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魂の叫び~響け、届け。~

刹那の恋人-後編-

刹那の恋人


―後編―




慣れた足取りで棟と棟とを結ぶ通路を曲がり、いくつもの教室が並ぶ廊下に出た所でアスランは足を止めた。
廊下の真っ直ぐ突き当たりにある教室の前に、
いかにも頭の悪そうな男達が2人並んで開いている扉から中の様子を伺っているようだった。


突き当たりの教室。

そこは、キラが俺を待っているはずの部屋だ。


アスランの身体の奥底から、昏い感情が湧きあがる。

殊更ゆっくりと息を吐き出すと、翡翠の双眸に酷悪な色を滲ませながら
己の教室へと足を運ぶ。


――――――悪い虫は駆除しなければならない。



「この教室に何か御用ですか?」

不意に掛けられた声に明らかに動揺している2人組を見据え、チラリと横目でキラがいるはずの室内を伺う。

少し俯いたココア色の頭、寄りかかった姿勢と力無く下ろされた腕から察するに・・・どうやら眠っているようだ。

(危なかった・・・もう少し会議が終わるのが遅れていたら・・・)
“もしも”の悪い仮定に、アスランの顔から血の気が引く。

(まったく、何て無防備なんだ!後でよく言って聞かせないと)
頭の中にキラへの説教文句を書き連ねながら、眼前の男達にカチリと視線を合わせた。

「ああ、あなた方は・・・確かリュウ先輩と同じクラスでしたよね。
専門技術学校の特待生として推薦が決まったそうで、おめでとうございます。
・・・今の時期、軽はずみな言動は控えた方がよいかと思いますが?」

普段からよく通る声を更に意識して高飛車な音を出すと、翡翠の鋭い眼光で対峙する男達を順々に威嚇する。
決して大声では無い。
反対に少し抑えた音量だが、その声には反撃する事を許さない程の威圧感が満ちていた。

「おい・・」
「ああ、・・・行こうぜ」

男達はバツの悪そうな顔を伏せて互いにボソボソと言い合い、
目の前の1学年下の副会長兼フェイスから視線をそらせると一目散に走り去って行った。

「・・・ふん、下衆共が」


黄昏色に染まった室内に目を向ければ、キラは本来の座席のひとつ後ろに座り、窓に凭れ掛かるようにして眠っていた。

キラの“ひとつ後ろ”の席。

・・・そこは、アスランの居る場所。

その事実はアスランの瞳に宿っていた物騒な色を瞬時に払拭し、この上無く甘いそれへと変えさせるのには充分だった。

ゆっくり、ゆっくりと、起こさないように細心の注意を払って愛しい人の傍へと近付く。
薄暗い教室の中、逆光の柔らかな金色に照らされたキラの全身は、まるで神聖な淡い輝きを放っているようにも見えた。
アスランはそっと屈み込むと、少しうつ伏せたキラの顔を息を殺して見詰めた。

鮮やかに煌くアメシストは、ふんわりと閉じられた瞼に覆い隠されて今は身を潜めている。

頬に落ちかかる、柔らかそうな細い髪。
規則正しく、静かに上下する薄い胸。
寛げられた制服の襟元から覗く、綺麗なラインを描く鎖骨。

『キラ』を造り上げる全てが、アスランの五感を強く刺激する。


ふ、と薄く開かれた、珊瑚色の唇に目が留まる。

“あるよ、僕。キスした事。”

頭から離れない声がまざまざと蘇り、激しく身の内を焼く熱に強い眩暈を起こしそうだ。
一度口にしてしまったら問い詰めてしまうに違い無い・・・。
そしてそれはどう考えても、自分にとって喜ばしい結果にはならないのだ。

キラを守るのはいつでも俺でありたいと思って来た。
例えこの気持ちを伝える事が出来無くても、傍にいる事さえ叶うなら・・・と。
だが、もしもキラの心の中に『特別な誰か』がすでに棲んでいるのだとしたら?

