テーマ:ささやかな幸せ(6736)
カテゴリ:日常
仕事を全面的に休止してから、こんなにのんびりと過ごすのは
5年ぶり、長男出産時の産前休み以来です。 1年間の育休のうち、後半数か月はもう今の仕事の立ち上げに かかっており、会社に復帰してからは休日をその仕事の活動に充て、 軌道に乗った半年後にOLを退職、個人で独立しました。 自分のやりたいことを仕事とし、自由に動けて成果を出せることが 楽しくて仕方なく、充実していましたが、その反面で子どものことや 家事のウェイトがどんどん減っていきました。 次第に雑然としていく家の中、、、おろそかになる掃除洗濯食事育児。 そのどれもが決して「嫌い」ということはなく、むしろ「好き」 だったのに(ホントだってばあ~!)。 でも、「いつでも出来る家事」と「今しかない仕事のチャンス」 という秤の掛け方をしていました。 2年半前に新築の今のマンションに移るとき、3番目の子がお腹に 居たので、産休に入ったらまたゆっくりとした時間が戻り、家のこと ができるようになるだろう、と思い、それまでは!と引っ越しの荷も そのまま、新しい家を楽しむ余裕もあえて持ちませんでした。 しかし、実際は出産前日まで仕事、産後1か月で再開を余儀なくされ、 その後の勢いは、今年に入って失墜するまで、加速する一方でした。 人と接し、繋がり、お役に立てている・・という喜びの仕事が、 いつしか 役に立たなければ、頼ってくれる人たちのために動かなければ、、 という、自分を縛るものになっていったようです。 多忙にがんじがらめになり、自分の能力のキャパを超えていることを 自覚してはいても、無理を通して頑張ろうとしていたんだなあ・・ そのひずみや歪みが原因で、足もとが崩れてしまったのでしょう。 まあでも結果的に、それが今回の妊娠にも繋がり、こうやって自身の 全く自由な生活が得られたのだから、ありがたいことです。 毎日がのんびり、ゆったり過ぎていく・・・その、平坦で変わらぬ日々 を送れることが、実はどれだけ幸せかということを、私は感じることが できる。それは、あの多忙な仕事と生活を経験してきたからこそ、だと 思います。 そうじゃなかったら、「あー退屈。」としかとらえられないかもしれない。 「あそこまでやれたから、またやれる日が来る」と構えれば、周囲を見渡して 「何かしなきゃ。」と焦ったりすることもない。 どうせ私のことだから、そのうちまたアレコレやりだす日が来るでしょう。 だから今は、自分と家族だけに使えるこの時間を、うんと楽しんでおかなきゃ♪ でも、次にそうやってまた仕事していくときには、もう少し家のこと とのバランスを気をつけていこう。 突っ走って風呂敷を広げ過ぎてしまうのが私の欠点。 せっかくモノを集めても、包み切れなかったら何にもならないんだもんね。 その時々で自分が広げられる風呂敷がどれくらいの大きさなのか、 どれくらいの容量だったら持つことができるのか・・・ それを判断する能力と価値観をもっと身につけなければ。 だから、「今の幸せ」を大事にする。 かみしめて、胸にしっかり留めておきます。 ------------------ 「今の幸せ」(過去の不幸せ) 朝起きて、リビングのカーテンを開け、朝の光と空気を招き入れる。 犬に挨拶する。 (以前は、姿を見るとせっついてくる庭の犬を避けてカーテンひきっぱなし) コーヒーやお茶を入れ、保育園への連絡帳を書く。昨日の子供のかわいらしい 様子を改めて思い出し、胸がほっこりする。脳も徐々に目覚めていく。 (以前は、体温と食事の記録だけで連絡事項は1~2行か白紙、ということがザラ) 子供たちを起こし、おにぎりを作るかパンを焼き、一緒に食べる。 (以前は、袋詰めの菓子パンを与え、自分の身支度にとりかかる) 整った衣装ケースから各時の着替えと登園の持ち物を揃える。 毎日洗濯してるから衣類の不足がなく、困らない。 (ぐちゃぐちゃだった頃には探すのだけで今の数倍の時間がかかった。 洗濯は99%パパの仕事だったので、パパの遅い帰宅が続くと 着替えが足りずパパを恨めしく思う。 そのイライラのまま子供たちに接するのでどうしても口調が荒くなる) 「自分でやりたい」子どもの主張を尊重し、着替えや支度を見守ることができる。 (時間に追われているとイライラし、親の手でやってしまう) 保育園に送る。出口の管理人さんに始まり、道々出会う猫さんにも挨拶をする。 おひさまありがとう。風が気持ちいいねー。木に生るみかんの数を確認する。 花を指差す。今日の保育園での生活を激励する言葉をかける。 (そんな心の余裕も時間の余裕もない。電車の時間と今日のスケジュールで 頭がいっぱい。子どもからの話しかけにもうわの空で応えていた、と思う) ⇒子供の挨拶の声が大きくなり、しかも会う人ごとに積極的に挨拶するように。 家に戻ると玄関ドアと室内のドアをすべて開け、風を通す。 (外での仕事が多くなると、こういう機会はほとんどなくなった。 いつも空気がこもって重かった) 庭のウッドデッキを掃除。天気のいいときは水洗いも。 食卓のイスをデッキに出し、その上に布団を干す。 (ウッドデッキは1年に1~2度パパが大掃除する程度だった。 犬の毛や排せつの跡が残って汚く、外に出る気もしなかった。 私が布団を干すという行為をしたのは引っ越して初めて。 それまでは数か月に一度、休みの日にパパが干してたことあったみたい) 洗濯モノを干す。その際、パンパン、ピーンとしわをのばしてきっちり 干すのがすっごく好きな作業。取り込んだときピンとしていて、たたむときに 気持ちがよく、このときに最高の喜びを感じるためだ。 (引っ越してから2年半で、私が干した回数は5回程度だったかと・・ とりこんだり畳んだり、ってこともめったになかった) 掃除機をかけ、床を水ぶき。雑巾がけ、という行為が実はすごく好き。 数年来の不肖により、やってもまだそんなにきれいにならないし、 ひどすぎて手をつけていない部分や部屋もあるが・・・ ほとんどの時間を過ごすリビングは一応こざっぱりして気持ちよく。 BGMはだいたい、聖子ちゃんベストか昔のヒット曲オムニバスを ガンガンに。1階だから、外歩いてる人には笑われてるかも。でもいいの。 (以前は床にたくさんのものが落ちていた。脱ぎっぱなしの衣類、 おむつ、砂、おもちゃ、わけわからん紙類・・ それをまたいだり、けっ飛ばして悪態つきながら玄関に出て外出) 掃除や洗濯が終わった頃に、小腹が空いて甘いものとコーヒー。 図書館から借りてきた本を読む。 (今までは本を借りたことはない。買うばかり。数読むので結構な 書籍代に。更なる不幸はここ2年本を読む時間もなかったこと) 今はむさぼるように読んでいる。3か月で100冊を越した。 ------------------------ 朝の幸せだけでこんなに書けてしまいました。 ほんとは、当り前のことで、主婦だったらやって当然、のことなのにね。 これだけでも、パパや子供たちにどれだけの負担を強いていたのかと、 申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになります。 優しいパパ、なんでも協力してきてくれたパパ。 愛しい思いと感謝はいつも心に感じてきたけれど、粗雑に扱ってきたことは 否めない。言葉や態度はどうしてもそっけなくなってしまってた。 今は言葉と態度でそれを伝える余裕ができて、これまで以上にラブラブに!? 気をつけないと果てしなく妊娠が続いてしまいそう~~、それは勘弁! あ、誇張しすぎたかも。 パパとの仲なんてはるかに凌いで愛しいのが子どもたちです。 もう、可愛くて可愛くて、一挙手一投足に悶絶してしまうほど! どんだけ親バカやねん、って自嘲しちゃいますが・・ だってだって、なんて愛しく幸せな存在なんでしょう! どんなに忙しかろうが子どもの愛しさに変わりはないけれど、今の私は とらわれるものが他になく、全部を子どもに向けられるということが、 大きな喜びなんです。 母のそんな変化を受けて、子供たちも変わってきたと保育園の先生が 伝えてくれ、ともに喜んでくれます。 きっと園での子どもの様子が気にかかりながら、ただ見守ってくれて いたのでしょう。 ・・さりげに促してくれてたけど私の方に 気づく余裕がなかったのかも。 今のこの幸せは、絶対にもう忘れたくない。 二度と粗末にしないように大事にしていきたいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[日常] カテゴリの最新記事
|
|