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ニューストピックス

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カテゴリ未分類

2019年11月08日
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テーマ:ニュース(78392)
カテゴリ:カテゴリ未分類
今年をふりかえった場合に未解決事件も目に付く。
不思議なのはキャンプ場の女児失踪事件で、子供の足で行くような範囲内で手掛かりもつかめないなんていうことがあるのだろうか。キャンプ場というと楽しく安全な場を想像するのだが、実態は違うのかもしれない。ホームレスには、いわゆる路上ホームレスだけではなく、車中ホームレスというのも、相当数いるという。こうした人々がすべて犯罪予備軍というわけではないのだろうけど、水場も設備もあるキャンプ場というのは車中ホームレスも集まりやすいのかもしれない。もしこうした中に誘拐犯がいれば、社会との接点もなく、車で移動しているので発見も難しい。いやな想像なので、違っていることを切に願う。
茨城でおきた一家殺傷事件も続報がない。家族の周辺は捜査しただろうから、やはり行きずりの物盗りがパトカーのサイレンで逃げ出したというのが真相なのかもしれない。重大犯罪であり、迷宮入りだけは避けてほしいものだ。






最終更新日  2019年11月08日 07時00分12秒
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2019年10月19日
カテゴリ:カテゴリ未分類
IOCでは東京オリンピックのマラソンコースについて札幌に変更するように決定したという。酷暑が理由になっているが、台風でラグビーワールドカップの試合がいくつか取り消されたことも影響しているのかもしれない。札幌には台風はまずない。ただ、国家ではなく都市が開催するというオリンピックの性格は大きく変わる。東京オリンピックの場合には「国を挙げて」後押しをしているので、これはこれでよいのかもしれないけど。
こうなると、マラソン、競歩にかぎらず、他の競技も札幌と言うことになるのかもしれない。1万メートルなどはきっとそういう声があがるし、お台場の水質が懸念されているトライアスロンだってそうだろう。あれだけ大騒ぎした新国立競技場もなにやら寂しいことになるのかもしれない。
それにしてもオリンピックチケットの抽選はもう終わって周囲にもいくつかの競技に当たったという人がいる。マラソンのチケットなどは東京に行くのと札幌にいくのとで大違いだし、そもそもマラソンの選考自体、酷暑を想定してそれなりの条件の下でのレースで選ばれている。競技場、エンブレムと五輪は様々な問題があったが、今度もまた一部競技の札幌開催の提案という大問題が起こった感じである。
それにしてもあの招致疑惑…あれからどうなったのだろう。
国籍不明の名前のあのマスコットキャラはどこまで浸透しているのだろう。






最終更新日  2019年10月19日 20時21分33秒
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2019年10月16日
カテゴリ:カテゴリ未分類
演劇「どん底」をみた。
舞台は19世紀初頭のロシアの木賃宿…のはずなのだが、なぜか、現代日本の橋脚下の工事現場という設定。そこに俳優たちが宿屋のベッドや机にみたてる道具を持ち込んでいく。原作の世界と現代がつながる演出であり、たしかに、19世紀ロシアの世界を再現するというだけならば、舞台は映画にかなわないだろう。
一応、戯曲も読んだのだが、これほど多彩な登場人物がいたとは…。
宿屋の主人は貪欲な男で妻や妻の妹をこきつかっている。そして姉妹には警官の叔父がいて、この男も「どん底」の木賃宿にときどきやってくる。木賃宿には、中年女の饅頭売りがいて、それも警官がやってくる理由なのかもしれない。この中年女は多少の金はあるようなのだが、その他の木賃宿の住民は、どん底といってよい。
最近やってきたばかりの錠前屋と病身で死期の近い妻。
元帽子屋や元役者もいるが、ふたりともそろって酒に溺れている。
その他にも、公金横領で転落した男爵や殺人犯の元服役囚、現職の泥棒など…。
そこにあやしげな巡礼がやってきて、「真実の国」や「無料で食事や宿を提供してくれるアル中病院のある町」の話をする。ここではないどこかに理想郷があるような嘘をつくのだが、それを受け入れる住民もいれば、反駁する住民もいる。
嘘が必要なのは奴隷と主人だけで、そうでなければ大事なのは人間だと叫ぶ登場人物の言葉は中でも印象的だ。
けれども、いくら人間が大事だといってみたところで、何も状況が改善するわけでもなく、巡礼は去り、その言葉を信じて無料で食事や宿を提供する町を探していた元役者は自殺する。
慰めの嘘と人間という真実とどっちを選ぶかということがテーマのようにも見えるが、別に作者は後者の結論をだしているわけではない。なぜならどん底の状況はどちらにしても改善されてはいないのだから。それに今日を生きる我々は知っている。天国での慰安というのも嘘かもしれないが、共産主義社会という千年王国もまた嘘だった。そうだとしたら、嘘にすがりつくのではなく、現実に対峙し、現実を少しづつ改善していくしかないのであろう。