・・・その時俺は正気でいられるのだろうか。



「―――――キラ、お前一体・・・誰とキスしたんだ・・?」

それは、空気に溶けてしまう程の小さな小さな独白。

「・・・ン」

うな垂れていた首の居心地が悪かったのだろう、キラは無意識に頭を上向かせると再び安らかな寝息を立て始めた。



「・ァ・ス・・・ン・・・」


響く、その甘い声は確かに自分の名を紡いだ。

込み上げて来る愛しさと切なさは、空っぽの自身を充たし、それでもなお止めどなく溢れては流れる。


これ以上好きになる事なんて出来無いと思っていたのに・・・。


気持ちに蓋をする事に慣れていたはずの自分。
だが――――――。

湧き上がり、膨れ上がる“愛しい”と想う気持ちに今は目隠しをする事なんか出来なかった。

・・・今だけだ。

今、―――――この瞬間だけ。


アスランはキラの身体に触れないように両脇の机に手をつくと、
そっと覆い被さるようにして愛しいその寝顔を真っ直ぐに見詰めた。


淡く色づく唇に引き寄せられるまま、衝動のままに、己の唇で触れる。


羽根が触れるか触れないかのような優しい口付けは、
少しの罪悪感と確かな幸福感を混ぜ込み、アスランの心へと降り積もった。

それは、どんな言葉を使っても表す事の出来無い初めての感情。


廊下を近付いてくる人の気配を察したアスランは、名残惜しそうにキラを見やると踵を返して教室を後にした。


――――――何食わぬ顔で、再びキラの元に戻る為に。






よくある朝の登校風景に違和感を描き出しているのは、翡翠の双眸に深海色の髪を持つ少年だった。
多くの生徒達が門へと吸い込まれるようにして消えていく中、ただ1人逆流しているその姿は確実に人目を引いた。

「アスラン!どうした?珍しく忘れ物でもしたのか?それともあれか、サボりか!」

からかいを含んだその声の持ち主の正体は、・・・振り返らなくても判る。

「・・・そんなんじゃないですよ」

制服のポケットに両手を突っ込み門へと向かっていたはずの長身は、
進行方向を転換させるとアスランの脇へと並んで歩き出す。

「・・・どーして付いて来るんです?」

『迷・惑・だ!』とでかでかと書いた顔を隠そうともせず、アスランは冷たく言い放った。

「ん~?面白そうだから」

(だからなんでこの人は・・・)



「ふ~ん・・・、いつも一緒に登校してるキラがもう自宅を出たと聞かされて学校に来てみたものの下駄箱には靴が無い、
んで、アイツを探しに行く為にわざわざ学校からUターンって訳か?」

何やかんやとさんざん横から事情を聞かれ、突付かれ、
ぐったりとした気分のまま黙々と足を運ぶアスランは気力を振り絞って頭を縦に動かす事で答えた。

「・・・何処にいるか心当たりでもあるのか?」

迷いの無い足取りで進むアスランを、リュウは不思議そうに眺めた。


昔っから大型エレカや船、飛行機を見るのが大好きなキラは、
何かあると決まって中央ターミナルを一望できる展望台に登っていた。

“何故?”と聞かれても答える事なんて出来ない。
『きっとそこにいる』


――――――そう強く確信出来るのだ。






「・・・おい」

不意に肩を掴まれて振り向くと、リュウが親指と目線で展望台の端にある階段脇を示していた。
胸辺りまであるフェンスに両腕を乗せて凭れかかり、ぼんやりとターミナルを見下ろす・・・細身のシルエット。
高所独特の強い風になぶられたココア色の髪は、朝の陽差しをはじき黄金色に波打っていた。


「・・・・キラ」

俺達が来たのに気が付いていたのだろう、キラはさして驚く風でも無く静かな表情を湛えて振り返った。

あまり顔色が良くない・・・。

そう言えば少し前に、“悩み事がある”と睡眠不足を訴えていた事を今になって思い出していた。
ここ最近自身の感情のコントロールに手一杯で、キラの気持ちを察してやれなかった自分に酷く腹が立つ。

