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南の島に住んでました 自然にふれて子育て

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沖縄の世界遺産

2011年01月15日
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カテゴリ:沖縄の世界遺産

伊是名島にかなえちゃん(竹内 海南江さん)が行って、城(グスク)に登ってました。
さんかく山と言ってました。


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今日の世界ふしぎ発見!の舞台は沖縄,
琉球王朝の秘密
HPの地図に伊是名島ものっています。

首里城中城(なかぐすく)城跡斎場御嶽(せーふぁーうたき)玉城(グスク)など、行ったことのある~と思いながら見てました。






最終更新日  2011年01月19日 21時28分39秒
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2010年03月04日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

今日は3月4日で「三線(さんしん)の日」。
沖縄に住んでいた時、私がした唯一の習い事は三線教室。
だんなさん始め、福ちゃんと先生や一緒に習っていた方の協力があって通う事が出来ました。
まだまだ初心者ですが、自分の家で弾く事が出来て幸せです。
福ちゃんは沖縄の音楽が好きで、「おきなわのホームソング」のCDや
伊禮俊一さんやjimamaさんのCDとかを聞いてます。
伊禮俊一さんは5月にメジャーデビューするとの事、
先生」「青春の旅立ち」CD買うの楽しみです。
2月27日に沖縄で大きな地震があったとのニュースがありました。
勝連 ( かつれん ) 城跡の石垣の一部が崩落したとの事、
伊是名の民家の石垣は無事かなと被害が無い事を祈ります。

今日も台湾で地震があったとの事。沖縄は近いので揺れたところもあるのでは。
海外でもハイチやチリなど、あまり地震の無いところで
大きな地震があり被害も大きくて本当に大変だなと思ってます。
寄付とかは少ししか出来ないけれど、寄付金などがちゃんと困っている人の元に届いてくれると良いです。
治安が悪化しているとの事、少しでも早く被災者の生活が良くなる良いなと思います。

チリ地震による津波のニュースで、宮城や岩手などの三陸沿岸の海苔や牡蠣やホヤなどの
養殖イカダなどが壊れたり流されたりして、ほとんど収穫できないそうです。
ホタテなどの稚貝を育てるのに2~3年かかるので、3年ぐらい収穫できなくなるそうです。
ホテルなど観光にも影響が出るようで被害額がかなり多くなるそうです。
地震や災害はいつ起こるか分からないので、普段からの備えも必要だし、
福ちゃんにも災害に対する心構えを教えていきたいなと思います。






最終更新日  2010年03月04日 21時48分31秒
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2008年09月22日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

今回本島に行った目的の1つが、首里城の中秋の宴を見ることです。
5月に那覇に行った時と同様に、ゆいレールの1日乗車券を買って、
まず空港に飛行機を見に行きました。
坊ちゃんは、空港のウェルカムホールにあるシーサーバスで遊ぶのが大好きです。
豊崎のトミトンの滑り台などのある広場で遊ぶのも大好きです。
ゆいレールで那覇空港から首里の終点まで乗って、100円バスに乗って首里城へ。
お正月以来の首里城です。

首里杜館の前の売店でブルーシールアイスの3段がさねのアイスを買って
バニラと紅芋とマンゴーのアイスを食べました。

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琉球王朝時代に冊封使をもてなしたという琉球舞踊を、
正殿の前の御庭でお月見しながら見ることが出来ました。

「四つ竹」や「しゅんどう」などの踊りを見て、
国王・王妃選出大会の自己PRなどを楽しく見ました。
坊ちゃんは、待っている時などはちょっと騒いでしまったのですが、
踊りなどをおとなしく見ていたので良かったです。

DSC_0019.jpgDSC_0025.jpg

月が綺麗に見えていたのですが、組踊「花売りの縁」が始まってから
途中で雨が降ってきてしまい中止になってしまいました。
ちょうど猿回しの踊りをしているところで、
坊ちゃんは「さる いなくなっちゃった」と残念そうでした。
国王・王妃は、私もだんなさんも3番の人がなると思ったので、どちらも選ばれて良かったです。

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お城や門、龍譚や弁財天堂のライトアップや、
西のアザナから那覇の夜景が綺麗に見えました。
去年も今年も良いお月見が出来ました。







最終更新日  2008年09月23日 23時17分30秒
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2008年02月22日
カテゴリ:沖縄の世界遺産
勝連城跡は、勝連半島の西に築かれたグスクです。
勝連城跡は、英雄阿麻和利が住んでいたグスクとして有名です。
阿麻和利は中城に攻め入り、宿敵・護佐丸を倒し、
首里城を攻めたが大敗して滅びました。