最終更新日  2019年10月16日 21時49分06秒
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2019年07月23日
カテゴリ:カテゴリ未分類
最近よくポピュリズムと言う言葉を聞く。
大衆迎合主義という意味で多くの場合、否定的ニュアンスで使用されているようだ。しかし、民主主義というものは、もともとポピュリズムなのではないか。ポピュリズムを批判している貴方は大衆ではないのだとしたら一体なにもの?
ポピュリズムを批判している人は、どうも大衆と言う言葉に「バカな奴ら」という意味を込めているように思う。大昔の失言政治家の毛ばり発言と同じ感覚である。うまいことばかり言う野党に投票する人は毛ばりに釣られる魚と同じで知能が低いといった趣旨の発言である。けれども、うまいことばかりをいう野党にしても、大衆がそれを望んでいるという意思を表明できるのが民主主義の真骨頂ではないか。代表民主主義は選挙民が直接個々の政策を決定するわけではない。選挙で示された民意を基に、政権党が方向を決め、官僚が政策化していく。それが民意に沿わないものであれば次の選挙で負けるだけだ。その意味ではかの失言政治家が批判した野党、そしてそれに投票した「毛ばりでつられる魚」もそれなりの役割を果たしたと言える。今ではあまり言われないが、岸信介総理も憲法改正だけを悲願にしていたわけではない。「貧困追放」も政策の大きな柱にしていた。貧困を放置していれば日本が赤化するという脅威もあった時代であり、戦後の飢餓の記憶もなまなましい時代であった。その後も、政権党は変わらなかったが、その政権党の下で、労働者のための政策、福祉のための政策が着々と進み、一億総中流というほどの格差の少ない社会を作った。
大衆は一枚岩ではない。批判を承知で分ければ、知識層と大衆(別に知識層との間に確固たる境界があるわけではないが)という軸、それに政権批判的、賛同的という軸を置くと、選挙民は四つの層にわけられる。知識層・賛同のA層、知識層・批判のC層、大衆・賛同のB層、大衆・批判(不満)のD層である。選挙でB層をターゲットにしてもポピュリズム批判が起きないのに、D層が動くとポピュリズムという声があがるのはなぜなのだろうか。
それはともかく今までのサヨクとよばれる政治勢力はあまりにもD層に無頓着だったように思う。中年のジャンパーを着た男性がティッシュを配っている横で、「ニッ本を戦争のできる国にしてはならないのです~」と某政党の議員が9条擁護の熱弁をふるっていた光景は忘れられない。9条擁護、非核、反戦平和、女性、環境、LGBT差別反対もけっこうなのだが、ブラック企業、ワーキングプア、フリーター漂流、コンビニ奴隷などの問題になぜむきあわないのだろう。少なくとも一瞥しただけではそう見えない。
今回の選挙では、ようやく正面から格差や貧困に向き合う政治勢力がでてきたかもしれず、それがかすかな希望のようにもみえる。新聞やテレビはみごとに黙殺し、過去の「新党ブーム」の扱いとは全く違っていたが、それでも今では大衆にはネットと言う手段がある。こうした政治勢力が拡大していくのか、触媒のように既存の政治勢力を変えていくのか、それとも閃光でおわるのか。それはわからない。そしてこれに対してポピュリズムという批判はかならずでてくるだろうし、ますます大きくなるかもしれないが、批判としては的はずれだろう。なぜなら民主主義とはそういうものなのだから。






