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2022年05月03日
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カテゴリ:読んだ本
「本格小説」を読み終えた。本というのは読んだ後、書くことがなくて困るものと、書きたくてたまらなくなるものとがある。この本は後者であるが、最後の方のネタばれを書くわけにもゆかず、まあ、それにはふれないで思うことを書いてみる。最後のどんでん返しは読む人によって見方は違うのだろうが、自分としては小説の大筋にはあまり関係ないように思う。
まずこれが、面白い小説かと非常に面白い。そして上手い小説かと言えば、筋の進行で細かい部分まで描写され煩雑に思うこともあったが、場面や情景などがよく描かれており非常に上手いと思う。ただ、もう一度読み返すことはたぶんないと思うし、人に薦めるかというとちょっと疑問符がつく。なぜかといえば、これを恋愛を描いた小説なのだとみると、登場人物の心理に納得できない部分が多すぎるからだ。だからこのあたりについて別の読者の感想を聞きたいとはおもうが、自分から人に薦めるつもりはない。もちろん、恋愛小説と言っても、いまさら絶世の美女の悲恋などを描いても陳腐きわまりないだろうから、一見不可解な心理をそれなりに解釈し考えるというのも、かえって新しいのかもしれないけど。
恋愛として、描かれているのは長い時間をかけた一人の女と二人の男の三角関係である。ただこの小説全体では、その三角関係に触れられている部分が非常に少なく、作者の分身の「私」のところに物語の語り手である祐介がやってくるまでが非常に長い。さらに物語はその祐介が富美子という女性から聞いた話という構造になっているので、富美子の子供時代から進駐軍での女中勤務、日本人の家での女中勤め、結婚と離婚、事務員としての勤務、再度の「女中」勤め、再婚と夫との死別といった自伝風モノローグが続く。
恋愛の主人公は語り手の富美子が仕えた家の娘よう子と家同士の付き合いのある幼馴染の雅之、そしてよう子の家の借家に住む太郎である。よう子と雅之の家は戦前からの富豪でともに軽井沢に別荘を持ち、夏になるとその別荘でともに遊ぶ。太郎は借家に住む一家の主人の妹の子で母は亡くなり父親は中国少数民族らしいのだが確かな出自はわからない。太郎は子供の頃から様々な雑用をこなしながら駄賃をもらう生活をするのだが、姉や親族の従姉妹の中でいつもみそっかすのよう子は太郎と親しくなり、二人が思春期になるとそれはいつの間にか恋に発展する。だが、高校を中退して町工場で働く太郎に対して、よう子が結婚なんかできないというと、太郎は出奔して米国に渡る。米国で太郎が成功していく話は作者である「私」の見聞として物語序盤で詳細に語られており、実際にモデルとなった日本人実業家がいるのだが、これは成功までのプロットを借りただけで小説の人物とは別物だろう。大金持ちとなった太郎は日本に戻り、よう子と会うのだが、よう子は既に雅之と結婚していて娘までもうけていた。そしてその先、よう子は雅之黙認のもとに太郎と会い続けるのだが、はたしてこうした関係がありえるのだろうか。雅之はよう子を失うのを恐れて黙認しているのかもしれないし、よう子は雅之も太郎もともに愛しているので、雅之と夫婦として暮らしながら太郎とも会う生活がよう子にとって、ひいては三人にとっても幸福なのかもしれない。そしてまた肝心のよう子は作中では美しい姉や従姉妹たちの中ではそこだけ「空気がくすんでいるような」見栄えのしない容姿であり、やや歌がうまいというだけで、テニスもできず、家事もできず、身体虚弱で頭も良くないという女性である。ただ、貧しい家でさらに虐められている太郎に優しく接し、伯母のいやみにも怒ることもなく、嫌な顔もしないで父母の介護を行い、大金持ちになった「太郎ちゃん」のお金にひかれることもない純真な女性でもある。それにしても、恋愛としては、どうもよくわからない。太郎はもちろん優しくするよう子に惹かれ、雅之は姉や従姉妹のなかでみそっかす扱いで親にも顧みられないよう子に同情したのかもしれないが、それにしても妻がかつての恋人と会うのを黙認し手助けまでする雅之の心理は謎すぎる。
いっそ、この小説は恋愛小説ではなく、富美子を軸とした戦後を描いた小説として読んだ方がよいのかもしれない。貧しい家庭に生まれた賢い女性が歩んできた戦後。それは昔ながらの階級制度が崩れていくとともに、太郎のように才覚のある精悍な人物が浮上していき、あらたな階層が生まれていった時代でもあった。想像だけど、この作者はたぶん「太郎」のような人物を描きたかったのではないか…と推測する。






