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長崎に生まれて。。

2014.07.30
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今回の女子校生殺害事件は人の道を遙かに離れている。

話を聞くだけでも気分が悪くなるし、相変わらず
マスコミの扱い方にも疑問を感じてしまう。

こんな事件が起きても未成年を守ろうとする
マスコミの判断は未だに分からない。

どれだけ最悪なことが起きたのか麻痺してるのだろう。

もう10年くらい前にも佐世保では子供が
殺人事件を起こしている。

その頃に長崎市内でも起きている。

ネット上では色んな憶測が飛び交っていて
中にはこれも原爆のせいと言ってる人もいる。

その辺はあまりにも無知な人達なのでスルーしているが
本当に何故、長崎で残酷なことが起きるのか考えてみた。

それは長崎で生まれ育った私が感じたことでもある。


一つは教育の問題。

細かく言うと教員の問題。
教育委員会の問題と言うべきなのだろうか?

私自身の経験だが、学生時代に同級生が二人亡くなっている。

一人は自殺。一人は教員のミス。

その自殺もきっかけは教員が追い込んだものだ。

亡くなった歳は違うので学校ももちろん違う。

しかし同じ対応をしていたことを良く覚えている。
だからこそ、教員を信じていなかったし、未だに許せない人達だ。

教員二人とも生徒の責任にして自分たちは何も処分を受けなかった。

その後の話だが、そのうちの一人は校長にまでなっている。

要は子供のことを考えてない教員が多かったということ。
それが学校ぐるみだからタチが悪い。

中には親身になって生徒のことを考えてる人もいたが極少数だった。

そんな中で、子供は純粋に育つのだろうか?


それに輪をかけて問題なのは土地柄だと思う。

長崎は異国情緒と言われるくらい色んな文化と一緒に
色んな人達が立ち寄る場所だと思う。

それが江戸時代から続いてていたが一度、原爆でリセットされている。
でもその後も長崎を取り戻そうと色んな人達が集まった。

戦後は佐世保にもアメリカが入ってきたのは言うまでもない。

そのせいもあってか、長崎市内と佐世保は何故か見えない対立がある。

長崎市内の人に佐世保の人?と聞くと嫌な顔する人もいるし
逆に佐世保の人に長崎市内の人?と聞くと嫌な顔をする人がいる。

これが奥底にある土地柄の違いの問題かもしれない。

両方とも形は違えど文化の発展をしてきて、お互いにどちらが
都会になったかを競い合ってるように思える。


この教育と土地柄をまとめると中途半端な教育と都会というのが
今回の事件を生み出したのではないだろうか?

まだ発展途上前の時代であれば人の繋がりもあって
悪いことも簡単にできなかっただろう。

しかし中途半端に都会になってしまったために心の拠り所が
一気になくなってしまった。
そして、それを引き離す教育の在り方が子供を歪んだ方向に
進めてしまって、それに気づいても気づかないフリをするのが
当たり前になってるのだろう。
だから同じような事件が起きてるのだろう。


猟奇的な事件が起きる場所はここ数十年、同じような
中途半端に都会になってる場所のような気がする。

どんなに都会になっても中身が伴ってないというべきなのか?






Last updated  2014.07.30 13:15:09
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2013.08.09
東京にいてもこの日は特別であり
毎年、8月9日の11時2分には長崎の方を向いて黙祷しています。

