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テーマ:介護・看護・喪失(5629)
カテゴリ:その他
当時90歳の父親が心原性脳塞栓症で倒れたのは2025年1月31日のこと。あれから1年以上が経過した。その間に、3つの病院と1つの老健にお世話になった。
怒涛の1年間だった。心の落ち着く時間はほとんどなかった。父と(すでに特別養護老人ホームに入っていた)母の介護が、頭をよぎらない日はない。 双方の施設からの連絡は度々くる。何かあった時に家族へ連絡するのは、施設側の義務なのだと思う。 例えば 「転倒しました」 「血圧が高いです」 「肺炎の疑いがあります」 「当人が⚪︎⚪︎を訴えています」 「転院して精査しますか」 「発熱が続いています」 「褥瘡の相談をしたいです」 「面会に来てほしいです」「手紙が欲しいです」 「⚪︎⚪︎を買いたいです」「⚪︎⚪︎を購入してください」 「リハビリ計画を合意したいです」 などなど。その度に判断や行動が必要になる。 連絡は基本的に8:00〜18:00の、先方の勤務時間帯に来る。つまり自分の仕事時間と重なる。 おかげで何度会議を中座したことか。あるいは当日休んだことか。年休は今年分をきれいに使い尽くした。今は在宅制度で救われているだけで、次年度はおそらく介護休暇取得だな。 つまり、何も解決していない。 というより、80歳を超えて老人の心身が前年よりよくなることなどないと思う。よくなる/変わっていないと思っているのは当人だけで、介護する側との認識ギャップはかなり大きい。 介護費用の問題からも逃れられない。毎月、信じられない金額が実家の資産から消えていく。 母親は、ほぼ寝たきりの要介護4。会話や記憶は1年前より怪しくなった。声はか細く、被害妄想は以前よりずっと強い。以前からすべてにネガティブだけれど、明らかな妄想するような人ではなかったのに。 今年に入って唯一よかったのは、オムツが使えるようになったことだ。頻尿なのに(本人の意思で)オムツを使わないのは、かなりの行動制限があったし、とにかく介護する側が大変だった。これでだいぶ景色が変わるかもしれない。一時的な改善でないことを祈るのみだ。 一方、父の体調はジェットコースターのようだ。 1年前は意識不明だったし、転院先のリハビリ病院でも十分な意思疎通はできなかった。それが10月に老健へ入居して以降、会話はずいぶん可能になった。何より口調がはっきりしてきた。老健に入居した10月以降のFIMやMMSEもよくなっているのかもしれない(施設確認していない)。 ただし内容はいただけない。同じ話を繰り返す、思い込み全開、短期記憶はない。当人が偉かった頃の昭和の会社習慣がより強く出てきているようで、誰に対しても命令口調。怒りの感情もコントロールできない。周囲としてはため息しか出てこない。元気な高次脳機能障害患者が出来上がってしまったようだ。 ただし身体の方は、老健に入る前、車椅子に拘束帯をつけていた頃の方が歩けたような気がする。今は一度車椅子に座ると、立つことはもちろん、他に移動することも難しい。 当人には「〇〇ができない」という認識がない。だから結構な頻度で転倒の連絡が来る。以前と同じことができると思い込んでいるのだ。今も、家で一人暮らしできると口にする。91歳にしてこの「折れない心」には、ある意味感心させられる。 父の要介護度は期間満了で見直しされた。制度上は改善していると判断され、要介護度は5から3になった。これで老健の月額は少し安くなる。 ただし、逆に特養入居のハードルは上がってしまった。優先度が落ちたからだ。いいことばかりではない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 16, 2026 02:07:42 PM
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