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愛 こ と ば・心 の 散 歩 路

2015/07/28
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   ^-^◆ 64年前 日本を救ったスリランカ蔵相の演説


「ジャヤワルダナさんという名前を知っていますか?」

「……? いえ、存じません……が」

「では、スリランカという国を知っていますか?」

「ええ、知っていますよ。(^。^)
 インド洋の真珠と言われているインド南東に位置する島国です
 よね。5年程前にニューヨークタイムズが『世界で最も行って
 みたい観光地』の1位に選んで観光客が殺到した国です」

「ほう!詳しいですね。(^-^)
 以前はセイロンという名前の国でしたね」


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「ええ……でも急に、なんの話ですか?」

「うん以前に話した、我が国とトルコとの関係……と一緒で、
 そろそろ君も知っていた方が良いかなと……思いましてね」

「…………?」

「第二次世界大戦が終わって、スリランカは英国から独立
 したんです。さっき話したジャヤワルダナという人が、蔵相に
 なりました。後には、大統領になられたんですがね……」

「はぁ……そのジャヤワルダナさんが何か関係あるんですか?」

「うん、もう少し聞いてくれますか?
 そのジャヤワルダナさんが、スリランカの代表として
 サンフランシスコ講和会議に出席されたんです」

「たしか、昭和26年頃に開催された、日本と、アメリカなど
 西側諸国との第二次世界大戦の講和会議でしたよね」

「そうそう、サンフランシスコ平和条約が締結されて、日本の
 主権回復が認められた我が国にとって非常に大切な会議です。
 朝鮮戦争の真っ只中の1951年9月4日からアメリカの
 サンフランシスコ市内のオペラハウスで開催されました」

「日本からは、どなたが出席されたんですか?」

「日本代表は吉田茂首相でしたね……」


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「以前に、祖父からちょっとだけ聞いたんですが、会議の実態は
 講和問題を話し合う会議ではなく、調印のための儀式だった
 ような……」

「ええ、そのはずでしたが……、ソ連が日本の主権制限案を提案
 したり、議事進行を妨害するために32人の代表団を送り込ん
 だりで、緊張と不安の中に開会されたんです……」

「へぇー、そんなことがあったんですか? (゜_゜>)」

「色々ありましたが、最終的には日本の主権が認められて会議は
 終わりました。その結論に至る過程で、スリランカ代表の、
 ジャヤワルダナ蔵相の演説が沢山の国の代表の心を動かした
 のです。わが国の、恩人ともいえる方なんですよ…………」

「ええっ、そうなんですか?そんな大切なこと、私知りません。
 みんなも知っているのかなぁ……」

「さぁ……あまり丁寧に伝達されてきませんでしたからね……。
 スリランカの国民は教科書などを通じて、殆どの人が知って
 いるようですがね……」

「スリランカといえば、小国ですが大国のソ連なんかが納得した
 んでしょうか?」

「的確な疑問ですね……。
 実は、ソ連、ポーランド、チェコスロヴァキアの三国は会議の
 結論としての、日本との講和条約であるサンフランシスコ平和
 条約に署名しなかったんです」


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「…………!! (ー_ー)
 ……それで、どんな演説だったんでしょう?」

「私も当時は子供で詳しい所までは知りませんが、ネット等で
 調べたスピーチの一部によりますとね、
   『アジア諸国民が日本は自由でなければならないという
    ことに感心を持っているのはなぜでありましょうか。
    それは日本とのわれわれの長年の関係のためであり、
    そしてまた、アジアの諸国民の中で日本だけが強力で
    自由であり、日本を保護者にして盟友として見上げて
    いた時に、アジア隷従人民が日本に対して抱いていた
    高い尊敬のためであります…………』
 という一節があります……」

「……そういわれれば、明治以降世界との交流を始めてから、
 一度も、西欧の植民地になったことはありませんね、日本は。
 アジアの大半の国は、そうじゃないですもんね……」

