋地」の解消しかないでしょう。そこで、三条通側の「旧奈良銀行本店跡地」や、となりの造り酒屋さんの敷地などと上手く繋げることで、「オープンで、人がいつも流れる場所」に変えるというのが一つの方法のように思えます。場合によっては、コインパーキングの土地や末廣ビルの裏の敷地などとも組み合わせた総合的なプランも考えられます。

とにかく、いまでこそ「公園」は防犯上要注意というのが常識になっていますが、当時はそうではなかったのですね。行政の方も「値ぇさえ合うたら、土地は買いまっせ」というスタイルでしたし、「金儲けのためのマンション」よりも「みんなのための公園」という「大義名分」が通ってしまったのですね。







Last updated  2011.02.20 16:38:30
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2011.02.11
カテゴリ:まちなか

昨日のつづき(友楽東館)です。

 

2011年2月10日の友楽東館前

 

マンション計画が立てられている「シネマデプト友楽イースト」の跡地ですが、このあたりは「角振新屋町」と呼ばれています。(中街道の西側「シネマデプト友楽ウェスト」の方は「角振町」なんですね。ややこしいですが。)敷地の奥の方は、一部、東隣の「橋本町」にかかっているそうです。隣のパチンコ店「カイナラ」さんから東は、橋本町になります。

なぜこんなことを書くかというと、誰が見ても「奈良の目抜きの商店街」に間違いない三条通りのうち、やすらぎの道(中部公民館・観光センター)から西(JRまで)は「三条通ショッピングモール」という法人の商店街、猿沢池に近い橋本町は「三条通り橋本商親会」という任意団体の商店街ですが、やすらぎの道からこの友楽東館まで(上三条町、角振町)は「商店街」を名乗る組織がないのです。ただ、JRから猿沢池までの三条通の6ヶ町を通して、街路灯や街頭装飾などを管理している「三条通むつみ会」という団体は存在しています。(三条通地区計画に関連する地権者などの三条通まちづくり協議会というのもある)

 ともあれ、実態としてこのあたりは「商店街」であることは間違いないですね。

少子高齢化の時代、まとまって生活人口が増えるマンション計画は大変ありがたい話、ただ商業施設がつらなる「商店街」である三条通りの中に、異質な「住宅専用建築」が登場したらどういう影響が出てくるのかが懸念されることではあります。

★東京でこんなことがあったらしい★

東京世田谷区の三軒茶屋、通称「三茶」は、東急田園都市線、国道246号、路面電車の東急世田谷線などが通るまちです。(サザエさんの美術館も近いのかな)

駅のまわりにいくつかの商店街やスーパーなどもあり、玉川通りの北側200mほどを並行する「太子堂中央街」というのもそういう商店街の一つで「世田谷のアメ横」ともよばれていたそうです。(リンクページの下から5コマ目あたり) その商店街の「茶沢通り」(三軒茶屋と下北沢を結ぶ通り?)から入ってすぐのところに昭和26年創業の魚屋があって近年は毎週日曜日の「まぐろ解体ショー」が名物になっていた。テレビ番組の取材もあったようで、商店街の集客の目玉だったという。

ところが、ある日突然その店が消えてしまった。(世田谷区の商店街役員)

少し前に、その店の向いにマンション(賃貸)が建って、そこへやってきた住民が魚屋に対して「うるさい」と苦情を言うようになっていたという。そりゃ集客の目玉だからワイワイとうるさかったんでしょうけど、そういう場所にあとからやって来てるんですけどね。実際に強硬な苦情は一部の住民だけだったらしいですが、どうやら「路上でのまぐろ解体は食品衛生法違反だ」として保健所に訴えたらしい。

で、お店自体は国道(玉川通り)の向う側の別の商店街の中にある食品店の中に移ったらしいのですが、商店街としては「目玉が消えてしまった」ということに。(お店のHPは、もとの店のときの写真がそのままのようです) 商業者同士なら「まあお互いさま」で済むようなことでも、「住民」となってくると話が通じなくなって来るということでしょうか。(もちろん食品衛生法は守らなければいけませんが)

