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テーマ:政治について(19773)
カテゴリ:格差社会
こんな笑い話がある。
ある村で祭りに使うクリームが不足した。そこで知恵者の村長は「水をクリームと呼び、クリームを水と呼ぶ」というおふれをだした。そしたらその村では「クリーム不足」はたちどころに解決した…という話である。 こんな笑い話がしめすように言葉による解決は本当の解決ではない。 いやそれどころかかえって本当の解決から遠ざけてしまう効果すらある。 ※ 敗戦を終戦といいかえ、占領軍を進駐軍といいかえ、そして連合国を国連といいかえた時、現実の国際政治がいまだに第二次大戦の勝者敗者の枠組みを残している現実から目をそむけていないだろうか。 クソガキの大人顔負けの犯罪を「いじめ」と呼ぶことは、かえって必要な対策の手を縛っているのではないか。こんなのを「いじめ」とよんでいる限り、進学実績以外の理由で私立中学に行く子供は増加しつづけるだろうし、教職志望を躊躇する若者も増え続ける。 投身自殺を「人身事故」と呼ぶことで、本当はあったはならないことが日常のありふれた風景になり、人々の心もそれに慣れていく。 ※ 同じようなことが「格差」という言葉についてもいえる。 最近、そうも「格差」という言葉が、都市と農村との税収格差の問題に使われることが多くなっているようだ「格差」がこうした問題にすりかえられていけば、やがて最も本質的な貧困層の激増という問題はかすんでしまうのではないか。 人口が減少していけば、日本列島のすべての街の商店街が繁盛するなんてありえないことではないか。廃村も増えていくだろうし、税収減でなりたたなく自治体がでてくるのも理の当然である。やがては国-都道府県-市町村という3層構造を全国すべてに適用することだって見直さざるを得ないだろう。 そんな都市と農村の税収格差と個人間の格差を同じ「格差問題」という言葉でくくるのはおかしい。いや個人間の問題を「格差」という言葉でくくるのも、もしかしたら言葉による問題のすりかえかもしれない。 問題とすべきは、個人間の「格差」ではなく、下の方の問題、つまり「貧困層の激増」なのである。 かっては貧困というのは、障害者や崩壊家庭など、社会の一部分に特化していた感があった。 ところが今では普通の人間が定職につけない、あるいは定職を失うことによって即座に貧困層に転落する。そんな貧困の一般化が起きているようで、これこそ大問題だと思う。 かって会社は社員のための共同体であり、多くの人は会社の中で社会人として成長し、会社によって安定した生活を営んでいた。それが今では会社は投資家のためにあるのだそうだ。金のある富裕層はますます富み栄えるかもしれないが、本当にこれでよいのだろうか。 社員を大事にしない会社はいつかは衰退するし、普通の人が幸福になれない国はほろびるのではないか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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今日の七詩さんのブログは中々よいと思いますよ。
「普通の人間が幸福になる」「社員を大事にしない会社は衰退する」という視点は政治家や経営者にはとても大切なことです。増加している貧困層の問題に早く手を打つべきでしょう。 (2007年11月17日 21時29分02秒)
どこからどこまでの人を、普通の人と呼び、
どこらかどこまでの人を、普通の人ではないと言うのか? よく、我家の子供たちも、普通はそうだからとか、それが普通だからと言います。 普通と言う言葉の意味が、よくわからない今日この頃・・・。 そんな私は、もはや普通ではないのでしょうか?w 本当に、言葉と言うのは難しいものです。 (2007年11月18日 01時36分31秒)
本当の格差は、企業間の格差ではないかと思います。
海外に進出して成功した会社は、 トヨタ、キャノン、ソニーのように、 世界でも屈指の企業に成長しています。 その一方で町工場のような会社は、 人件費をぎりぎりまで削ってゆかざるを得ません。 トヨタ、キャノン、ソニーが望む政治と、 中小企業の望む政治が正反対になり、 個人もまた、裕福層と貧困層の望む政治が、 真っ二つに対立しています。 かたや弱肉強食に近いアメリカンスタンダード政治を望み、 かたや保護主義に近い北欧型政治を望む。 問題を複雑にしているのが中国と北朝鮮の存在。 共産主義、サヨク、平等主義が脳死状態なので、 アメリカンリベラリズムのひとり勝ちです。 さらに悪いことにマスコミの幼稚化。 マスコミの収入源はトヨタやキャノンなので、 保護主義を肯定するはずがないのですけど、 大阪芸人によって貧困層の若者はお子様状態。 現代のロペスピエールはお笑いオタクになりました。 共産党や社民党、民主党が、 中国や北朝鮮を批判できるようにならない限り、 日本政治の暗黒時代は続くでしょうね。 (2007年11月18日 11時32分27秒)
毎度楽々さん
目先にある利益ばかりでその背景にある責任という観点が不足している行動ばかりが目に付きます。たしかにぎりぎりまで人件費を削れば利益が上がるし、経営陣と株主は利益を得るのかもしれませんけど、本当にそんなんでいいの?とそろそろ問い返すべきでしょう。 (2007年11月18日 11時38分16秒)
ならきっずさん
普通という言葉も難しい。ただ、貧困層への転落の恐怖が20年前。30年前に比べてぐっと身近になっているというのは多くの人が感じていることではないのでしょうか。 なんかの記事で、大学後、最初に勤めた会社を辞めてからは非正規雇用の転職を繰り返し、しまいには親からの仕送りで生活していた中年男の話を読みましたが、そういうのってかなり一般化しているように思います。真面目で健康な人間が自分一人を養しなえないなんていう社会はやはり変です。 一般化している非正規雇用や諸外国に比べても低い最低賃金、そしてそれとは対照的に高額の家賃などがあるのでしょうけど。 (2007年11月18日 11時44分19秒)
オルフォーさん
いろいろな意見があるとは思いますが、批判勢力としての社会主義は今のような時代にこそ必要だと思います。 なんか世の中は格差礼賛、競争礼賛の論調も多いですね。こういう強者の論理に共感することで自分が強者になったような快感を得る人が多いのでしょうか。 日本のような国がアメリカのような競争社会になれば自暴自棄の敗者が大量生産されて大変なことになると思うのですが。 (2007年11月18日 11時48分49秒)
学校のいじめは私立学校でもあるようですね。9月中旬に起きた神戸の高校生のいじめによる自殺は、90年の歴史がある名門私立校で起きました。
リクルートから中学校校長に転出した和田校長は学校には100パーセントいじめはあると言っているのをテレビで言っていましたね。 (2007年11月18日 13時14分21秒)
Ryu-chan6708さん
イジメの定義にもよりますが悪口、仲間はずれというものならたしかにどこの集団にもあるでしょうね。そうしたものならそれをなくすのではなく、乗り越えていくことを学ぶべきなのでしょう。 ただ、神戸の自殺事件は犯罪とよぶべきもので「いじめ」と呼ぶのは適切でないように思います。 (2007年11月18日 19時04分22秒) |