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隠者の遠近見聞回想録

2006/09/13
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 日光東照宮の「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を、去年、初めて間近に目にしたとき、

 少し拍子抜けしたのを今でもよく覚えている。


 それまでは写真でしか見たことはなく、内心、ひそかに期待するものがあった。



 申年生まれの私は、年齢を重ねるほどに、「さる」について興味関心が深く強くなっている。


 数年前、NHK大河ドラマで、竹中直人演ずる太閤秀吉が、晩年に着ていた羽織の背中にあった

 猿の図柄が強烈に印象に残り、それ以来、猿グッズに深く傾斜するようになったと思う。






IMG_0064.JPG

 浦和の調(つきのみや)神社の骨董市で買った「見る・聞く・言う」の三猿。




 


 「見る、聞く、言う」は、ある意味、人生そのものではないかと思う。


 「見るの上手は聞くの上手」だと思うし、「聞くの上手は言うの上手」で、

 「言うの上手は見るの上手」だろうと思う。


 この三つは、深く関連しあい、相互補完的であり、人生の三要素といってもよいのではないか。


 「上手」には拘らないが、「よく見、よく聞き、よく言う」ためにはそれなりの経験がいる。


 よくいわれるのに、横幅10センチの平均台の上を歩く例がある。

 その平均台が、地上5センチ程度なら、ほとんどの人がスイスイと歩ける。

 それが、50センチになれば、少しふらついたりするが、たいていの人が歩ける。

 1メートルだと、かなりの緊張と不安感で、途中で落ちる人もあるだろう。

 これが、5メートルとなると、ほとんどの人がまずムリだ。


 この高さを埋めていくのが、人生の経験というものだろう。


 人生の経験というのは、大いなるムダの集積でもあるのだろうと、昨今、思っている。


 これが禅では、「百尺竿頭に一歩を進む」などとよくいわれる。

 百尺(約30メートル)の高さの竿の上など、とても歩けるものではない。

 しかし、これをものともしない気概を持てれば、人生の達人といってもよいだろう。



 申年生まれの私は、今日で、満50歳となった。


 49というガラスの破片のような数字を抜けて、50というマッタイラな平原に出た感じがする。


 これから10年、中原に鹿を追う気概を持ち続けたいものだが、どうだろうか。



 「見る、聞く、言う」の上手にもなりたいと、これは心から希っている。





IMG_0066.JPG

 私の仕事場の入り口で、お客さんをお出迎えする猿の夫婦?、親子?。






最終更新日  2006/09/13 05:16:55 PM
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