最終更新日  2019年07月23日 08時22分40秒
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2019年06月21日
カテゴリ:カテゴリ未分類
そう思ってニュースをみているせいかもしれないが、最近50-80問題が背景にあるようなものが目につく。こうしたものはだいたい家庭内殺人、遺体放置と年金詐欺、親の死後に子供も孤独死に分けられる。たしかに川崎の事件のように外部に無差別殺傷に向かうという例は少なく、無差別殺人に関してはひきこもりが犯罪予備軍という図式はあてはまりそうもない。川崎の事件は犯人はスマホも持たない超孤絶生活をしていたが、伯父夫婦は彼にとっては「家の管理人」のようなものであり、通常のひきこもりとはちょっと違ったのかもしれない。
川崎の事件も含めた無差別殺傷事件を見ると、大阪の学校乱入、秋葉原の通り魔、もっと古くは下関駅や池袋繁華街の事件など、犯人は無職や職があっても不安定なものであり、失業対策こそがもっとも有効な予防といえよう。
それによく考えてみると50-80問題と言うが、つっかえ棒になってきた80がいてこその50-80問題だろう。もともと頼るべき親がおらずに、ぎりぎりの生活をしている人々もいる。そうした人々が中年期をすぎ、次第にアルバイトの仕事も少なくなり、将来に暗黒しか見えなくなった時にどうなるのだろうか。川崎の事件はこっちに近いように思う。そういう意味で、ちょっと気になったのが、80代の老人が小学校に乱入したという事件である。実害もなく、報道も少なかったが、不気味な事件のように思う。昨今は高齢者がらみの重大事故が大きく報道されているが、そのうち無敵高齢者(家族など失うものがなく、社会に無視され疎外されてきた身には大報道は望むところ、老い先長くないので死刑なども怖くない)の重大犯罪も起きてくるかもしれない。






最終更新日  2019年06月21日 06時58分25秒
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2019年05月14日
カテゴリ:カテゴリ未分類
最近よく女性天皇を認めるべきだという論をする人をみかける。
男女同権がねづいているのに、ここだけ女性を排除するのはおかしいとか、世界の君主国をみわたせば女王もめずらしくないことなどを根拠にしている。
こうした議論でいつも思うのだが、女性天皇と女系天皇との混同だ。
女性天皇を認めた場合に、その女性が皇統以外の男性と結婚した場合に、その子供に皇位を認めれば、それが男女を問わず女系天皇になる。過去、日本の歴史には何人か女性天皇がいたが、いずれも皇后がつなぎとして帝位についた場合か独身かであって、女系天皇という例はない。
ヨーロッパの君主国の場合は、女系もあるようだが、だいたい父上は外国の王家出身や貴族の場合ではないのだろうか。まったくの平民出身の男性の子供が王位につくというのは聞かないように思う。
最近よくきくのは内親王と旧皇族男性が結婚してはどうかという意見だ。
たしかに旧皇族は皇統をひくので一般人とは違うといえば違うだろう。
ただそこでもついてくるのは結婚はあくまでも個人の問題であるということだ。
旧皇族の男性といっても、具体的にどんな方かというイメージがなければなんともいえない。
プライバシーもあり、旧皇族といっても一般人なので、詳細を報道する必要はないが、はたして多くの人の尊敬を集めるような人なのだろうか?それに最初の女性天皇が、たまたま素晴らしい人と結婚しても、女性天皇が代を重ねても素晴らしい人と結婚しつづけるという保障はない。それによい悪いは別にして「尊敬できる」の基準が男性の方が高いのではないだろうか。顔がよくて語学ができれば、女性ならシンデレラとして受け入れられても、男性はそれだけではどうも足りないらしい。