DSC_0013.jpg

勝連城跡まで行く道はかなり急な坂道です。
勝連城跡は四つの曲輪からなり、それぞれ珊瑚質石灰岩の城壁で囲まれ、
一の曲輪が一番高いところにあります。
坂道を登ると四の曲輪に着きました。

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DSC_0010.jpgDSC_0011.jpg

水を確保するために4つの井戸がありました。

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見事な城壁が見られます。
新車のパンフレットでも作るのか、
マツダの車が城壁をバックに写真を撮っていました。

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城は四方に眺望の利く、傾斜の急な小山に築かれているので、
南側は、すぐ近くに海が見えます。

12月に行った時は時間がなくて、四つの曲輪までしか行かれず
先日一の曲輪まで登ってきました。

二の曲輪には殿舎跡と「ウシヌジガマ」と呼ばれる洞穴がありました。

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海の向こうに、24日に行われるおきなわマラソンのコースになっている、
沖縄市の海岸線が見えました。

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城の北側から海中道路が見えました。

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海岸の方から城を見上げてみました。
城壁を修復しているクレーンが見えますが、
斜面が急でどのように作業しているのだろう?
昔の人はどうやって城壁を積んだのだろう?と思いました。

与勝半島の先端の方まで行ってみました。

DSC_0063.jpg
藪地島と浜比嘉島が見えます。
本島の海岸線は複雑な形をしているので、
場所によって見える景色がぜんぜん違うなと思います。

カイトボーディング フェスティバル IN 沖縄 2008.jpg

海中道路の入り口の所で、
カイトボーディング フェスティバル IN 沖縄 2008が行われていました。
カイトボーディングは始めてみましたが、サーフィンのように波乗りが楽しめて
カイト(凧)を操り、ボードに乗って水面を滑り、そして空を舞うスポーツなのだそうです。
見てると波がなくても長い距離をボートで進む事が出来て、
ジャンプしたりターンしたり面白そうでした。
そして何より見てるほうとしては、カイトが綺麗。

うるま市の安慶名城跡にある闘牛場も見てきました。
今は石川ドームができてあまり闘牛が行われなくなったようですが、
かなり広い闘牛場です。

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安慶名城跡は登らなかったのですが、城壁が昔のまま残っています。

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この後こどもの国に行ったので、おきなわマラソンの下見の人や
ジョギングをしている方などが、歩道を走っているのを見かけました。
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最終更新日  2008年02月22日 18時27分20秒
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2008年01月29日
カテゴリ:沖縄の世界遺産


識名園(シチナヌウドゥン)は、琉球王家最大の別邸で、
国王一家の保養や中国皇帝の使者である冊封使(さっぽうし)の
接待の場にも利用されました。

1799年に造営され、その形式は池の廻りを歩きながら
景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「廻遊式庭園」です。
池の周辺に御殿、築山、花園などが配置されています。
池には大小のアーチ橋が架かり、池の小島には中国風の六角堂が建てられるなど
中国の影響も見られますが、池の周囲を琉球石灰岩で積みまわすなど、
琉球独持の工夫がされているそうです。

DSC_0070.jpgDSC_0074.jpg

御殿と池を挟んだ南側に小高い丘があって、そこから庭園を一望できます。

識名園.jpg


正門から王家の方などは入られたそうですが、石畳で歩きにくい道でした。
馬ではなく駕籠に乗って来られたようで、御殿の横に駕籠屋がありました。
坊ちゃんをベビーカーに乗せて歩こうかと思ったのですが、
乗せられなくて途中抱っこして歩きました。
バナナ園があったり竹林があったり、四季を楽しむ花を植えてあるそうです。
私達が11月に行った時は桔梗が咲いていました。

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GWに行った時に、果樹園にパパイヤの木があって「珍しいでしょう」と
園の方が言っていたのですがのですが、11月に行った時は無かったので
台風のときに倒れてしまったのでしょうか・・・
今の季節は、梅の花が咲いているのではと思います。

識名園で宮廷結婚式を行う事が出来るそうです。
私達が行ったときはちょうど結婚式が終わった後で、
参列の方が識名園から出てくるところでした。
御殿に結婚式の道具が飾られていました。
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識名園の本来の用途とは違いますが、良い思い出になりそうです。

識名園で「ぶくぶく茶」をいただける時があるそうなので、
今度行く時はいただいてみたいです。

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最終更新日  2008年01月29日 17時56分52秒
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2008年01月27日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

那覇の首里には、首里城跡と園比屋武御嶽石門、
玉陵の3つの世界遺産があります。
首里城跡は現在首里城公園になっていて、正殿などが復元されています。
「綾門大道」(アヤジョウウフミチ)と呼ばれる首里城の大手道の起点に
中山門があって、終点の守礼門・「上の綾門(ウィーヌアイジョウ)」と
同じ造りで対になっていたそうです。
首里城には外郭と内郭の長い城壁が複雑にはりめぐらされており、
外郭には首里城の正門の「歓会門」など4つの門があります。
内郭にも多くの門があったそうです。