長崎に住んでいたころは原爆が落とされた日というのは
当たり前のように学校に通い、黙祷し被爆者の話を
聞いていました。

これは全国でやってるものだと思っていたが
東京に来て長崎だけだと知ったときはちょっと
絶望感に似た感情が生まれた。

これは一昨年の震災のあと、長崎の人に
震災の事を話したときと似ている。

どんなに技術が発展してテレビというものがあって
リアルタイムで日本中、同じ情報を共有出来ても
実際の距離というのは遠くかけ離れているんだなと…

長崎にいたころはすぐに原爆の恐ろしさを知ることが出来た。

IMG_4374.jpg

この鳥居の下も何度通っただろうか。

この鳥居は長崎に住んでる人にとっては当たり前の光景で
タクシーで「片足鳥居」と言えばすぐにここに連れてってくれる。

IMG_4377.jpg

その奥に行けば神社もあり、その神社を守るかのように
大樹があり、この二本の木も原爆で被爆している。

近くで見てみるともう自分の力では立つことが出来なくなっていた。

ここから数百メートル先に原爆中心地がある。

そこは子供の頃から足を運ぶのが嫌な場所だった。

何とも言えない、いたたまれない特別な空間だったからだ。

今は以前より綺麗になっているらしいが、今回帰ったときは
やっぱりそこに立ち寄ることが出来なかった。

そこからまた数百メートル歩くと被爆した浦上天主堂がある。

そこはもう完全に新しい形で建て直してはいるが
周りにはそのままの物が残っている。

IMG_4371.jpg

この下には天主堂の上の部分が崩落したまま未だに残っている。

IMG_4368.jpg

原爆の恐ろしさが分かるように被爆したままの物が
この長崎には残っている。

数年前、坂本龍馬フィーバーにあやかって色んなところで
龍馬を売りにしている場所を目にした。

私が住んでいたころは龍馬の龍の字もなかったのに。

長崎の文化は好きだし江戸時代の出島であったり
江戸末期の亀山社中、グラバー園など見所は沢山あるが
この68年前に起きたことが薄れるのが心苦しい。

もし長崎に足を運ぶことがあったら
この原爆の恐ろしさも実感してほしい。

68年前何が起きたのか?

長崎には路面電車が走っていて今、述べた場所は
全部回ることが出来る。

是非とも1日乗車券を買って江戸から昭和に起きた
現実をその場所で感じて欲しい。






Last updated  2013.08.09 16:20:33
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2013.08.06
68年前、広島に原爆が落とされました。

68年というのは長いようで短い。

私が長崎にいた頃は被爆者の方と会うことが普通でした。

その方々に被爆経験の話を聞いたことも何度もあります。

実際にそのときの火傷の跡も見せてもらいました。

現実に起きたことなんだと、子供の頃から
それを自然に感じ、原爆の恐怖を実感していました。

体感していない私でさえ、そうなのだから実際に
被爆した人達のことはもっとすごい恐怖を覚えている。

それを直接、話してくれた人達には凄く感謝している。

その人達がいたからこそ、原爆の悲惨さを知ったし
その人達がいたからこそ、戦争の愚かさを学んだ。

68年。

その状況を知る人達は少なくなってきた。

8月6日と9日は特別な日であり、その原爆の恐怖を
思い出さないといけない日だと思う。

目をそらさずに見つめなきゃいけない。

長崎で生まれた。日本で生まれたからには
68年前に起きた事実を語り継がなければいけない。

そう感じる8月6日であり、9日を迎える。






Last updated  2013.08.06 13:37:04
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2013.08.02
テーマ:日本の歴史(746)
東京に出て来て感じた違和感の一つ。

長崎に行って改めて実感したのがネコ。

IMG_4302.jpg

長崎の街を歩くとネコと出会う確率が高い。

そして人懐っこい。

これは子供の頃から当たり前の光景で
一日に一回は必ず会うと言っても過言ではない。

今回は4匹くらいしか出会わなかったので
少ないかなとも思ったが、東京にいる時よりも
確実に出会う確率が高い。

私が生まれ育った街には神社もあり、家の目の前には
ロープウェイもあった。

IMG_4306.jpg

そのロープウェイが最近、世界新三大夜景に選ばれた
稲佐山に登るロープウェイだ。

最近は別の視点からでも有名になってしまった
このロープウェイ乗り場に隣接している幼稚園と
神社は同級生の実家でもあり、ほぼ毎日
足を運んだ場所でもある。

この変わらない場所で原点に戻った気もした。

IMG_4311.jpg

iPhoneで撮ったので良く分からないかもしれないが
私はこの景色を見て育った。

この当たり前の場所を東京に来てから愛おしく思う。

今の長崎の新しい建物や街は好きではないが
生まれ育ったこの景色は嫌いにはなれない。






Last updated  2013.08.02 21:53:02
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2013.07.25
テーマ:日本の歴史(746)
昔覚えてた景色は人を落ち着かせるかもしれない。