「・・・ごめん、ね、心配掛けて」

済まなさそうに笑むキラの姿は、今にも霧散してしまいそうな儚さを孕んでいた。

「いや、キラが無事ならそれでいい。だけどお前・・・どうしたんだ?何か・・あったのか?」
「・・・・・」


「コイツが探しに来てくれるって、判ってたんじゃないのか?」

気鬱な沈黙を破ったのは、響く低音。
普段は陽気で掴み所の無い喋りを繰り広げるその声の持ち主は、空色の瞳を鋭く眇めてキラを見下ろしていた。

「会長・・・?」

アスランはリュウの真意を量りかねて戸惑いながらも、隣の長身から眼前の幼馴染へと視線を移す。

「もしも本当に見つかりたくないんなら、“いつもの場所”なんかにゃ来ないさ。・・・・違うか?」
「会長それは・・・」

まるで対峙する様に立つリュウの視線を遮るように、アスランはキラをその背に庇う。

「いーからお前は黙ってろって」

リュウはそんなアスランの肩に手を乗せると、“下がっていろ”と言わんばかりに自らの脇へ押し退けようと力を篭めた。


「アスランに触るなっっっ!!」



めったな事では声を荒げないキラの、―――――思いも掛けない言葉。


キラの唇から放たれたその言葉に、アスランはその場に縫い止められたかのように指1本動かす事が出来ずにいた。

今、キラは・・・自分の目の前に在る彼は、何と・・・言った?

「あ・・僕・・・僕は・・・」

紫玉を潤ませた細い身体は小刻みに震え、頼り無げな視線は宙を泳ぐ。
不可思議な静寂を破ったのは、さっきまでとは打って変わった『いつもの彼』の明るい笑い声。

「―――――起きてたんだろ、あの時」

リュウは再びキラに向き直ると、その眸を探るように煌かせた。

「・・・え?」
「一体・・何の話です?」

相変わらずの抽象的過ぎるその言い回しに軽い苛立ちを覚え、問いただすアスランの声音には刺々しさが滲む。

「キーワードは・・・そうだな・・昨日、放課後、教室の窓際、だ」

「なっ・・・!」

余りにも身に覚えのありすぎる単語の羅列に、アスランは目に見えて動揺した。

・・・彼は、知っているのだ。

一体何故、いつから、どうして――――?!
いくら考えてもその思考は形を結ばず、何度も同じ所をグルグルと回る錯覚。

一方のキラもまたその場に立ち尽くし、ただ呆然と・・・リュウの顔を見上げていた。


「生徒会室って、棟の通路を挟んでお前らの教室の向かいっ側なんだって・・・知ってた?
――――――見てたんだよ。一部始終ぜーんぶを、ね」
「・・っ・・・!」

ニヤリと不敵に笑う目の前の長身から顔を背けると、キラは踵を返して出口に向かって駆け出して行った。

「キラっ!!」
「・・・待てよ!」

慌てて後を追おうとするアスランの細い手首をがっちりと掴むと、捻り上げるようにして自分の近くへと引き寄せる。

「っ・・、いい加減にして下さい!俺達を引っ掻き回して楽しむのは!」

掴まれた手首の痛みと後を追えないもどかしさ、訳の判らないままに重ねられる言葉の数々に、
二粒の翡翠を怒りに燃やし、全身から殺気にも似たオーラを立ち昇らせて声を荒げた。

「楽しむ?ちっとも楽しくなんか無いね、こんな道化の役なんて」

自嘲気味に曇ったその声に、アスランの熱も一気に下がって行く。
今まで見て来たどの顔とも違う、目の前の『偉大な先輩』の萎れた姿に・・・チクリと棘が刺さったように胸が痛んだ。