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首里城は高台にあるので眺めが良いです。

「君誇御門(キミホコリウジョウ)」とも呼ばれる「奉神門」から、御庭に入ります。
毎朝開館5分前に、御開門のドラを叩き「ウケージョー」と言って開門します。

DSC_0020.jpg首里城正殿.jpg

首里城は正式名称を「首里御城(スイウグスク)」、
正殿は「百浦添御殿(モモウラソエウドン)」というそうです。
御庭の右側に南殿があり、

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南殿の隣にある2007年1月から公開されている
書院・鎖乃間(さすのま)で琉球王朝のお菓子とお茶をいただきました。

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首里城は、「首里森御嶽」などの拝所があり、城そのものも御嶽とみなされているそうです。
多くの人が観光にきますが、神社のように神聖なところなので
首里城での振る舞いは気をつけなければと思います。

園比屋武御嶽石門は、首里城歓会門と守礼門との間にあります。

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琉球石灰岩で造られた建造物で、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所で
神への「礼拝の門」ともいうべき場所なのだそうです。

玉稜は、第3代尚真王が父、尚円王を葬るために建築したものです。
玉稜(玉御殿)はほかに、伊是名玉御殿と山川の玉陵があるそうです。

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玉稜には、タマちゃんというオオコウモリがいます。
とても大きいコウモリで、目がくりくりしてました。

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最終更新日  2008年01月27日 22時20分19秒
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2008年01月04日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

首里城公園の「新春の宴」を2日に見てきました。
御座楽(うざがく)の演奏が9時から行われました。

DSC_0021.jpgDSC_0022.jpg

三線や琴の他に見たことの無い楽器など、いろいろな種類の楽器で演奏されました。
御庭には、正月飾りが設えてありました。
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10時から「朝拝御規式」(ちょうはいおきしき)という、琉球王朝時代
首里城で執り行われた元旦の儀式が再現されました。

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参列の人が揃うと、正殿の扉がゆっくり開いて国王がおでましになります。
太鼓とラッパの大きい音が鳴り響きました。

DSC_0038.jpg国王様.jpg

「子之方御拝(にぬふぁぬうぬふぇー)」は、天の神様への拝みの儀式で、
北殿の前にある祭壇で国王が焼香を行い、新年の寿(ことほ)ぎ1年の平穏を祈念します。
北極星の事を沖縄の方言でにぬふぁぶし(てぃんさぐぬ花の歌詞にあります)というので、
北のほうを向いて儀式が行われたのでしょうか。
「ワンスイ」(万歳と言う意味)という唱和の掛け声や音楽が、
琉球が中国に近いことを感じました。

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国王と王妃は、「中秋の宴」の時に選ばれた方で、綺麗な置物を着て
歩き方など優雅な感じでした。
国王のひげも立派です。王冠は正殿に飾ってあるものとそっくりでした。
朝拝御規式に本来は、王妃は参加してなかったそうです。
国王が正殿に帰るまで、役人など参列の人が、手を合わせてお辞儀をしていて
大変だなぁとおもいました。

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三司官などのひげも立派でした。帽子や帯の色で位が分かれていたそうです。

DSC_0052.jpgDSC_0053.jpgDSC_0054.jpg

「朝之御拝(ちょうぬうぬふぇー)」では、正殿二階の唐玻豊(がらはーふ)の
扉が開いて国王と王妃がおでましになります。
坊ちゃんは一生懸命儀式を見ていました。
私達も儀式に参列しているような気持ちになりました。
首里城は、沖縄戦による焼失などで現在の建物は復元されたものですが、
朱塗りの柱や龍などを見ると琉球王国の栄えていた時代にタイムスリップした気分になります。
普段見る事の出来ないとても華やかな儀式を、目の前で見る事が出来て感激でした。







最終更新日  2008年01月04日 23時21分35秒
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2007年12月17日
カテゴリ:沖縄の世界遺産
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中城城は、標高160メートルの小高い丘の上にあります。
場所がわかりづらくて、北中城村の山の中にどーんとある感じでした。
中城城跡も、日本100名城の1つでスタンプラリーをしています。
中がとても広くて、ピクニックが出来そうです。
中城按司が治めていた中城城に、1440年に首里王府の命令を受けた護佐丸が、
勝連城主の阿麻和利(あまわり)を牽制するため
座喜味城から移り住んだと言われています。

六つの郭で構成されていて、「布積み」・「あいかた積み」・「野面積み」の
三種類の石積みを見ることが出来ます。

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ペリー探検隊一行がエジプト式と評したアーチが美しい裏門です。
管理事務所から、広場を歩いていくと最初に裏門があります。