眼鏡橋から石橋群を抜けると諏訪神社に辿り着く。
IMG_4294.jpg

前回のブログでも書いたように私はこの
神社の姉妹幼稚園?に通っていた。

学生時代も帰りにこの神社に寄っては
階段に座りずっと他愛もない話をしたことを覚えてる。

ここから見る景色が好きだっただけかもしれない。
IMG_4297.jpg

あれからもう何年も経っているのに
ここに来るとやっぱり落ち着く自分がいた。

神社の周りは色々と補正されていたりして
変わっていたが、建物もこの景色も変わらない。

懐かしい場所は自分にとって落ち着く場所だと
感じさせてくれた。

IMG_4299.jpg

この神社は謎があって、隣に何故か動物園?がある。

しかも無料であり、30歩くらい歩くと出口に出る。

私が通ってた時代は大きなクマと鷹がいて
良く見に来ていたのを覚えてる。

さすがにそのクマはいなくなっていたが
動物園はまだ残っていた。

昔の思い出を辿っていくと長崎の名所に必ず辿り着く。

観光ではなく生活の一部に歴史が密接に
関わっていたことが良く分かり、それが
私にとっては財産かとも思った。

そして偶然にもこのブログも1001回目になる。

長崎に帰ったことで何か新しい風が
吹き込まれたのかリセットされたのか…

ちょうど1000回目を跨ぐ記事が長崎の話題で
良かったとも思い、ずっと続けられたのもこのブログを
読んでいただいた方々がいたからと感謝するばかりです。






Last updated  2013.07.25 18:55:27
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2013.07.24
テーマ:日本の歴史(746)
子供の頃、「石橋を叩いて渡る」と勉強した後
眼鏡橋を通るときは必ず叩いて渡っていたという
経験がある人は長崎に何人いるのだろう?

私自身も傘で何回叩いて渡ったことだろう…

IMG_4273.jpg

実はこの眼鏡橋は新しく改修されている。

長崎大水害のときに損傷が酷く、私も実際に
翌日、見に行ったが石畳も崩れ渡れる状態ではなかった。

真ん中には大きな木がひっかかっていて周りも
まだ水浸しの状態だったことを覚えている。

長崎に住んでいたころのたまり場の一つとして
この眼鏡橋の下を降りたところに良く集まっていた。

修復された眼鏡橋は綺麗なイメージがあるが
何気にその奥に続く石橋が好きだったりする。

IMG_4277.jpg

この石橋群の先には諏訪神社という
長崎では有名な神社がある。

IMG_4285.jpg

私が通っていた幼稚園はこの神社の
姉妹幼稚園?だったので、ここにも
良く通っていた。

多少、風景は変わってしまったがこの石畳の階段が好きだった。






Last updated  2013.07.24 19:17:38
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2013.07.23
テーマ:日本の歴史(746)
長崎に住んでいたころ、ちょっと歩くだけで
古き良き光景が目に入っていたことに気づく。

今の長崎は観光地としての発展はしているが
昔の光景はほとんど減ってきている。

そんな中で洋館だったり石畳を見ると帰ってきたと実感できる。

IMG_4169.jpg

住んでいたときは何気に見ていた建物も
じっくり見るようになってしまった。

IMG_4165.jpg

今、建っているマンションだったり家はオシャレだとは思う。
しかし好きにはなれない。

それはたぶん利便性が優先であり、昔のような遊び心と
街並みに合った建物ではないからかもしれない。

IMG_4265.jpg


昔、中華街がもてはやされるようになったとき
入り口を見ても全然、興味を持つことが出来なかった。

IMG_4156.jpg

でも近くにあるこっちの門のほうが凄く好感を持てたのを覚えてる。

IMG_4160.jpg

世の中、便利になったのは良いことだけど
外観を眺める余裕も残っていてほしい。

長崎に戻ってきてよりいっそう感じてしまった。






Last updated  2013.07.23 16:08:57
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2013.07.22
テーマ:日本の歴史(746)
久々に帰った長崎はやっぱり過ごしやすい。

というよりもそこで育ったからそこの土地に合った
身体になってるというほうが正しいかもしれない?

