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毎日いろんな人の話しを聞かせてもらいますが、家族が壊れ傷ついてきたプロセスを聴かせてもらうのは、胸が痛みます。が、そのプロセスに適切な支援が入っていれば、防げたのではないか、と残念に思う事も少なくありません。
その中で、しばしば、弁護士や精神科医、カウンセラー、相談員などのいわゆる専門家が関わっています。で、専門家の対応を見てみると、私からすれば不適切な対応をしているように思えるのですが、おそらくその方達は善意で、正義で、正しい専門家として対応しているのだろう事も推測できます。悪意があってやってるとは思えません。 けれど、結果は家族は傷つき家庭は崩壊してしまっています。専門家の言説は相手方の問題だったり、病理だったり、金の問題だったり、あれこれラベルを貼が貼られています。確かにそれは間違いとは言えないんだけれど、別の視点から別の支援が入れば、もっと修復的に推移できるのではないか、とも思う事も少なくありません。 精神科医の前に適切なカウンセラーが入り、心理的な支援をつけながら弁護士が動くとか、児童相談所が判断する前に、民間の支援とネツトワークするとか・・・。もちろん、フェミニストはこうした指向性があるので、それはそれで評価しますが、いかんせん、フェミニストはジェンダーを絶対的対立的なものとして見るから、せっかくの考えがあだとなって家族崩壊に加担してしまうことになっています。はあー、残念な事です。 こんなときつくづく、複合的援助あるいは包括支援、いつぞや加藤洋子が言ってたタスクフォースなる、複合的カンファレンス、などがもっともっと普通になり、多面的な視点からケースを見つつ同時複合的な支援をしていけば、ケースがこじれなくてすむのではないか、と、思います。けれど、縦割り、専門家主導、官民意識、隠蔽体質、利権構造、などの悪しき現状がそれを否定します。 つまるところ、当事者にラベルを貼って問題を個人化することで構造を守ろうとすることになります。その結果の家族崩壊なのかも知れません。そのあたりが垣間見える私には、そんな社会の構造に対する怒りや不信感はなくなることはありません。 大阪市の相談では、男性相談と女性相談がたまに合同研修を行うことがはじめられていますが、画期的なことと評価する私です。ささやかな事ですが、まず一歩にはおおきな意味があります。 我が国の家族問題に対応するのに、海外の知識や技法はほとんど無意味でしょう。そんなことする時間や予算があれば、我が国の支援のあり方や専門家の質を高める機会を設けた方がよほど問題解決には早道と思います。 そんなこんなを考えてると、ほんと道のりはとおいなーってため息がでちゃいますぅー。 でー、来月21・22日だったか、男性相談実務講座やりまーす。男性相談に感心のある方はもちろん、様々なしえなんの現場に関わる方、ご自身のスキルアップのためにもぜひ、いらしてくださいねー。損はさせませんよー。日本ではじめての講座ですからねー。まつてますぅ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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