2013/05/26(日)19:54
そこに私はいません… 軍人墓
8月15日は、終戦記念日。
終戦した日だから、「戦死」した人はいないはずである。理屈では。
某共同墓地にある「軍人墓」。
お墓の形は「神道」流の、柱型。
本当の神道墓は、「○○○○命」(←・・・のミコトと読む)
と名を刻むものだけれど、「階級」が正面。
横が、各宗派の「名」や「号」(反対側には軍歴が)
門徒さんのお墓。
法華さんのお墓。
真言さんのお墓。
本来は、神道さんにも仏教さんにも失礼なことだと思うけど、
「思想信条の自由」なんかは、「戦前」にはなかった。
建立日は昭和30~40年代。
戦後の復興から景気もよくなって、「軍人恩給」が復活されたのが昭和28年8月。
もともと、軍隊の消滅とともに「軍人恩給」も消えていたものが、
朝鮮戦争(昭和25年)、警察予備隊(同)、サンフランシスコ条約(昭和26年)…
の流れの中で、
「軍人遺族」と、被爆者などの「一般人遺族」を差別する形で復活してきたもの。
(同じ軍人でも、「731部隊」などの「秘密行動」に従事した人たちには支給する手立てがない)
そういう中でのお墓建立なんだろうと思う。
「軍恩連」などが音頭をとって「こういうお墓」を広めたんだと想像はつく。
よく見ると、没年月日が、「戦後」であったりする方も多い。
(亡くなったのはフィリピンや大陸でも)
引き揚げの途中で亡くなったのか、収容先で亡くなったのか、終戦を知らずに亡くなったのか…。
全くの他人さんのお墓ではあるが、そういうことも考え及んでしまう。
「千の風」になって、ふたたび戦没者をうまないように、みんなの周りを吹き渡って欲しい。