金スマ
2001年10月19日からTBS系列で毎週金曜日21:00より放送されている情報・教養バラエティ番組『中居正広の金曜日のスマたちへ』。番組15年目突入の特別企画第一弾として、中居正広とゆかりが深いモーニング娘。OGが登場した。普段とは違うスタジオで待つ中居正広のもとにモーニング娘。のOGが登場。石黒彩は「ポーズがおかしいけど軽いぎっくり腰なので気にしないで、十数年ぶりに鼻ピアスをしてきた」と話した。中居は「みんなの服が変わった、モンスターペアレントみたい」と話した。中澤裕子は「主人の都合で今は福岡に住んでいる」と話した。モーニング娘。初代リーダーの中澤裕子は、3年前に結婚し夫の仕事の関係で昨年から福岡に移住している。今年5月に男児を出産し2児の母、かつては後輩も恐れる教育係だったが「アカチャンホンポ 福岡マリナタウン店」で柔和な表情をみせた。また産休から「めんたいワイド」で仕事復帰、RKB毎日放送「エンタメバラエティ THE☆ヒット情報」でも福岡の方言を披露していた。モーニング娘。1期メンバーの飯田圭織は、障がいのある方との交流を深めるイベント「ゆうきのつばさ」に出演するなど社会貢献活動も行う。2007年に結婚し現在は2歳児の母。「すぽっちゃ ラウンドワンスタジアム ダイバーシティ東京プラザ店」などで遊んでいた。モーニング娘。4期メンバーの辻希美は、俳優の杉浦太陽と結婚し現在は3児の母。モー娘。に入った頃は中学生だったが、今ではお弁当作りなどすっかり母の顔。モーニング娘。2期メンバーの矢口真里は、世間をなにかと騒がせたが、この日はネット配信番組のナレーション録音をしていた。休んでいたころについて、メンバーから一斉に連絡が来たがほとんど既読スルーしていた、でも同期の保田圭とはやりとりをしていたなどと明かした。モーニング娘。2期メンバーの保田圭は、この日は夫・小崎さんが経営する「クッチーナ ジャンニ」へ。メンバー当時はモテないキャラだったが、2013年に結婚しラブラブな生活。なお小崎さんは飲食業で忙しくテレビを見ないためモテないキャラを知らないという。石川梨華や安倍なつみがまだ結婚していないが、安倍は「せかされて結婚するよりは…」と話した。モーニング娘。1期メンバーの安倍なつみは、現在「クラシカル&クロスオーヴァー」というポップス以外の歌手活動にも挑戦中。舞台女優としても「Paco ~パコと魔法の絵本~from ガマ王子vsザリガニ魔人」に出演、活動の幅を広げている。モーニング娘。4期メンバーの石川梨華は、当時からのカワイイキャラだけでなく、月曜ゴールデン「釣り刑事4」出演など新たな一面の女優としても活動している。中居正広は後藤真希にもうすぐ赤ちゃんが生まれることや、吉澤ひとみが婚約したことを知らなかった。モーニング娘。4期メンバーの吉澤ひとみは、先月婚約したばかり。趣味は自転車だが、BS-TBS「自転車つれづれ旅日和」にも出演したり、大会に出るほどの本格派。モーニング娘。1期メンバーの石黒彩は、かつては鼻ピアスをするほどヤンチャだったが、今ではママタレントとしてテレビ神奈川「ありがとッ!」にも出演中。仕事後は近所のスーパー(パワーラークス世田谷店)で買い出しだが、LUNA SEA・真矢との間に子どもが3人いて大量に買い出しをしていた。中居正広とモーニング娘。は1998年の「うたばん」で初共演。飯田圭織を「ジョンソン」と命名したり、トークで目立つ場所を争って席取りゲームをしたり、匿名のアンケートを紹介したり、様々な企画を行った。「うたばん」の出演映像を振り返った。モーニング娘。OGがトータライザーを使いながらトーク。「実は今めちゃくちゃ緊張している」など当時と同じ質問を行い、「私が一番かわいいと思っている」は9人中4人が押した。「プライベートなら友達にならない奴がいる」は8人が押し、辻希美は性格が合わない人のことですよね?と話した。「未だに中澤は無理だ」は1人が押し、中澤は「だったら全員のほうがまだ良い」と話した。「私はジョンソンが無理だ」も1人が押していたが、辻は「最近は大丈夫だ」と話した。「収録が終わったらみんなでご飯に行きたい」は4人だったが、矢口真里は「結局神経を使うから行きたくない、4人でなら行きたい、みんなと飲んでいるときはアルコールが回らない」などと話した。石川梨華は「いつも幹事をやることになる、体調がおかしくなる」などと話した。