・・・掴まれている手首の痛みも、忘れる程に。

「あいつだって生身の人間だ。お前と同じ、13歳の・・・な。
大事にしたいって気持ちも判るが、神聖視され過ぎるってのも結構ツライもんだぜ?」

ゆるゆると手首の拘束を解くと、リュウは肩を竦めて苦い笑みを浮かべる。

「会長・・・」

「追いかけろよ、―――――その覚悟があるのなら、な」

いつもの笑顔、いつもの声に背中を押され、アスランは弾かれたように展望台の出口へと走り出した。

「おい!アスラン!!・・・これからは窓の外も確認した方がいいぞ」

呼び掛けられた声に素直に足を止めた後輩に、リュウは片目を瞑っておどけて見せた。

「・・・覚えておきます」

零れんばかりの微笑みを残し、アスランの姿は扉の向こうへと消えて行った。

残されたのは、掌の中の熱・・・・。
そして、瞼の裏に焼き付いて消えそうに無い、――――――最高の笑顔。


「損な役回りだよ、ほんっ・・・とに」

後ろ向きにフェンスに凭れて仰ぎ見れば、初秋の空はどこまでも高く、

・・・・どこまでも蒼かった。









肩まで届く深海色の髪を振り乱し、アスランは必死に走っていた。
翡翠ともエメラルドともとれる碧の宝玉には、強い決意の色が宿っている。

なかなか追いつかないもどかしさと苦しい呼吸の中で、
“こんなに必死で走ったのはいつ以来だろう”などと頭の隅で考えている自分がなんだか少し可笑しかった。


ターミナルから続く真っ直ぐな道を走る小さな背中との距離が少しずつ縮まり、
あと少しで手が触れるという所でアスランはその足を止めた。

肩で忙しなく繰り返す呼吸を整える事もせず、遠ざかろうとする背中へ声を限りに叫ぶ。

「キラ・・・っ!!」

呼び掛けるその声に呪縛されたように、キラの足はピタリと止まると前進する事を放棄したかのように動かなくなった。

・・・なんて声で、彼は自分を呼ぶのだろう。


その呼びかけは、常よりも甘く切ない響きを纏ってキラの心を揺する。


「・・・話を、しよう。俺達はきちんと話さなきゃいけない・・・そうだろ?」

背を向けたままの小さな背中を見詰めながら、ゆっくり、ゆっくりとアスランは言葉を紡いだ。
少しでも、キラに優しく伝わるようにと願いながら。

どのくらいの時間が経ったのだろう。
忙しなかった2人の呼吸がようやく治まり始めた時、ココア色の頭が僅かに上下に動かされる。



話さなくてはならないのだ。もう、何もかも、――――全てを。



ターミナルから少し離れた場所に在る小さな公園のベンチにキラを座らせると、
アスランもまた向かいに設置された遊具へと腰を下ろす。

「・・・何か飲むか?」

公園の端にあるドリンク自販機に目を留めると、沈鬱な面持ちでいるキラへと声を掛ける。
そんなアスランの心使いが、暖かい力となってキラの決意を固めさせた。
うな垂れていた首を左右に振ると、伏せていた顔をのろのろと上げて少しずつ言の葉を紡ぎ出した。

「・・・・僕、最近・・おかしいんだ」

アスランは頼り無げな紫玉の眼差しをしっかりと受け止め、ただ黙ってじっと耳を傾ける。
どんなに時間が掛かっても、いい。
キラがキラの言葉で全て吐き出して楽になれるまで、その全部を受け止めてやりたかった。

「キミの事を考えると眠れなくて・・・何か重くて冷たい物が喉の奥に詰まってるみたいで食欲も無い。
キミの笑顔を見ると、嬉しいんだけど胸が苦しいんだ。
毎日毎日一緒に過ごしているのに、もっと・・・ずっと、一緒に居たい。
他の人なんか見て欲しく無いし、本当は他の誰かと話もして欲しく無いんだ。
例え相手がリュウ先輩でも、絶対にイヤなんだ!アスランに触っていいのは僕だけだ!」

腰掛けていたベンチから立ち上がって声高に叫ぶキラの声に、アスランは目を見開いてただ呆然とキラの顔を見上げた。

こんな・・・都合のいい、夢みたいな展開があっていいのだろうか・・・と、渇いた頭の中に己の声がこだまする。

「ずっと考えてたんだ・・・これって単なる独占欲なのかなって。でもそれだけだったらキスしたい、なんて思わない・・よね」

「・・・キラ?」

キラの言ってる意味を測りかね、アスランの瞳には困惑の色彩が滲む。
そんな幼馴染の様子を見て苦笑すると、座っているアスランを迂回するように数歩先へと足を動かした。
まるで見えない糸で繋がっているかのように、アスランもまた腰を上げるとゆっくりと後を追う。

「この間のプールの後、更衣室でカイと話した事覚えてる?」

小さな噴水の前まで来ると、キラは進めていた歩を止めて振り返った。


(―――――――キスの話だ、覚えているに決まってる)