「……不幸な事ですが、それが歴史の事実ですね。
 スリランカも当時セイロンといっていましたが、
 英国の植民地でした……」

「あとは、どんなお話があったんでしょう……?」

「そうですね……、仏陀の教えを示して訴えられたそうです。
 『……損害に対して我々はその賠償を請求するつもりは
  ありません。何故ならばわれわれは、そのメッセージが
  アジアの無数の人々の生命を高貴ならしめたあの偉大な教師
  の言葉すなわち<憎悪は憎悪によって消え去るものではなく
  ただ愛によってのみ消え去るものである>という言葉を
  信ずるからであります。それは偉大なる教師であり仏教の
  創始者である仏陀のメッセージであります』
 と、語られています……」


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「……仏教という共通の土壌がアジアにはありましたね……」

「ジャヤワルダナ氏の演説は、15分にわたるものだったそう
 ですが、会場の反応は言うに及ばず、各国の新聞・雑誌の反応
 が重たいものだったようですね……」

「そうなんですか?でも、賛否両論あったんじゃないですか?」

「この前、調べた範囲ですがね、ソルトレイク・トリビューン紙
 は、「この会議最高の歴史的発言」と報じ、
 サンフランシスコ・エグザミナー紙は、「世に忘れ去られよう
 としていた国家間の礼節と寛容を声高く説き、鋭い理論でソ連
 の策略を打ち破った」と書きました。
 タイム誌は「ジャヤワルダナ氏こそ、最も才能あふれるアジア
 のスポークスマン」と絶賛しています」

「まさに、我が国を救った演説なんですね……」

「ときの吉田首相はジャヤワルダナ氏に感謝の手紙を送って
 います。そしてジャヤワルダナ氏は昭和54年に国賓として
 来日し、昭和天皇に謁見していますよ」

「そうだったんですか、報道されたはずですが……知りません
 でした……残念です」

「実はもっと深い話がありましてね。明治時代に日本を訪れて
 日本をモデルにして祖国の独立を図ろうとしたセイロン国の
 傑僧ダルマパーラという人がいるんですが……。
 ジャヤワルダナ氏はそのダルマパーラ氏の伝統的親日感情を
 受け継いだんだそうです」

「親日家だったわけだ……。有難いことですね」

「さっき話した昭和54年に来日されたときにも、日本でこんな
 演説をされています。
 『私は、以前来日したときに、当時から禅の世界的権威と
  されていた鈴木大拙教授とお会いしたことをよく覚えて
  います。

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   私は鈴木教授に、日本の方が信仰している大乗仏教
  と、私たちが信仰している小乗仏教はどう違うのかを尋ね
  ました。すると教授はこう言いました。なぜあなたは違いを
  強調しようとするのでしょうか。それよりも、私たちは
  どちらも仏法僧を護持することで共通しており、
  無常、苦、無我を悟るための八正道を信奉しているでは
  ありませんか。私は日本の仏教徒とスリランカの仏教徒を
  結びつける強い絆があることを感じました』
 仏教を通じても日本に親しみを覚え、禅の世界的権威の鈴木
 教授とも交流があり、生涯日本を愛されたんですよ」

「今日はありがとうございます。知っていなければならないこと
 を教えて頂いて、目からウロコでした……」

「日本を救ったといわれる演説の全文は、ネットで探すことが
 できますから、ぜひ、読んで下さいね。最後に……、
 ジャヤワルダナさんは親日の理由を聞かれたとき、
 「日本は西欧に対してひとり際立った存在だった、
  そして、仏教国だから」と答えたといわれています。
 そして、1996年11月1日、ジャヤワルダナ氏は永眠され
 ました。
 彼の遺志に基づき死後の彼の角膜が臓器提供されました。
 片方はスリランカ人に、そしてもう片方は日本人に……」

「…………!!!!」



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Last updated  2017/04/19 02:04:36 PM
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