まちBBS三軒茶屋スレッドには、その経緯を語る書き込みが残っています。(レス番37あたりから)http://www4.machi.to/bbs/read.cgi/tokyo/1267369813/1-81

 

 ★それは極端な例だとは思うのですが★

やはり、寝起きしている住民と、商売をしている人間とでは、利害の異なる部分が結構あるのではないかと思います。特に「日曜日はゆっくり休みたい」と思っていると、「にぎわい」の部分はすなわち「うるさい」ということになりかねません。

現在の三条通は、日曜祝日の「自動車通行止(11:00~19:00)」が行われていますが、これも「住民」の立場からはどうでしょう。これまで、友楽のモータープールも営業していましたが「営業」というのと「住民の足」というのとでは性格が違ってきます。マンションは戸数に合わせた駐車場を確保するようですが、敷地から車が出入りできる道路は現状では三条通しかありません。

さまざまな祭礼やイベントはどうでしょう。「おん祭り」では、およそ一時間にわたって行列が道をふさぐ「お渡り式」や路上での露店営業などに苦情が出たりしないでしょうか。今でも一部に反対意見のある「バサラ祭り」はどうでしょうか。

先日、ホテルに泊まった観光客から「商店街の放送がうるさい」という投書があったそうですが、観光客なら「そんなところに泊まらなくてもいいのに」で済む話が、住民=市民権・選挙権をもつ相手では、話が違ってきます。工場の騒音問題など「もともとこうだったから」「あとから来て言われても」ということが通じない例はあちこちにあります。

あとあと、無用のトラブルが起こらないような対策を予め検討しておくことが必要でしょう。(「住居専用」で分譲というのは、どうしても動かせないのでしょうか。確実な投資回収の方法としてそれが合理的なんだろうということは、わからないことはないのですが、本当の「まちづくり」の観点からしてどうなんだろうと思われます。)

 






Last updated  2011.02.11 13:30:00
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2011.02.10
カテゴリ:まちなか

友楽東館はやはり住居専用マンションの計画が

立てられているようです。長谷川工務店さんが、京阪電鉄系のデベロッパーと組んで50~60戸ほどが入居するマンションを建てる計画とのこと。もちろん、必要な駐車場も敷地内に確保されるようです。確かに、奈良の「まちなか」に住むというのは大変魅力的です。駅も近く商業施設も一通り揃った場所ですから、マンションは確実に売れるのではないでしょうか。(周辺からは、1Fなどに商業施設を入れてほしいという声がでていますが、住居のみという計画らしい)

ただ、奈良の三条通のこの場所が、どういう性格の所なのかということは、開発する側にも入居する方にもしっかりと認識していただきたいところです。その意味で、この一年間ほどのこの場所での写真を、取上げてみました。

2009年大宿所詣の友楽前
2009年12月15日の「春日若宮おん祭り・大宿所詣」のようす。

2010年5月まちなか1300年祭3

2010年5月まちなか1300年祭2

2010年5月まちなか1300年祭1
 2010年5月のまちなか1300年祭では、向かいの南都銀行駐車場のステージとともに、下三条の「ヨーロッパ広場」猿沢池の「平城広場」をつなぐ「シルクロード広場」として「マルシェ」の会場となりました。
2010年10月まちなかバル1

2010年10月まちなかバル2
秋のシーズン、2010年10月16日には「あるくん奈良・まちなかバル」のインフォメーションセンターとして、奈良のまちなかの飲食店めぐりの人々の案内場所に。

2010年大宿所詣
そして一年が経って、ふたたび「大宿所詣で」の行列がやってきました。
 
本当を言えば、12月17日の「春日若宮おん祭り」お渡り式の本番の写真がほしいところなのですが、その当日にのんびり写真を撮っているような立場ではないので、残念ながら手元に写真がありません。それとこのあたりは露天商の屋台が並んでいますので、お渡り式の撮影ポイントとしてはあまり使われていませんね。「マンション」で気になるところなど、以前の記事で少し触れています。 次の記事で、東京でのある事件も紹介しながら少し突っ込んでみたいと思います。






Last updated  2011.02.10 19:03:25
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