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安藤平左衛門日記

2018.05.24
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上泉伊勢守信綱は1508(永正5)年上泉武蔵守義綱の二男として誕生。幼名は源五郎、その後に伊勢守秀綱、武蔵守信綱と改名しています。

初めて木刀を握ったのは5、6歳のころ、生まれ持った才能をさらに高めるため、13歳の時には常陸国(茨城県)鹿島の鹿島神傳直心影流を習い、第2世を相伝したと伝えられています。
  その後、上泉に来訪した陰流の祖、愛洲移香斎に出会います。そこで陰流のすべての指導を受け、23歳で相伝。さらに諸流を工夫して新陰流を創出しました。しかし、長野氏率いる箕輪城が武田勢に敗れたため、永禄6年に新陰流を普及するため上洛しました。永禄7年に13代将軍足利義輝に、元亀元年には正親町天皇に新陰流兵法を披露し、剣聖の名を名実ともに不動のものとしました。 

永禄8年、上泉伊勢守は柳生宗厳[やぎゅうむねとし](石舟斎)に印可相伝、その後、新陰流は尾張徳川家の御家流になるなど日本有数の剣術流派に発展しました。晩年の信綱の足取りは不明ですが、山形上泉家によると天正5年に没したと記されています。








Last updated  2018.05.24 16:26:09
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