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カテゴリ:読んだ本
この間、登場人物の心理がよくわからない小説を読んだからというわけではないが、昔読んで登場人物の心理がどうもよくわからなかった小説を再読する気になった。「狭き門」である。信仰深い女性が清らかな愛に憧れるあまり主人公の求愛を拒み,最後は病で死んでしまう悲恋物語。かつて読んだときにはこうした観念にひっぱられて読んでいて、そして読んだ結果どうにもわからなかった。
あらためて読み返してみると、女性が死んでしまうということがなくても、おそらく二人が結ばれることはなかったのではないかと思う。初めて主人公ジェロームとヒロインのアリサが互いを意識したのは12歳と14歳のとき。その後、アリサの妹の結婚、ジェロームの兵役、進学、ジェロームの母の死、アリサの父の死と年月は流れていく。25歳でアリサが死に、さらに長い年月がたってもジェロームはアリサを忘れられずにいる。最初は純粋な思慕に始まり、恋が芽生えても、しだいにその恋の対象は現実の人間から幻想の女性に移っていったようにもみえる。思春期の男性が年上の聡明な女性に恋するのはよくあることだが、残酷な事実がある。自分は成長していくのに対し、女性の容色は衰えていく。何度目かにアリサに出会った時、ジェロームがアリサが前ほどに美しく見えず、そしてアリサの読んでいる本をくだらないと思う場面がある。彼の知性はアリサをはるかに凌駕するくらいに成長し、広い世間をしった彼の眼には、娘盛りをすぎたアリサの容姿には以前ほどには惹きつけられない。それでありながらジェロームはなお幻影のアリサを恋しつづける。一方で、アリサにはそれがわかっているので、ジェロームを拒む。 こうした主人公二人と対照的なのはアリサの妹のジュリエットだ。ジュリエットはジェロームに恋するのだが、かなわぬ思いと知ると、愛してもいない求婚者と結婚をし、何人もの子供をもうけて幸福に暮らす。幸福というものは、あまりにもつきつめて考えていくと逃げてしまうものなのかもしれない。それでも、ジュリエットはやはりジェロームを忘れられないことが小説の最後で示唆されているのだが。 源氏物語を読んだとき、妹の中の君と薫が結ばれることを願って薫を拒む大君はアリサによく似た女性だと思った。しかしあらためて「狭き門」を読み返してみると、源氏を拒んだ年上の聡明な槿の君にもアリサの面影があるように見える。
最終更新日
2022年05月11日 12時42分10秒
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