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魂の叫び~響け、届け。~

PHASE1 始まりの音

The Garden of Eden



C.E.70 2.14.『血のバレンタイン』と呼ばれる悲劇から始まった戦争は、約2年もの間続き、
…数多くの命が散っていった。

傷つけ合い、その手を血に染め、奪いたく無い命を奪い、奪われ…
それでも最後まで、顔を上げて闘いつづけた者達。

そんな彼らが死線を潜り抜け、ようやく手にした平和な日々。


始まりの地ユニウスセブンにて条約調印がなされてから、2ヵ月が過ぎようとしていた。


■PHASE_1 始まりの音


C.E.72. 5月  プラント――――。

『砂時計』とも呼ばれる、数ある居住空間の中でも中央に位置するポイントに、クライン邸は聳え立っている。
由緒正しき家柄の、巨大な屋敷の最奥にある豪奢な一室。

所狭しと飾られた花々に埋もれるように佇むのは、桜色の影。


「そうですか…決心は変わりませんか」

透きとおった歌うような声が、ひっそりとした室内に響き渡る。
時刻は今にも日付を変えようとしているというのに、明かりはと言えば、目前に映し出されたモニターのみ。

「ええ、私は構いませんが…。辛い…決断、ですわね」

モニターの向こうで、ココア色の髪をした少年が困ったように苦い笑みを湛える。

――――程なくして通信回線が切れると、しんと静まり返った暗い室内に、細い嘆息がもらされる。
桜色の長い髪の隙間から、淡い空色の瞳が憂いに満ちて煌く。


「ですがあの方は、あなたが思っている程…優しい相手ではないかもしれません」

誰に言うでも無く紡がれた独白は、哀しい色を纏って、静寂な室内に響いた。



C.E.72 5.18.
地球 オーブ・オノゴロ島。

傾いた日差しが、辺り一面を鮮やかな黄昏色に染め上げる。
海辺から程近い、小振りだけれど造りの良い一軒の民家の前に、
南国の島には不似合いな黒塗りの高級車が横付けされる。

運転席から降り立ったのは、一人の若者。
その姿は、凛としていて隙が無い。

緩やかな風に揺れる、肩先まである髪は、深い深い海の色。
目前にある民家を物憂げに見上げるその双眸は、エメラルドとも翡翠ともとれる碧い光を湛えている。

彼の名はアスラン・ザラ。

平和な世界を目指し、戦争終結の為に宇宙を翔けた功労者の一人である。
条約調印が済んだとはいえ、世界は未だ混乱から完全に立ち直ってはいない。
アスランは現プラント最高評議会議長、アイリーン・カナーバから特別恩赦を受け、
かつての戦友であるイザーク・ジュールと共に、議員の一員として山積みされた仕事と向き合っている。

プラントから地球、そしてまたプラントへ、忙しく日々を送っているアスランが、限られた時間を裂いて
ここ、オノゴロを訪れたのには勿論理由があった。

ゆっくりと、しかし慣れた足取りで、アスランはその民家に足を踏み入れる。

玄関のドアを開け放ち、その翡翠色の視線を辺りに彷徨わせるが、
そこには自分以外の人間の気配はまるで感じられなかった。

「…いない…か」

ふ、と天然の木材で造られたテーブルの上にあるカップに、視線が止まり、
男にしては美しいとしか言い様が無い白い指が、そっ…とカップに伸ばされる。

「まだ温かいな」

アスランは踵を返すと、優雅な足取りで外へ出て行く。


進む足に、迷いは無い。――――向かう先は、判っていた。





水平線の向こうに、ゆっくりと太陽が消えようとしていた。

海から吹く強い風に、柔らかそうなココア色の髪が遊ぶ。
打ち寄せる波が時折足元を濡らすが、アメシストの瞳は逸らされる事無く、
消えて行こうとする太陽に向けられている。

