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カテゴリ:日記
何をやってもうまく行かなくて、コンプレックスだらけの私は高校生の頃からはバイクと酒の日々でした。酒を飲みはじめたのは、中学生の頃アウトドアで山を歩いてた時に、ジュース代わりに飲んでたポートワインでした。
甘くて子どもが飲むにはうってつけ。そのうち甘みがないワインに変わり、日本酒になり、ウイスキーや、ウォッカなどのスピリッツになっていきました。 高校の入学祝いにみんなで集まって酒宴を開いてたけれど、今なら大問題になるのかな。高校2年の頃だったか、突然パニック発作が起って以来、不安で不安で仕方ありませんでした。そんな時にはアルコールに頼るしかありませんでした。 発作が起りそうになると、ガンガン飲んで意識をもうろうとさせるのが一番。酔っぱらってしまえば不安はふっ飛びますから。だから二日酔いで学校にいってたこともしばしば。ある時はあまりにしんどくて保健室でねてましたが。 そんな私ですから、酒がなくて自分を支えることは不可能。だんだんブラックアウトの時間も長くなりだして、不安でした。不安だからまた飲むという悪循環。なんどやめようと努力しても、結局はやめられません。それが依存です。 二十代の終わりに身体壊して、もう人生おしまいかな、と、覚悟した時に、自分の命も人生も全てを神にゆだねる覚悟ができました。長い間自分の無力をさんざん味あわされたけれど、そのあるがままの自分を受け入れ、それを神にまかせるということ。 自分で自分を救うのではなく、神にゆだねると言うこと。この覚悟ができた時に私は少しずつ不安からも解放され、酒を止めることができました。不安障害も完全に出なくなるにはそれからさらに5年くらいは必要でしたが。 無力であること、これが私の原点であり、援助も同じです。何も出来ずに混乱と不安の中にいる当事者に無条件で寄り添うには、自身の無力を常に自覚するひつようがあるのでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/07/08 01:51:14 AM
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