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チビ僕

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2006.12.13
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カテゴリ:小説
私は人が怖かった。

人に、自分がどんな風に思われているのか、考えるだけでもおぞましく思えた。
感情があるもの同志が、相手の顔色を伺いながらぺこぺこと頭を下げたり、互いの感情を曝け出して笑ったり、そうゆうことが私はとても苦手で、誰かと、自分じゃない誰かと、他人と、関わるのがたまらなく怖かった。
他人を寄せ付けない雰囲気を出していると言われたのは、いや・・・言ってもらえたのは燈子が初めてじゃなかった。
『もっと肩の力抜いてもいいんじゃない?』と言ってくれた人。
『あなたは人と壁を作ってる。』そう本気で私と向き合おうとしてくれた人。
だけどあの頃の私は、余計なお節介だとしか思えなかった。
心にまったく余裕がなかったのだ。
でもそうゆうのは私だけじゃない。
皆そうなのだ。
あの小説に書いてあるように、皆生きるために必死なのだ。
でも幼い私は、未熟な、未発達な私は、自分のことで精一杯で周りのことを見ることなんて出来なくって。
いつだって自分が一番寂しいものだと思ってた。
泣くことを許してくれたあの子のことも、確実に流れる時間の中で、勝手に作り上げた妄想の忙しさの中で、忘れてしまっていたんだ。
楽しいことだってちゃんとあったのに、苦しいことばかりじゃなかったのに。
いつだって独りじゃ生きられない私を、いつだって誰かが、他人でしかないけれど誰かとの、血の通った言葉の触れ合いがそこにはちゃんとあったのに、私はそれをすっかり見失っていたのだ。
その誰かは、家族だったり、友達だったり、もしくは名前も知らない人だったり、大好きな物語だったり、心響いた歌だったり。
確かにそこにはちゃんと存在していたんだ。


燈子まるで何かを隠すかのように、ひたすら淡々と、まるでニュースアナウンスみたいな感じに狂いの無い声で、妙に冷静な様子でしゃべり続けた。
主に話は彼女の小学生の時の話で、無理に現在の話には一切触れずに話しているような感じがする。
初恋は小学校4年生の時、近所の6つ年上のお兄さんだったそうで、まったく相手にされなかったとか、
そんなことがあってもう年上なんか好きになるものかと心に決めたものの、結局いつも好きになるタイプに偏りがあることに気づいた時のことを思い出すと今でも笑いが止まらないという。
何がそんなに面白いのかというと、初恋のやつの影響力のすごさだ。
今でもその男とはメールのやり取りを続けているという、もちろんメールのやり取りを始めたのは中学生になってからなのだけど、と、彼女は付け足すように言った。
やたらと詳しくその初恋の男の話をするものだから、まさか今『ふられた』相手が初恋の男なのではないかと勘ぐってしまうほどだ。
どんなに面白い話が彼女の口から紡がれても、どよめいた冷たい切なさで胸がいっぱいで上手に笑うことが出来ない。
笑顔が引きつるのが、わかる。
そんな私の様子を見かねて燈子は、申し訳なさそうに目を細めて悲しそうに笑う。
目頭が熱くなる。

私はそのとき初めて、左目の気持ちになった。
初めて、左目の気持ちを理解した。
左目は優しいのではなく、もしかしたら弱いのかもしれない。
私は泣くのを我慢している燈子を見て泣いた。
報われない恋をしている、幸子を思って泣いた。
それはふたりのためなんかじゃけしてなく、ふたりの気持ちを受け止めたいけど受け止めきれずに、どうすることの出来ない気持ちを抑えきれないで、泣いていた。
本当に燈子を想う気持ちがすべてならば、泣くのを我慢している彼女の目の前で私が泣くなどということはしないだろう。
私はまだ子供で、どんなに大人びたことを企んでいようと、無力な子供で、結局自分のことが大事なのだ。
「何泣いてんのよ。馬鹿ね。」
と、燈子は空気を吐き出しながら言う。
その言い方はとても私好みで、とても温かい言葉のように感じた。
「そうだよ、私は馬鹿だよ。」
「おまけに、頑固で、どうしようもないお人よしだね。」
「燈子は負けず嫌いで、どうしようもなく寂しがりやだよね。実は。」
「泣き虫伊沙子のくせに偉そうに。」
「本当は嬉しいくせに。」
「・・・何が?」
「私が泣いているの、本当は嬉しいくせに。」
「うぬぼれんな。」
「はいはい。」
「はい、は、一回でよろしい。」
「なんてさ、・・・本当は私が泣いたことで燈子が救われたと思ってくれたら嬉しいなぁなんていう、自分勝手な想いなわけね。」
本当は、私が泣いたことに対して燈子が喜んでくれたら嬉しいと思った。
そしたら私は泣いてしまったと後悔しないし、燈子の明日を少しだけ照らすことが出来たと喜ぶことが出来るから。
泣いているのに我ながらすらすら言葉が出てくるものだから、すごいなぁと感心した。
「・・・・・・・・・・、ホント、馬鹿なんだから・・・・。」