IMG_4182.jpg

東京の平地を歩くよりも長崎の坂道を歩くほうが楽なのだ。

子供の頃は数え切れないほど行ったグラバー園の前。

わざわざお金を払って入ったことがなかったので
今回、初めて中に行ってみた。

数年前の龍馬フィーバーに便乗した新しい観光地は
嫌いだが、このグラバー園側から見る長崎は好きだった。

学生時代にたむろしてた場所でもある。

この景色を見て育ったのは幸せだったのかとも思った。

IMG_4207.jpg

初めて入ったグラバー園は新鮮だったが、この同じポーズをしてる
亀が気になってしょうがなかった。

IMG_4257.jpg

そしてもう一つのたまり場。

大浦天主堂の前。

この角度から見る大浦天主堂は何度見たことか。

これも珍しいと言われるがお金を払って中に入ったことがなかった。

地元なだけにいつでも行けると思っていたのか
学校の社会見学で行くかも?と思ってたせいか
一度も中に入ったことがなかった。

しかし中に入ってみて本当に良かった。

昔の長崎は素晴らしい場所が多いと実感してしまった。






Last updated  2013.07.22 17:28:53
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2013.07.15
テーマ:日本の歴史(746)
久々の地元長崎に帰りました。

過密スケジュールの中、いわゆる観光地と
呼べる場所を転々と回って、最後に軍艦島へ。

子供の頃はこの軍艦島が見える海水浴場で
毎年、泳いでいたのであまり新鮮みが
なかったけど、歴史を勉強して、軍艦島が
色んなところで聞こえるようになってきてから
無性に行きたくなってしまった場所でした。

念願叶って上陸ツアーに申し込みしたんですが
波が高くしけた状態で上陸が無理ということでしたが
周遊は出来るとのことだったんで、せっかくだから
行ってきました。

何度も見ていた軍艦島もこんな近くで見るのは初めて。

IMG_4562.jpg

一言で言うと「異様」

無人島だからというのもあって、それまで
長崎以外の人には有名じゃなかったせいか
当時のままで見事に残っていた。

中にはこれを読んで知る人もいるかもしれない。

この端島という島が何故、軍艦島と呼ばれるように
なったかはこの写真を見たら一目瞭然だろう。

IMG_4523.jpg

上陸して色んな光景を焼き付けてきたかったけど
周遊しただけでも充分、その異様さは感じることが出来た。

またいつか上陸出来ることを誓って。

IMG_4477.jpg

この文化遺産はずっと残してほしいものだ。


長崎はここ数年、観光に力を入れているみたいで
街並みもかなり変わってしまった。

しかし、この軍艦島だけは子供の頃から見ていた軍艦島
そのものであり、ここだけ時間が止まっている。

それが凄く嬉しくもあった。






Last updated  2013.07.15 14:06:32
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2013.05.07
テーマ:日本の歴史(746)
GW中、久々の鎌倉へ。

鎌倉にはいつも見えない力が働いていて
今まで色んなところに行ったけど落ち着く場所の
一つでもあるのです。

初めて訪れたときは、何故かいくつかの
怪奇現象?と出会いそれからというもの
気にはなっていたのですが…

そもそも小さい頃から好きな歴史上の人物はと
聞かれると私は必ず源義経と答えてました。

その怪奇現象もただ単に私の思い込みで
入れ込んだ結果だと思っていたのもつかの間。

その後日、これも偶然なのだが私の家系が分かる
資料が親から送られてきた。

それを辿って行くと足利家に辿り着き
そこの武士だったということ。

足利家はそもそも源氏であり、私の先祖が
そこにいたということは、鎌倉にそもそも
縁があったのかもしれない。

それをふまえると最初に訪れたときにあった怪奇現象も
全てうなずけるものでもあった。

それからというもの、鎌倉に行くたびに
八幡さまに訪れている。

今回も当然のことのように八幡さまへ挨拶へ。

IMG_3941.jpg

前回、行ったのは数年も前でその時は初詣で
夜中に訪れたので分からなかったのだが
階段の隣にはいつも大きなイチョウの木があった。

しかしそれも数年前に倒れたらしく今は
切り株?しか残っていなかった。

IMG_3916.jpg

悲しい姿になってはいたものの面影はまだ残っている。
そして新しい芽も生えてきています。

以前、倒れる前に撮った写真があったので
それと比べると良くわかります。

P1100785.jpg

P1100777.jpg

また前のように大きな幹になるのは何年後だろう?と
思いながら八幡さまへ挨拶してきました。

有名な話ではありますが八幡さまは鳩を崇めていて
それは八幡宮の文字を見てもよく分かる。

IMG_3919.jpg

私はこの昔のセンスが大好きで、建物も全て気になってしまう。


私の中に流れる薄い源氏の血がそうさせているのか?






Last updated  2013.05.07 20:21:34
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