最終更新日  2019年05月14日 20時32分41秒
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2019年04月23日
カテゴリ:カテゴリ未分類
平成はゆっくりとした坂道を下ったような衰退の時代だったと思う。
ただそれで不満がうっせきしているかというとそんなことはない。
与党や政権に対する支持は高く、しかもそれは若い世代ほど顕著である。
そして巷には「日本すごい」といった類の本がけっこうあふれている。
もしかしたら国家というものは、笑顔で楽しく衰亡していくのかもしれない。
平成と昭和を比べると、もう一つ違ったと思うことがある。それは、昭和時代によくあったような「社会に対する怒り」のようなものが影を潜めたのが平成という時代だったように思う。昭和期にはなんでもかんでも「社会が悪い」という論調があった。その「悪い社会」とは政府であり企業であり、そうした力をもっている者を言い、庶民一人一人の集合としての社会は意味しなかった。少年犯罪まで、往々にして「社会が悪い」、「学校は悪い」の合唱が起きたのが昭和40年代、50年代の特徴だったように思う。平成はそういった「社会が悪い」の論調が影をひそめ、自己責任論がまんえんしていった時代だったように思う。高年齢者に多い難治性の病気は「生活習慣病」と呼ばれ、病気になった本人に責任があるような印象を与えている。低賃金や低待遇、長期間の失業状態も、その原因はあくまでも本人のスキルやメンタルの問題とする論調が多い。
それと関連あるのかどうかわからないが、生活保護受給者のようにいわゆる「弱者」に対するバッシングも平成に入ってから目立つ。
改元をまじかにして、これからの時代はどんな時代になっていくのだろうかと思う。
今の方向ですすんでいくのか、それともゆりもどしがあるのかである。






最終更新日  2019年04月23日 07時00分12秒
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2019年04月22日
カテゴリ:カテゴリ未分類
韓国ドラマ「魔王」を再度視聴した。
復讐する者とされる者…韓国ドラマにはよくあるテーマなのだが、こちらはどっちかというと復讐される側の視点で作られているドラマだ。エリートの父親に反発する高校生だった主人公は校内で暴力をふるってばかりいた。特に気の弱い同級生を虐めていたが、それをとめようとした優等生をはずみで刺し殺してしまう。殺意があったわけではなく、もみあっているうちにナイフが刺さったともいえる事件だ。有力者の父親は敏腕弁護士を雇い、証言者となる同級生の親を買収し、記者に校内暴力はなかった趣旨の記事をかかせ…というように様々な手を使って、正当防衛による無罪の判決を勝ち取る。一方で、殺された優等生の家は貧しい母子家庭だったが、母親と兄弟二人は肩を寄せ合うように仲良く暮らしていた。それが兄が殺され、正当防衛の判決が出た日に母親も自死する。
加害者は父親に反発したまま長じて刑事になり、一方、被害者の弟は復讐を誓う。
そして12年の歳月が流れ、復讐劇が始まる。
被害者にとっても加害者にとっても救いのない暗い話でハッピーエンドになりようもないのだが、そこに癒しを与えるのは二人の主人公の間にたつサイコメトラーの女性だ。彼女の超能力は事件解決というよりも、被害者、加害者双方の心をうけとめるのにむしろ役立っているようだ。
主演二人とヒロインが素晴らしく、二度目の視聴なのだが、本当に脚本がよくできていると思う。
これは日本でも嵐の人気俳優二人がダブル主演でけっこう好評だったようだ。
冬ソナあたりは、まあ、面白いにしてもばかばかしいと思っていたが、韓国ドラマも進化している。
グッドドクター、記憶、未生(日本リメイク版ではHOPE)、グッドワイフなど日本でのリメイクも多くなっている。