彼の名はキラ・ヤマト。

彼もまたアスランと同じく、戦場を駆け抜けた若者の一人、というよりは、
むしろ戦争を終結に導いた英雄であり、
今では「無敵の蒼き翼」として伝説的な存在だ。

輝く水面を見つめるその紫玉の瞳が、眩しそうに一瞬眇められたその時…。

――――ふいに近づいてくる足音。


キラは振り返る事無く、相手を知る。それは、確信。

「来ると思った」

相変わらず視線は消えて行く太陽に投げたまま、背中越しに声を掛ける。
その声が、甘さを帯びたように聴こえるのは、自分が相手にそう期待しているからだろうか…。

近づいて来た足音が、すぐ傍らまで来て、止まる。

「…それならば何故、こんな所にいる?」

不機嫌を隠そうともせず、語りかけてくるその声は低くて甘いテノール。

キラはゆっくりと視線を動かし、真っ直ぐに自分を射抜く翡翠の双眸にカチリと合わせる。

「だってさ、夕焼けが、キレイだったんだよね」

けろりとした態度で言い切ってしまう目前の幼馴染に、アスランは思わず嘆息をもらす。

昔からいつだって、そうなのだ。

いつも訳の分からない理由で本能のままに行動するこの幼馴染に、自分はいつも振り回されっぱなしだ。

「まったく…」

「ごめんごめん」

キラは大して悪びれもせず、頭をかく仕草で首を傾ける。
そうして、そのアメシストに見詰められると何でも許してしまう自分がいるのもまた、いつもの事なのだ。

「どうして俺が来ると?」

翡翠の双眸に諦めの色を溶かし、輝く紫玉を見詰める。キレイだな、とぼんやり思いながら。

「だってさ、今日は5月18日だし?」

「…気付いていたのか」

アスランは肩をすくめ、大仰に嘆息してみせる。

「あ、それって酷く無い?いくら僕だって自分の誕生日くらいは忘れないよ」

子供みたいに頬を膨らませるキラは、アスランの顔に苦笑とも微笑みとも取れる表情を描かせる。

「そうかな?ホントは忘れてたんじゃないのか?今、俺が来るまで…」

そう言い終わらないうちに、アスランはキラの細い腕を取り、自らの腕の中に閉じ込める。

優しく、柔らかく、まるで壊れ物を包み込むような抱擁。
キラはほんの少し身じろぎしたが、大人しくアスランの肩に自らの頭を乗せた。

「忘れて…ないよ」

囁くようなキラの声。

「キラ…誕生日おめでとう。…会いたかった…」

翡翠の瞳はギュッと固く伏せられ、柔らかいだけのものだった抱擁に、力が篭もる。
耳元で響く、優しくて熱い声に、キラは目頭が熱くなるのを必死で堪える。


“僕も、会いたかった”


声には出せない、出さないけど…胸の内で言葉を返す。


“きっとキミの何倍も、会いたいと思ってた”


けれど、今、それを口にする事は、出来ない。
そして、反対に最も彼を傷つけるであろう言葉を、自分はこれから紡がなくてはならない。

どんなに辛くても。


もう二度と…こうして抱き締めては貰えなくても。

自分は、もう決めたのだ。
打ち寄せる波が何度も何度も、絶え間無く二人の足元の砂を攫う。

「話が、あるんだ、アスラン」

腕の中で、愛しい声がキッパリと告げた。
何だかとてつもなく、嫌な予感を覚え、アスランはその腕をゆるく解く。
腕の中から真っ直ぐに向けられた紫玉の中に、固い決意の色を見る。

愛しい幼馴染がこんな目をしてる時は、今までろくな話を聞かされた試しは無いのだ。

「一体…」何事だ?と問おうとして、だがそれは対峙する相手の言葉に遮られる。

「僕は、ラクスと結婚する」

自分の背中に強く回されていた腕が一瞬凍りつき、
次の瞬間には苦痛を伴う程激しすぎる抱擁に取って変わるのを、
キラはただ祈るような気持ちで受け止めた。

そして…二人は世界が壊れる音を聞く。




すっかり陽も落ち、外にはすでに漆黒の闇夜が拡がっている。
素朴で上品な木材のダイニングセットの椅子に腰をかけ、ココア色の髪を揺らし、盛大な嘆息をもらすのは、
この家の主でもあるキラ・ヤマトだ。