「・・・うん、でしょ。」




「・・・。」


そのうち燈子も気づいたら泣いていた。
大きな瞳から流れる大粒の涙は、綺麗な透明色を纏いながら、静かに消えていく。
燈子がいけなかったのか、ふった男が燈子の魅力に気づけなかったのか、もしくは最初から相性が悪かったのか。
私にはわからないけど、今私の目の前で泣いている彼女はとても魅力的で、私が見てきたどの人間よりも、人間っぽかった。
血の通った生身の人間がそこにはただいるだけで、綺麗なドレスや丈夫な鎧を脱ぎ捨てた、裸の思春期の女がふたり、そこにはちゃんと存在している。
その生々しさが、思春期の私たちの世界が、妙に愛おしくってたまらない気持ちになった。
言葉なく、静寂を破るように溢れ出す涙。
その涙は、燃えるように熱い。
それはまるで血のように、体の中を循環する血のように、熱く、熱く、
ただただそれが当たり前のように、流れる。
体中を巡り、空へ蒸発していくまで。


そしていつかこの涙が枯れ果てて、いつもの日常が始まる。


朝起きて、顔洗って、朝ごはん食べて、歯磨きして、制服に着替えて、学校に言って、授業を受けて、誰かとしゃべって、図書室で本を読んで、家に帰って、晩ごはん食べて、歯磨きして、お風呂に入って、熱い身体のまま寝て、朝起きて・・・。
そうやって日常は、私の気持ちなんてお構いなしに流れていくんだ。
そんな坦々とした日々が、そんな私の平凡な生活リズムが、それをずっと保つことが出来ている自分が、なんだか誇らしかった。
いつか大人になるのだろう。


『私は大人に偏見を持っていたから、それは今もそうだけど。だからそんな風に考えていた時期もあったんだけど。でも大人になっても居場所を求めたり、誰かにすがってみたりするのは同じなんだって今は思うの。ただ大人になったら世界はそれだけじゃいられないから、仕事のこととか税金のこととか、家族のこととか、老後のこととか。時と共に世界を知るたびに、世界が大きくなるたびに、そのままじゃいられなくなってしまうから。最近思うの。私は常に誰かに守られて生きているだってことを。家族という絶対的な、居て当たり前の存在や、友達や、牛とか豚とか、キャベツとかレタスとか、空気とか水とか大地とか、そうゆうものすべてに私たちは常に生かされている。結局、私はどんなに大人びたって子供なのよ。何もわかっていない子供なの。そんな当たりまえで単純なことに私は最近気づいたのよ。遅すぎたわ。』

幸子は最後にそう言った。
自分はまだ子供で、何もわかっていなかったんだと、何度も何度も何かを誤るみたいに。
燈子は、燈子と私は似ていると言ったけれど、燈子も私も幸子に似ていた。
現実に嫌気が差していたところとか、居場所を求めていたところとか、理解されたがりなところとか、寂しがりやな癖にそんなことを他人には気づかれたくなくて強がっているところとか、本当によく似ていた。
今はまだ子供のままでいい。
このままでいたい。
いろんなものに無条件で守られていることにも気づかずに馬鹿みたいに悩んで、泣いてしまっている愚か者の私、今はそんな自分がなんだか妙に愛おしかった。
赤い血の、その不思議なエネルギーと同じエネルギーがその涙にはあった。

たまには泣くのもいい。
血液が体中を循環するみたいに、涙は優しく身体の乾きを癒していく。





「今日はぐっすり眠れるかも。泣き疲れた。」
「だね。頭痛いし。」
「久しぶりかも、こんなにお腹がすいたの。」
「うん、私も。」
「伊沙子、途中まで一緒に帰ってあげようか?」
「何言ってるのよ。燈子が一緒に帰ってほしいんでしょ?もうこんなに真っ暗だもんね、暗いの怖いって前に言ってたもんね。」
「しょうがないなぁー、私は大人だからそうゆうことにしといてあ・げ・る。」
「何貴方、何キャラ?」
「お嬢様キャラ。」
「・・・。」
「何か言ってよ。」
「・・・あ・・・・。」
「・・・・・・・・・・・私、あんたのそうゆうこと好きだよ。伊沙子。」
「私も、燈子のそうゆうこと真顔で言っちゃうところが好きだよ。」
「ウチら両想いじゃん。」
「通じ合っちゃってるもんね。」

まるで、右目と左目みたいに。









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最終更新日  2006.12.13 23:02:00
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