ストップ !! 「第二迷信」

2007/12/26(水)20:22

国語力の数学

数学は芸術だ(37)

以前、吉兆の「但馬牛」偽装ネタで、 「但馬牛の説明」に、 但馬牛を三重県で肥育したものが松阪牛になる というような(神戸新聞記事を参照に)コメントしたところ 「今の松阪牛は『飛騨産』が多い」とクレームがあった。 別に、松阪が他産地牛を「松阪牛」と認定するのは自由だが、 それで【但馬産牛が「松阪牛」のルーツであること】を否定することにはならない。 (松阪牛の解説に「但馬牛を…」と書いたんなら、指摘してくれたらいいが) 「松は針葉樹である」に対して「杉も針葉樹だ」というのは命題の否定にならない。 命題を否定したいなら「針葉樹でない松」を出さねばならない。 「誤解」されない書き方をしろと言われて、 そういえば『何か同じような理屈ってあったな…。』と、思い出した。 「生活保護を自分で辞退する人もいるから、北九州市がいじめてるわけでない」 とか、 「自分の好きな時間に働きたい人もいるから、非正規雇用が多くても問題ではない」 とか 「敵軍が迫って、自ら崖に身を投げた人もいるから、集団自決が軍の関与だというのは誤解を与える」 とか、 「売春婦の応募もあったから従軍慰安婦の連行という記述は正確でない」 とか。 『○○の例があるから、“▲▲は●●だ”というのは正しくない』 という理論。  自分でそれが正しいと思ってるのか、相手がアホで突っ込まれまいと思ってるのか…。  ※なお、「松阪牛」は高級肉の登録地域ブランドであり、いくら但馬牛を松阪に連れて行って肥育しても、出荷時に基準に合格してなければ、「松阪牛」として流通できないのは当然である。 (たとえば、地区大会で勝っても全国大会に出られなかった「M徳義塾野球部」「K東学院ラグビー部」の例を出して、 「地区大会の勝者が全国大会に出る」なんてことまで、「誤解をうむ」と言われたらかなわんからなー…。いちおう)

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る