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テーマ:心の病(7496)
カテゴリ:メンズカウンセリング
今日は男の電話相談の研修日。話題が発達障害にも及びました。で、つらつら考えていると、私はやっぱり今で言うLD(学習障害)だったなあ、という事。
以前にも私はLDだったと書いたような気がするけれど、小学生の頃の私は記憶する事がとても難しく、九九(くく)を覚えるのがとても難しくて、途中でなげてしまいました。半分で十分だからそれでもかまわないはず。今でも、9×5=?・・・だから 5×9(ごっくヨンジュウゴ)と頭の中で計算します。以降算数はなげてしまいました。(電卓ができたから、何の問題もない。) 漢字も覚えるのがとても難しく、毎時間やらされる書き取りテストは、ボイコットも兼ねて毎回白紙で出してました。書いても十点中二点か三点だもの、あほらしくて。 どの教師も言ってました、努力したらできる、努力が足りないのだと。あげくに、だっておにいちゃんはちゃんとできたよ・・・。誰一人言ってくれません、「がんばったけどできなかったね、でもそのうちできるようになるからね、だいじょうぶだよ」とは。 努力してもできないものはできないのです。その事を認めてもらえない私は、そうそうに努力する事を放棄しました。それでよかったと思っています。 なんにつけ記憶する事はとても苦手でした。けれど、意味を理解する事はとてもよくできました。漢字は書けないけれど、文章は読めるし、文脈もその意味も手に取るようにわかります。考える必要もなく理解できるのです。だから漢字テストは最低だけど、国語は勉強しなくてもそこそこのいい点をとっていました。 理科や工作でも実験や制作は材料を見れば意味が分かるので、説明書を読まなくても作業できるので、たいていトップクラスで仕上げてました。 けれど教師の話している事は理解できないし、板書も教科書も覚える事はとても難しく、たいてい授業中は机の下で「てわるさ」をしてました。 今でこそLDなんて言葉があって多少は理解されるのかもしれないけれど、当時は努力しない子、根気のない子、落ち着きのない子、として理解されていたようです。まあ、それでも私はそれなりに人格形成できているから、いい時代だったのかもしれません。 で、こんな私ですから、企業社会に適応するのもとても難しく、転々としたサラリーマンも十年でやめたという訳。で、好きな事をはじめたら、今のような私になったという事。 記憶する事、記号を意味と結びつける事ができない私は数学がとても不得手だけれど、言葉とその意味を理解する事、身体感覚や妄想を言語化し意味付けていく事は、とてもとても非凡な才能がある事がわかり始めました。 十数年前、コミュニケーションワークを仲間たちとやり始めた頃、私はワークを考案しみんなとやってみました。たくさんある様々な単語の山から単語をランダムにひとつずつ拾っていって、文章化していくというワークです。 私は何気なく簡単にやってのけたけれど、だれもそのワークはできなかったのです。私はそのとき確信しました、私は特殊だと。 その頃から、運動がらみで講演や講師を依頼される様になったけれど、私は原稿は書かないし、レジメも簡単なもの。その場に立って話し始めれば、言葉はどんどんわいてきます。どこからか降りてくるという方がふさわしいと思います。 はじめは考えてもなかった言葉がつぎつぎつながってでてきます。これは不思議です。また不思議と言えば、私は誰かと話していても相手の心の中が透けて見えるように理解できてしまう(様な感覚になる)のです。 まあ、こんな特殊な能力があるから、カウンセリングをしててもしんどくならないのかもしれません。ほんとに今の私は「アホでよかった」という事。だから天才ばかぼんなのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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