J.S.バッハ平均律クラヴィーア曲全集 リヒテル、インスブルック・ライヴを聴いて
長い間、そう、11年くらい前に国内盤で発売になり、1年もしない内に遺族の意向により販売が中止となり、廃盤になったあの名盤。リヒテルが弾くインスブルックライブのバッハの平均律クラヴィーア全曲。何とその名盤が遂に遂に発売になった。奇しくも中国盤での正規ライセンス盤である。いやはや何処から発売になったのかと思ったら、何と中国。これには驚いた。入手できなかっただけに、小生を含め、多くのファンが待ちわびた「インスブルック・ライヴ」JVCライセンス盤である。ドイツとイタリアを繋ぐこの風光明媚な都市にあるバロック式の教会、ヴィルテン修道院付属教会での収録だったと思うが、リヒテルはどちらかと言うと狭いこじんまりといたホールを好んだ。当時58歳のリヒテル、たぶんにコンディションも良く、驚くべき集中力でバッハの作品に改めて挑んでいる。確信に満ちたアプローチと説得力、微塵も揺るがない完結の演奏芸術。平均律の演奏では、リヒテル盤が最も個人の好みを問わず、聞かれる1枚だと確信する。このインスブルック盤は、以前の名盤よりもテンポの緩急や表情の起伏が大きい。トータル・タイムが約19分も短いのだ。かなりハイテンションといえる。その疾風のごとく引かれるフーガは恐ろしいほどの躍動感が漲る。澄明な明るさを見せて表情豊かに太い流れを生み出し、実に感動的だ。まさに巨人と呼べる演奏である。録音はすっきり明晰なサウンドであるが、ORF(オーストリア放送)提供の音源を、JVCが20ビット・リマスタリングでさらにクオリティ・アップされている。小生には国内盤が発売になった時試聴した印象からすると、今回の正規中国盤はかなり硬質な響きに聴こえる。残響の限りなく少ない硬質さである。正直この点は残念に思えた。それにアルバムの装丁だが、CD4枚を収めたプラケースと92ページの分厚い解説書。何と全部中国語¥¥”これは正直シンドイ。せめて英語は載せてほしかった。とわいえ一重にこのリヒテルの名盤がまた確実に聴けることになったことの方が遥かに重要だろう。多くのバッハファン、そして音楽ファンがあらためてバッハの平均率クラヴィアの真髄に触れることが出来ることは、音楽を聴く人間の至極の喜びであると言っても過言ではない。偉大なる音楽家リヒテルの演奏芸術の真価を、また偉大なる20世紀最大級の巨人の事績を伺うにも、この名盤の存在価値は計り知れないものだと思われる。J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻、第2巻 BWV.846-893 スヴィヤトスラフ・リヒテル(ピアノ)録音時期:1973年8月7日(BWV846-857)、8月10日(BWV858-869)、7月26日(BWV870-881)、7月28日(BWV882-893)録音場所:インスブルック、ヴィルテン修道院付属教会録音方式:ステレオ(ライヴ)プロデューサー:オトマール・コスタ、テオ・ペーアエンジニア:ハンス・ヒムラー