安倍なつみが、「顔がぜんぜん違った。すっぴんは麿呂みたいだった」と中澤裕子のすっぴんを初めて見たことについてトーク。化粧で顔が一番変わるという辻希美は、「イジッたとよく言われる」などと話した。矢口真里が、「中居さんは絶対にかおりん(飯田圭織)が好きだった」とコメント。中居正広も否定せず、飯田圭織も「私も少し感じていた」と話した。辻希美が当時太りすぎてメンバーから「まぐろ」と言われ、誰にも相談できなかったと告白。中居正広は、「当時三段アイスを食べたいとずっと言っていたのを覚えている」とコメント。吉澤ひとみは、太ったときに「白熊」と呼ばれていたという。また辻希美は、当時27歳だった中澤裕子に「三十路、三十路と言い過ぎて反省してる」と話した。後半では普段のスタジオに移動。東京湾アクアラインの開通した1997年、オーディション番組の「ASAYAN」のソロボーカリスト最終選考で落ちた中澤裕子など5人が集められ、モーニング娘。がデビュー。当時はアイドル氷河期だったが、モーニング娘。は結成1年で日本レコード大賞を受賞し、紅白歌合戦への出場も果たした。モーニング娘。がスターダムになった裏側を紹介する『モーニング娘。プロジェクト物語』現在もモーニング娘。は歌手活動を続けており、安倍なつみはクラシックなども手がけている。 一度はオーディションに落選した5人がメジャーデビューするためにはインディーズCD5万枚を手売りで完売させる条件があった。難題をクリアして世に出るチャンスを自力で掴みとった。デビュー曲「モーニングコーヒー」のレコーディングが行われた。プロデューサーのつんく♂はメンバー全員にパートを歌わせ良い所を選んで1曲を作り上げていた。パート争いによる切磋琢磨を繰り返しレベルの高いグループへ導くためだった。メンバーの増員は今でこそよく見られるが90年代では異例だった。デビューから3ヶ月後にモーニング娘。2期メンバーが加入した。1期メンバーは追加メンバーを受け入れることができず初対面では会話は無かったという。セカンドシングル「サマーナイトタウン」オリコン初登場4位、「抱いてHOLD ON ME!」はオリコン初登場1位を獲得。さらにデビューした年の日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞しNHK紅白歌合戦に出場した。モーニング娘。はメンバーそれぞれのキャラクターを打ち出して世間に認識してもらえるグループを目指した。そして初代マネージャーはトークでキャラを立てることを目指した。歌番組のトークについてマネージャーから厳しいダメ出しを受けていたという。また出演する番組のシミュレーション、個性溢れるグループとして世間に浸透していった。モーニング娘。のキャラ立ち教育はトークだけではなかった。マネージャーは歌収録でカットが減ったメンバーにカメラマンやスタッフにコミュニケーションを取るように言いつけたという。個性が視聴者に伝わりグループ全体の人気を押し上げた。歌番組の収録後に反省会をしていたという。中澤裕子は「メンバーの追加を辞めてほいしいとマネージャーに言った。大人げないことを言うなと怒られた」と話した。モーニング娘。は様々な作戦により人気者になったが爆発的なCDセールスに結びつくには時間がかかった。時代は鈴木あみの「BE TOGETHER」など名曲が乱立した時代だった。そして後藤真希が加入した。モーニング娘。の最大のヒット曲「LOVEマシーン」はもともとはシャ乱Q用に作曲されお蔵入りになっていた。だがアーティストが嫌うダサい曲こそ売れるというつんく♂の持論により歌詞を変えて生まれ変わった。小室哲哉はちょっとマネしたくなるダンス、昭和の良き時代みたいなものが入っていると曲を分析した。そしてモーニング娘。は全国区のアイドルへと成長し目立たなかった保田圭にも光があたるようになった。2001年1月、石黒彩が卒業し3ヶ月後には4期メンバーが加入。モーニング娘。が卒業・増員し新しいグループの在り方を作った。12期のメンバー加入を繰り返し現在もモーニング娘。15として活躍している。モーニング娘。メンバーが加入当時について話した。モーニング娘。結成し4年の出来事をまとめて紹介した。最後に、モーニング娘。OGがヒットメドレー【I WISH、LOVEマシーン、Memory 青春の光、ザ☆ピース!】を披露した。