父に対する思い 5
父に対する思い 4 のつづき主治医は手術の後とは思えないほど淡々としていた。「手術は成功しました。ただ、手術が成功しただけであって、2週間以内で死亡する方が30%ほどいらっしゃいます。また、4日目からは意識がハッキリしなくなってきます。ですので、亡くなる方ほとんどは意識が戻ることなくそのまま亡くなってしまいます。あと、死亡まではいかなくても、血管が細くなって起きる『血管れん縮』という症状が現れやすくなるのもこの時期です。これは、後に『脳梗塞』になり、場所によっては麻痺や言語障害が起きます。」ピンと来ない。ワケわかんない。手術、成功したんでしょ?助かるんでしょ?ホッとさせといて、なんで・・・「看護婦がICUにご案内します。お父さんに会ってあげてください。」怖かった。会うのが怖かった。「会える」というより、「今会っておかないといけない」という気持ちになっていた。ICUの入り口には消毒液と使い捨てマスクがあった。看護師から、これからICUに入るときは必ず手を消毒液で洗い、マスクを着用した後、インターホンで患者の名前を言うようにと説明を受けた。私はこのマスクを何枚使うのかな・・・・・・何枚使えるのかな・・・父ちゃんの命の日数が、マスクの枚数を超える日は来るの?ICUの重さを感じた。父は部屋の一番奥にいた。「まだ麻酔からちゃんと覚めてないから意識は朦朧としてると思いますけど、声、かけてあげてくださいね。」父ちゃんの姿は想像を絶していた。頭からは数本の管が出ていた。細いものも、太いものもあった。「これは、血液を循環させるための管です。そしてこれは、血管が細くならないための管です。そしてこれが・・・」なんでそんな普通な顔して説明ができるのか、私には理解できなかった。すっかり丸坊主にされた父ちゃんの頭から、あり得ない物が出ていて、それが父ちゃんの「命綱」だってことをすぐ受け入れられなかった。そのため、父ちゃんの手足はベッドに縛られていた。意識が朦朧としていても、人間というものは「異物」に反応し、無意識のうちに引っ張ったりしてしまうとのことだった。「父ちゃん・・?」「父ちゃん・・」声に反応はするものの、まだ答えることができない。看護婦は「もう少し経ってからもう一度いらっしゃいますか?」と言ってくれた。待合室に一度戻り、家にいる妹に電話をする。妹には数日後、大学受験が迫っていた。そのため、朝早くに家を出て塾で授業を受けていた。メールで父ちゃんが具合が悪くなって病院に「行った」と言う事は知っている。まさか「運ばれた」なんて思ってもいないだろう。母ちゃんは、妹には数日黙っていようと思っていたらしい。数日後の妹の第一志望校の受験日だった。今思えば、もし父ちゃんがこの時亡くなっていたら、取り返しのつかない考えだった。でも、それがその当時母ちゃんが妹にできる精一杯の配慮だったんだと思う。しばらくして、父ちゃんの意識がだいぶ回復したことを看護婦から聞き、再びICUへ。「父ちゃん?大丈夫?」と私が声をかけた。すると父ちゃんは「おしっこしに行ってくるわ。」ちょっと笑えた。笑えたと同時に涙が出てきた。「いいんだよ、そのまましてくれれば。管が繋がってるから平気なんだって。」母ちゃんがそういうと、そばにいた看護婦を見ながら父ちゃんは「こんなかわいい姉ちゃんの前でおしっこできるか」と言う。安心した。初めて安心できた。こんなに冗談が言える状態でもう死を意識する必要はないだろうと思った。その日だけは。父に対する思い 6 につづく。