「あ~あ…やっぱりこうなっちゃうか…」

玄関ドアの外の両脇、勿論窓という窓の外にも、どうみても軍人にしか見えない輩が張り付いている。

あの問題発言の後、海色の髪をした幼馴染は、半ば引きずるようにして、
無言でここまで自分を引っ張って来た。

そして…

「もう勝手はさせない、明日にでもお前をプラントへ連れて行く!いいな!」

と物凄い剣幕で言い捨てると、あっという間に自分はここに軟禁されてしまったのだ。

ご丁寧に、自分の持てる力を駆使して山程の監視までつけてくれている。

「公私混同、税金の無駄遣いだよね」

きつく掴まれた腕の痛みも、折れそうな程に抱き締められた息苦しさも、
未だキラの身の内に焼きついている。

キラは目を閉じ、その感覚にゆったりと身を浸した。


瞬きする間に自分をここに閉じ込めた犯人は、超のつく多忙の身の為、今現在は不在である。
少なくとも、あと数時間は――――。

そう、自分はその数時間のうちに、なんとしてもここから脱出しなければならない。
その為に、キラは何日も前からプラントのコンピュータにアクセスし、
ただでさえ多忙なアスランを更に追い詰めていたのだから。


もとはと言えば、ここ、オノゴロに1人残る事も、自分が我侭を通したせいだ。

今となっては血を分けたたった1人の肉親であるカガリ。
そのカガリが望んだのだ。
琥珀色の双眸を向け、痛い程に自分の肩を掴み、揺さぶって…。

『キラはオーブに残ってくれるよな』と…。

カガリが真に気持ちを向ける相手が、アスランだという事は判っていた。
そして、自分によく似た面差しの金の髪の少女を、
アスランが毅然とした態度で突っぱねる事が出来ないだろう事も。

自分には…よく判っていたのだ。

終戦のおり、共にプラントに来い、と言ってくれた翡翠の目を持つ優しい幼馴染…。
その気持ちは判り過ぎる程に伝わって来たけれど、
優しい彼は自分が少しでも嫌がるそぶりを見せれば、
何事も無理強いなどした事が無い。

いつでも、どんな時も、キラの気持ちを優先してくれる。

だから…まだ…自分達は口付けの一度も『交わした事』は無いのだ。

ただ時折フラリとキラの元を訪れては、他愛も無い話をしたり、ココア色の髪を優しく梳いたり、
…さっきのように柔らかく抱き締めてくるだけだった。

「ごめん…ね」

形の良い桜色の唇から、誰にとは判りすぎる相手に対し、謝罪の言葉が紡ぎ出される。





「なんだとっ!?」
普段は風1つ無い湖面のように穏やかな自分達の主君が、烈火の如く怒りを露にする様に、
緑服に身を包んだザフトの兵士達は金縛りにあったように動けなかった。

評議会議員の執務室の椅子を倒す勢いで立ち上がったアスランは、
報告に来ていたザフト軍の兵士達を射殺す様に睨みつけた。

視線だけで人が殺せるならば、この場の人数は半分以下になっていただろう。

「詳しく報告しろっ!」

翡翠の双眸に苛烈な色が宿るのを見て、兵士の内の年長者らしき人物は懸命に舌を動かす。

「先程、例の民家が謎の一団に襲撃を受け、全壊しました。保護対象は今の所…生死不明です」


頭の中で妙に冷静な自分がいる。


生死不明。

せいしふめい。


何度も何度も己の頭の中で繰り返される、あまりにも簡単で短い報告。

己の立っている足元が、音を立てて崩れていくような感覚。

「……け………いっ…」

喉も、唇も、まるで引き攣ったようだ。
指も、足も、凍りついたようで、少しも動いてはくれない。

いたたまれなくなった兵士達から声が掛かる。

「ザラ殿…?」

しばしの沈黙の後、静寂を破ったのは、深海色の髪を振り乱し燃え盛る、碧い炎…。

「そんな訳は無いっ!あいつが…死んだりするものかっ!!」


碧玉をこぼれんばかりに見開き、壊れたように瞬きもせず床を見据える主君に、
声を掛けられる者など誰一人として存在しなかった。






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