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ひと月半ほど私のところのシェルターで生活してた母子もそろそろ退所されて、地元に帰るとのこと・・以前も一度地元の女性支援でシェルターにはいったけれど、どうしても離婚が納得できなくて、一旦は夫の元に帰ったけれど、しばらくして暴力が再燃しました。
けれど、今度は地元ではなかなか被害者支援も快くは支援してくれなくて、夫の元に帰ったのだから私たちはもう何もできない・・子供も巻き込んで母として無責任と責められたと。随分辛い思いをされたようです。 で、行き場も逃げ場もなくて、とりあえず私はカウンセリングだけではなくてシェルターも持ってるから、こちらに来たらいいからとお誘いしました。で、ほとんど荷物も置いたまま、家を出たというわけ。夫さんのことは私も知っているので、彼にはこちらに妻子を預かってるから、安心するように伝えておきました。 あれからひと月半。彼女にすれば、こちらのシェルターの居心地の良さはあちらのシェルターとは雲泥の差のようです。こちらでは携帯を取り上げられたり、通信や行動を制限されることもないし、だれとどんな話をしようとすまいとまったくの自由。さらにグループワークやグルナイでいろんな被害当事者や加害男性とも話ができるし、夫に対する対応もしてもらえるし・・・ あちらでは、名前や住所など個人情報についてはだれにも話さないようにと、入所者同士の自由な対話も制限されるし、不安定な人もたくさんいて心理的なケアもなく、精神科の受診が押し付けられたり・・夫のDVで病んでしまった不安な心がますます孤立して不安が増して、依存的になったり、病理化したり。 耐えられなくて、シェルターを出ても結局夫の元しか帰れないという人もいるのではないかと思います。先述の彼女は病んで家に帰ったわけではなくて、自分の意思で、逃避・離婚という選択を選ばなかったというだけのこと。その選択が間違いだとか馬鹿な判断だというのは、援助者の傲慢ではないかと私は判断するのですが・・・ 逃避・離婚となると、それまでの人生や生活の多くのものを捨てなければならないし、それで夫がどう出るかもわからず、余計にリスクが高まることも考えられるし、メリットデメリットを比べたら、逃避・離婚は避けたい、との結論に至りました。これはこれで立派な判断だし、尊重すべきこと。なのに、それをしたあなたはおかしいとか、無責任とか・・言われて傷つくのはおかしな話。 で、ひと月の間も夫さんとの電話でのやり取りもあったようですし、地元の友達とかママ友とか、仕事のこととか、新しい住まいのこととか、いろいろ調べたり交渉したり・・。特に暴力的にコントロールしようとする夫さんの言葉に激しく落ち込んでたり・・・そんな時は、私もお気持ちを聞かせてもらったり、できる支援はいろいろしてきました。 結局、彼女なりに地元での人脈などで安全を確保し、夫さんとの距離を保ちつつ、それまでの地元での暮らしを再構築できそうなところまでこぎつけて、近々に退所されることになりました。 逃避して、援助者や弁護士に丸投げして、相手の様子には一切関わらず、離婚してしまうことは一見、安心で簡単なことのように思えるし、それしかできない被害者の方もいるでしょうけれど・・・それではほんとの解決にも回復にもならないのではないかというのが私の実感です。 自己決定し自己責任を負い、夫に言うべきことは言い聞くべきことは聞く、その上で、相互に納得した結論になれば、子供を巻き込んだ逃避行はしなくて済むし、逃避の不安やストレスで、いつまでも回復しないということにもなりません。 けれど、そこまで被害者が力をつけたり、そのために援助者が加害者に対応するのは、とても難しいこと・・これもよくわかります。でもねぇ 馬鹿な被害者のごとく言われた彼女が実際に力をつけ、地元に帰って仕事を見つけ、新しい住まいも見つけ、生活の基盤を自ら作っていけてるのも事実。 そんな彼女の言うに、地元ではなくてこちら京都の行政の相談では、地元とは違って、お役に立てなくてごめんなさいねと、言ってもらえたので、まだ随分マシだとのこと。 もちろん、まだまだ、トラブルがあるかもしれないし、困り果てるかもしれないけれど、その時はまた京都のシェルターに帰ってきますからーと笑って話されてましたので、私は、いつでも帰っておいでーと返しましたとさ。 多くの方にメッセージを届けるために、ブログに納得してくださったら、 ワンクリックお願いします♫ にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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