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2004/03/09(火)23:49

全てこの世はこともなし

THOUGHTS(49)

子供の頃缶ケリをして陽が暮れるまで遊んだ空き地はとっくの昔に高層マンションへ姿を変え、そこには室内でコンピュータゲームの仮想空間で遊ぶ子供たちの瞳が蛍光灯の下青白く光っているにちがいない、が、それがどうした彼らにその責任があるのか?と問いたい。 初めてキスをした肌をすりよせた鼻の奥がツンとするような愛おしい気持ちを抱いた幼なじみ。無意味で馬鹿馬鹿しく幼稚な気まずいケンカをしてそれきり互いに無視し合い2度と口をきかないまま引っ越していった彼女のもの言わぬ瞳がまだ残像のように焼きついている。だからといってそれを免罪符にするほど厚顔無知になりきれないあたり私は小心者であり、要は残念ながら分別とやらを持ち合わせているらしい。 あらん限りの悪意と怨嗟、慟哭の限りをつくし相手を傷つけ、抹消したいほどの憎悪と嫌悪を赤裸々に投げつけ尽くした挙句の疲労しきったココロと身体で迎える白々とした夜明け。つまりは個人レベルの処理能力不足に対するフラストレーションと馬鹿馬鹿しくもシラける様な空々しいリアリティ。お酒やクスリやセックスや酩酊感で自制心を解放するそういうモノ頼る自分も軽率だが、それがそこに歴然と簡単に手に入れられる現状を一体誰がどのように説得してくれるんでしょうか?という開き直り的な自分の言い訳に虫唾が走り台詞を飲み込む。 誰もが誰かの軽率さを愚かさをその利用価値を虎視眈々と狙い、スキあらば己の手柄評価の機会をハイエナのごとく待ちわびるコトがあたり前の、ここは静かな戦場だ。にこやかに朗らかに満面の笑みをたたえ、クリーンで高価なスーツを身にまとい、ドス黒い汚らしい企みを巧みに覆い隠しながら互いの腹を探り合う。会社という小世界。そこで軽やかに遊ぶ有能な単純な脳細胞の宿主。ウジ虫以下?善良な市民以上? ああくだらないなぁ、これが私達の生きる舞台?かといってその他に選択肢もないのは明確だし、文句言ったところで戦いを挑んだところで、「だから何なの?」という閉塞した結末は眼に見えるし。 結局そうかぁ、全てこの世はこともなしということだね。

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