最終更新日  2019年04月22日 10時51分32秒
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2019年04月12日
カテゴリ:カテゴリ未分類
最近発達障害と言う言葉をよく聞く。
その内容を見ると、自閉症スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害という類型があるらしい。
注意欠如・多動症といえば、妙におちつきのない子というのは昔もいたし、学習障害というか勉強のできない子というのもいた。ただ自閉症スペクトラム症というのはよくわからないので、調べてみると、「臨機応変な対人関係やコミュニケーションが苦手であること、今日見や活動が偏り反復的で融通がきかないこと」
が特徴とされているようだ。なんのことない。昔からいたような「変わり者」をいまでは発達障害と言っているわけである。自閉症、アスペルガー症候群の下位分類だったものが、今では自閉症スペクトラム症という単一の概念になっているということで「学説」も安定していないようだ。たしかに重度の自閉症の場合には言葉も話せないなど社会生活が不可能という場合もある。しかし対人関係の苦手な変わり者やおちつきのない子、勉強のできない子に「発達障害」というレッテルを貼ることで誰が得をするのだろうか。
逆にそうした「発達障害」というレッテルがあの子は発達障害だから付き合わないようという排除の理由になったり、どうせ俺は発達障害なんだから仕方ないといった人生早期あきらめモードのきっかけになる可能性の方が大きいと思うのだが。
それにこれから子供を持ちたいという人だって、出現率10%近くにもなる発達障害なんてものがあったら、怖くて子供をもちたいとは思わないのではないか。こうした概念は少子化や未婚化の進展には大いに貢献しそうである。
調べてみたら最近ではなんと発達障害支援法なんてものがあるらしい。平成16年法律第167号。内容を見てみると就労支援もあり、子供だけを対象にしているわけでもないようだ。そういえば最近大人の発達障害なんていう言葉も聞く。以下はちょっと怖い想像であるが、出現率10%の発達障害の診断が大人にもなされるようになれば、面接で何度もおちて就職の決まらない失業者や社内でも解雇したいような社員はけっこう「発達障害」にあてはまるのではないか。そういう人々は診断の結果により、障碍者支援枠の中で勤務するという時代になるのかもしれない。






最終更新日  2019年04月12日 06時38分36秒
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2019年03月18日
テーマ:ニュース(78392)
カテゴリ:カテゴリ未分類
オリンピック誘致の贈賄疑惑で竹田会長が辞任したという。
贈賄には多額の金がいる。それに印象だが、竹田氏はワンマンといった雰囲気ではないし、その高貴なご出自故にトップにおかれただけの人物のようにもみえる。仮に贈賄があったとしても、竹田会長が一人でやったとはどうしても思えない。
国会では統計疑惑が議論されているのだが、統計がどういうふうにゆがめられたかの報道があまりないのは不思議だ。全数調査のはずが実際には調査されていなかったところがあるということであれば、それは単なる怠慢によるものなのか、なんらかの結果を操作する意図があったのか否かが問題になるのだが。
アポ電強盗の事件も大きく報道されているが、高齢者世帯が増え、そして低金利などが背景だろうが、タンス預金も珍しくない時代なら、強盗を考えつく輩がいてもおかしくない。事前に電話で財産状況をききだしたのが新手口といえば新手口だが、一日中誰とも話をせず、話す機会に飢えている高齢者も多い。ついつい話にのっていろいろしゃべったとしても不思議ではない。
そして芸能人の麻薬疑惑。こういう事件はいつも思うのだが報道のしすぎではないか。もちろん犯罪にはちがいないのだが、「被害者なき犯罪」であり、一度こうした事件をおこしても復帰している芸能人もいる。ワイドショーならともかく総合ニュースで大きく扱うようなことではないと思う。






最終更新日  2019年03月18日 07時27分46秒
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