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悩めるクリスチャンの日記

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キリスト教信仰をつづけると、何か大きなつまずき、または、とても不愉快なことが原因で、教会に行きたくなくなるし、中にはクリスチャンをやめたいという人も多いと思います。

最大の問題は3つあり、クリスチャンの人格であり、その他に「聖書中心主義」と「牧師による聖職者独裁制」があります。
「聖書中心主義」というのは、聖書に忠実な生き方をすることです。または聖書の言葉を文字通りに信じることです。でも、いったいどの解釈が正しいのでしょうか。

もう一つは、牧師による独裁的な教会運営、または聖職者制度のことです。これはカトリック教会の悪いところを受け継いだのが原因だと思います。牧師には上司がいない。怠けようが何をしても叱る人がいないというパワハラとは無縁の職業。でも、結果としてでてくるのが献金の金額と日曜礼拝の出席人数なんです。逆に長年、信者として聖職者ではない年長のクリスチャンはさまざまな苦労を知っているので、牧師を叱りたくても叱れないという悩みを抱える場合もあります。

口先だけの謙虚さではなく、本当の謙虚さになるには全ての人が平等の位置にいるのべきなんでしょうか。その意味で聖職者制度には強く反対をしています。

最後にはクリスチャンの人格の問題があり、常に人を見下すことなんです。変な意味での正義感があることです。自分の場合、口下手すぎるのが致命的過ぎるほどの欠陥(短所も見方を変えれば長所となるが)で、つねに誤解され続けていて、それが原因で教会で傷つけられることが良くあります。時には怒鳴り散らしたい気持ちになることもあります。

キリスト教会には本来「会衆制」と「長老制」という制度があり、聖職者制度はカトリック教会のときの名残です。
クリスチャン歴が長く世間でも良く思われ家庭をちゃんと納めている人が長老として運営し、一人一人の意見をちゃんと聞く教会が健全だと思います。

とにかく信頼関係がなければ、または、バカにされていれば何を言っても無駄なんです。人間関係を断ち切る勇気を持つことも大事なんです。リセットして、よく反省し再起動をすることも重要なんだと思います。

自分の居場所がない。一人の人だけが奉仕活動を独占してしまっているなど。気がつかずに迷惑をかけることもたびたびある場合もあります。

とにかく、余計な事を言ってバカにされないためには、無口なほうがいいです。
余分な事を言わないことが無難です。









最終更新日  2015.03.17 17:08:25



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