最終更新日  2022年05月03日 09時35分28秒
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Re:「本格小説」(水村美苗)(05/03)   ·曙光 さん
>場面や情景などがよく描かれており非常に上手いと思う。ただ、もう一度読み返すことはたぶんないと思うし、人に薦めるかというとちょっと疑問符がつく。

本題と些か離れて恐縮ですが、上記文章から以下の事を思いました。
如何に情報を,知識を陳述されても、其処に語り手である本人自身の魂が情念が入っていなければ、受け手には何の感興も及ばさず、無機質な機械的テープが周回遅れの情報を流しているだけの事で、面白くも何ともなく、もう一度聞きたいとは思わないし、人に勧める事もないという事です。

民意が、或いは専門家の云う事が錦の御旗で、只管それに従っていればよいでは、国滅びるは必定でしょう。1960年安保騒乱では、今では信じられないでしょうが、民意は圧倒的に安保反対でした。民意に従っていたら現在の日本防衛の命綱である安保条約は廃棄されていたのです。
また三流憲法学者の木村草太や視野狭窄の日本自虐史観だけが売り物の保阪正康等の言葉を権威ある専門家の高説と勘違いして掲げている記事を見ると、つくづく日本は、日本人は大丈夫かと心配が募るばかりです。

>いっそ、この小説は恋愛小説ではなく、富美子を軸とした戦後を描いた小説として読んだ方がよいのかもしれない。··太郎のように才覚のある精悍な人物が浮上していき、あらたな階層が生まれていった時代でもあった。想像だけど、この作者はたぶん「太郎」のような人物を描きたかったのではないか…と推測する。

「続明暗」の読後に感じた事だが、水村早苗のストーリー展開は面白いのだが、人物描写が人間心理の綾迄は洞察する事が出来てなく、再読しようという心持ちは起きなかった。
仰っるように、水村ならば、恋愛小説よりも戦後群像を太郎に焦点を当てて描いた方が、すっきりしたと思われますね。
(2022年05月03日 11時04分08秒)

Re[1]:「本格小説」(水村美苗)(05/03)   七詩 さん
·曙光さんへ
9条教もそうですが、教条主義的な言葉は絶対に伝わりません。LGBT差別反対もこの頃リベラルの皆さま急に言い出していますけど、これもそうですね。もちろん差別がよいとはいいませんけど、同性婚に養子を迎えるのは別の問題でしょう。子供には選択はできませんから。
「本格小説」はとにかく恋愛の三角関係の部分について人物造形も登場人物の心理も全く弱い。よう子は男から見ても女からみてもどこがよいのかわからない女性だし、よう子を独占しようとしない男二人の心理もよくわからない。この作者は小説よりもむしろ事実を基にした評伝の方が向いているかもしれないし、フィクションであっても太郎を中心に戦後社会の変遷を描いた方がよかったのかもしれません。
大衆小説と違って文学的なもので恋愛を描くのは難しいですね。常識の枠内は感動がないですし、かといって主人公の心理が不明だとわけがわからない。一見常識とは違うのだが、人物造形などから読者にそうしたものが理解できたところで感動が生まれるのでしょう。恋人と恋敵の幸福のために自らの命を犠牲にするとかね…。 (2022年05月03日 15時12分36秒)


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