「・・・ああ」

あの時胸にせり上がった炎のような感情が再び脳裏を掠め、苦い砂を噛み締めるような気分で答えを返す。



「あれね、キスした相手って・・・キミなんだ」

予想だにしなかったキラの言葉にまろぶようにして駆け寄ると、薄い両肩を掴んで激しく揺さぶった。

「な・・・なんでっ!?一体いつ・・・!」

声がひっくり返ろうが、みっともなかろうが、そんな事を気にする余裕は全く以って無い。
必死の形相で詰め寄るアスランに一瞬たじろぐも、紫玉に浮かぶ光にはもう一点の曇りも無かった。

「先月の終わり頃、うちで一緒に宿題やったじゃない?
僕がギリギリまで手をつけないで放って置いたから完成が夜中までかかっちゃって・・・」
「俺がお前の部屋で寝ちゃって、結局泊まる事になったあの・・?」

「――――――うん。眠ってるキミの顔があんまりにも綺麗で、その・・キス・・・・したかったから。
・・・怒っ・・・た?」

頬を染めてほんの少し俯いたキラは、羞恥の為に潤んだアメシストを揺らしておずおずとアスランを見上げる。
まだ熟しきっていない果実だけが放つその淡い色香は、
理性でガチガチに固めたアスランの殻を砕くのには充分過ぎる刺激だった。




あ、とキラが小さく声を上げた時には、その痩身はすっぽりとアスランの腕の中に収まっていた。

反射でこわばってしまった薄い身体は、背中に回された熱い腕と優しい抱擁に溶かされ、徐々に柔らかくなっていく。
自分よりもほんの少しだけ高い位置にある肩にそっと頭を置いて凭れると、懐かしい薫りがキラの鼻腔をくすぐった。

・・・こんなに近くにアスランを感じるのは一体どれくらいぶりだろう。
もっと小さかった頃は、お互いを分ける境界線が判らなくなる程に寄り添っていた。
相手を意識する事で出来上がってしまった『距離』という壁が、互いの気持ちの交流を知らぬうちに阻んでいた気がする。

手を伸ばせはすぐそこに、いつでも彼は・・・在ってくれたのに。

「夢・・・みたいだ・・・こんなの」

微かな震えを伴って響いたその声に、キラは顔を上げて相手の表情を伺った。


「ア・・スラン・・・!」

翡翠の眸から溢れた泉は、滑らかな白磁の頬に幾筋もの跡を残していた。
透き通った雫が次々に膨れ上がっては、またひとつ、ひとつ、と道を伝っては落ちる。
キラは指先でそっとその雫に触れた。

―――――暖かい。

「・・・よかった・・。触れたいと思ってるのが、俺だけじゃなくて・・・」

流れる涙をそのままに、花が咲きこぼれるように笑むのは誰よりも大切な人。
今まで見た事の無いアスランの微笑に、キラの胸の中に有る何かが音を立てる。

「ずっと・・・ずっと前から、小さな子供の頃からキラが好きだ。
キラの事だけが・・・好きだ。好きだ・・・好きだ・・・っ!」

回した腕に力を篭め耳元に唇を寄せると、生涯口にする事は許されないと覚悟していたその言葉を何度も何度も繰り返す。
この想いが真っ直ぐに、愛しい人の内側に届くように。

それに呼応するように、キラの手がおずおずとアスランの背に触れた。

まだ慣れないぎこちない抱擁は、言葉にならぬ愛おしさとなってさざ波のようにゆっくりと互いの全身へと広がっていく。

「お前に・・・触れても、いいか?」


躊躇いがちに落とされたその台詞に、キラはこくんと頭を小さく動かす事で応えた。
ココア色の髪からほんの少し覗いた日に焼けた耳の先は、その熱を訴えるように真っ赤に染まっている。
まだ幼さの抜けない丸みを帯びた頬に掌を這わせ、
細く尖った顎先を優しく捉えて軽く上向かせると、腕の中のキラは素直にそれに従った。
縮まっていく距離で見る双眸に己の姿が映り込む至福に、2人はどちらからともなくゆっくりと瞼を閉じた。



今、この瞬間を生涯忘れる事は無いだろう。



・・・・言葉じゃ足りない事もある  





溶かして     その  甘い吐息で




―――――――視線が触れ合うその刹那





何度もキミを      好きになる








END.

2006.01.25.up


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ここまで読んでくれてありがとうございました。
アスランとキラはいついつまでも幸せで在り続けるでしょう。










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