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思春期って何歳頃に事を言うんだろう。
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15歳から18歳頃までは無償に自分の眼が嫌いでした。
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私は私立の女子高へ通っており、校則も厳しかったかな?
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たとえば髪型。【前髪は眉毛より上】とか【肩に付いたら結う】とか。
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私の担任は3年間通して学年主任の男の先生。
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まあ、結構ベテランで年配でしたが、
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冗談も通じるような素敵?な存在でした。
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とても理解のある先生で、私が眼の病気を気にしているのを
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ご存知でしたので、特別に前髪を伸ばしている事
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(長くおろしている事)を許可してくださいました。
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ま、眼の為には良くないのでしょうがね。
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私以外にも、顔にあざがあるお友達はファンデーションを塗る事を許してくれたり。
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人間の心が判ってくれる温かい先生でした。
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この先生のお蔭で私はどんなに気分的に救われた事か・・・
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今でもこの恩師は【私の人生を変えた人】と根強く心の底にしまわれています。
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(私が長男出産直後他界してしまいましたが、直後過ぎて、
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連絡はいただいたのですが、行かれませんでした。ごめんなさい)
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いろいろな事から、消極的だった私に、
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「生徒会の仕事をやりなさい」と勧めてくださいました。
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私は部活も入らないようなちょっと楽な高校生活を
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送ろうとしていたのです。ま、勧めてくれることだし・・・
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結局そのお陰で学校推薦をいただき大学進学できました。
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さて、17才頃。真剣にもう一度手術をしたい、と親に懇願しました。
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定期検診の時に、その日の担当医に話しをしたら、
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「いちど手術を施した目をこれ以上手を掛けたくない」と断られました。
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しかし、決して冷たい言葉だったと思っておりません。目の事を考えると
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完治するわけではないので、眼瞼後退や兎眼のことを考えてそうおっしゃってくれたのでしょう。
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もし、どうしてもと言う場合は、
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(健眼を手で隠して右下垂眼でものを見てそっと左の手をどけると、左眼は少し上に向きます。そのため、)
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「健眼の左上斜視を治す手術する事はできますよ」と言われ
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他の日に教授診察。
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何がどうなのかよく理解していなかったのですが、その手術をしました。
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ゆくゆくはすぐに戻ってしまい、両眼が同じ位置に揃う事はありませんでした。
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私の高校生の時は、世間の流行で「ワンレン・ボディコン」が
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流行りはじめた時期です。
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前髪を後の髪と同じ位伸ばして垂らして・・・
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私の高校生時代の写真は【右の下垂眼を隠した写真ばかり】
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しか残っていないのです。
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レストランでアルバイトをしていた時の事ですが、
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お客さんのお子さんに「鬼太郎のお母さんみたい~~」と言われました(笑)
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