二の郭の布積みの城壁の曲線も美しいです。
城壁の内側は見晴台だったのか歩けるところがあり、
景色がとてもよかったです。

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一の郭から、二の郭につながる門を撮ってみました。
ローマの水道橋の遺跡のように見えます。

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正門の方から見ると、一の郭の城壁と南の郭の城壁とても高く積まれています。
築城までにかなりの年月がかかったのではと思います。

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南の郭は、遥拝所などの聖域になっています。
城の近くに護佐丸の墓があったのですが、城が広くて歩き疲れてしまったので
機会があれば行ってみたいです。

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最終更新日  2007年12月18日 18時37分00秒
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2007年12月13日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

座喜味城は、読谷山按司(ゆんたんざ・あじ)の護佐丸がつくったといわれる城です。
アーチ門は、現在残る石積みのアーチ門の中では最古のものと推定されているそうです。
1416~1422年に護佐丸が北山監守として今帰仁城にいた時期に築造させた城で、
1422年に護佐丸が移ってきました。
1440年、首里王府の命で中城城に移るまでの18年間をここで過ごしています。
標高125メートル程の高さに位置しており、北は本部半島、
西は東シナ海に臨んで慶良間(けらま)諸島、
南は中部地域一帯を眺め渡すことのできるそうです。
15世紀中頃の中国製陶磁器が多く出土しており、この城がある読谷には
東南アジアの影響を受けた織物(読谷山花織)や焼き物(喜名焼)があることから、
護佐丸が海外貿易を積極的に行っていたことが伺えます。
座喜味城址の前にある読谷村立歴史民俗資料館に、いろいろ展示されています。

座喜味城址は、残波岬に行く途中の住宅街の中を通っていき、小高い山の上にありました。
入り口には階段があって、本州などにある城跡の公園のような雰囲気でした。

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階段を登ると琉球松の並木が続いています。

DSCF2790.jpg座喜味城跡2.jpg

2つのアーチ門があって、城壁は緩やかな曲線に造られていて綺麗です。
石を積むのが難しかったのではと思います。
建造物の土台となっていた礎石が残っていて、お城の建物がどうだったのだろうと
想像してみました。
城址を歩いていたら、『天空の城ラピュタ』を思い出しました。


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最終更新日  2007年12月14日 01時15分43秒
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2007年11月17日
カテゴリ:沖縄の世界遺産

沖縄本島の南部の南城市にある、斎場御嶽(せーふぁーうたき)。

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琉球王国最高の御嶽(拝所)で、国家的儀式が執り行われた聖地です。
斎場御嶽には、六つのイビ(神域)があって、
首里城内にある部屋と同じ名称の大庫理(ウフグーイ)・寄満(ユインチ)・三庫理(サングーイ)があります。
石畳の参道は幅が広いのですがかなりきつい坂道のところもあって、雨が降ったりすると滑りそうです。
イビ(神域)は、大きな岩がある場所でそこで神女達がお参りをしていたそうです。

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大庫理(ウフグーイ)は大広間などの意味で、
聞得大君即位の儀式の際に、中心的な祭場となったところなのだそうです。

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寄満(ユインチ)は、大庫理(ウフグーイ)の岩の後ろ側に位置するようです。
貿易が盛んであった琉球王朝の「宝物や幸せの寄り満ちる所」という意味のようです。

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三庫理(サングーイ)は、斎場御嶽の参道の一番高いところにあるようで
涼しい風が吹いてきます。
三角形の空間は意外と狭かったです。

三庫理の三角形の岩の右側にある二本の垂れた鍾乳石は、チイタイイシと呼ばれ
鍾乳石から滴る水を受けている壷が2つ置いてありました。
説明を受けている女の人がいて、少し聞いてみると
この水滴は天から流れてくる霊水とされていて御水(うびぃ)と呼ばれているそうです。
2つにはそれぞれ意味があるそうです。
体を清めたりとかする時に使われた水だったそうです。

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三庫理(サングーイ)の三角形の空間を通って行くと、
久高遙拝所(くだかようはいじょ)がありました。
木の枝などで窓になった所から、海を望むと遠くに久高島が見えました。

国家的な祭事には、神の島といわれる久高島から白砂を運び入れ、
御嶽全体に敷き詰めたそうです。

観光客の人が多く来ていましたが、お参りに来ている県内の人も多くいました。
沖縄は神社やお寺が少ないと思っていたのですが、
御嶽に行ってお参りするのだなと思いました。
伊是名の神アサギもお祭りなどの時に使われるので、
神社などのような役割をしているのではと思います。
琉球王国最高の聖地だけあって、神秘的な雰囲気の所でした。

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最終更新日  2007年11月18日 22時36分42秒
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