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■ 家庭学習が大事だ… New! デット君さん

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2015.12.21
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 『明日、死ぬかもしれないので、書いておきます』

こんなタイトルだと、何かあったのかと、不安にさせてしまったかもしれませんね。

ごめんなさい。


日曜日は、妻が車のタイヤ交換などの用事で、3歳の娘と一緒に出掛けた。

その間、僕は、家で双子の育児を。

ミルクをあげ、ゲップをさせ、オムツを替える。

溜まった食器を洗い、哺乳瓶は洗った後、ミルポンに浸ける。

もう二人目、三人目なので、育児にも、

そして家事にも慣れた。

しかし、二人同時にギャンギャン泣かれると、ちょっと困る。

午後には、妻と娘が帰宅してきたので、今度は僕が出かける番。

娘は、公園で遊びたがっていたので、娘も一緒に連れ出した。

その前に、若葉ウォークで、お買い物。

といっても、僕のために買ったのは夕飯の食材ぐらいで、あとは24日のプレゼント。

しかし、僕の心は暗かった。

そして、表情も暗かったと思う。

きっと、来年も再来年もプレゼントを届けるのは変わらないと思う。

プレゼントを選ぶ最中も、娘は一緒。

自分が、もらえるものだと勘違いしているようだから伝えてあげた。

他の子に渡すものだよと。

僕の目は、娘の顔の奥の遠い向こう側を見ていた。

そう、去年のあの子達の顔を思い浮かべていた。

「いい子にしていれば、また来るよ」

僕の腕を掴んで離さない女の子に、そう言い残して、僕は立ち去った。

僕があの場所に行かなくて済む日が、来るのだろうかと。

どうして、その子達は、あの場所で過ごす事になってしまったのだろうか!?

と。

殆どが、親の虐待や育児放棄など。

きっと、それは親だけの責任では無いと思う。

買い物を終えると、僕の表情だけでなく、空もすっかり暗くなっていた。

太陽は、西の地平線に顔を隠し、代わりに月が出ていた。

公園で遊ぶ約束だったので、僕らは若葉ウォークの隣の公園に向かった。

二人、手を繋いで。

娘は、無邪気だ。

二人で、それぞれのブランコに座る。

前まで上手に出来なかったブランコも、今では自分で乗れるようだ。

すると、

「月が、追いかけてくるみたい」

ブランコに乗りながら、空を見上げ、そう言う娘。

僕らが子供の頃に抱いていたのと同じ疑問を、

純粋に投げ掛ける。

どこかに忘れてしまった純粋さ。

帰宅して、袋からおもちゃを取り出す娘。

もう一度、娘に説明した。

娘のために買ったのではないと。

児童養護施設の子達のために買った物だと。

施設の子達は、親と離れて暮らしているんだと。

「その子達、お金持ってないの?」

というぐらいだから、まだ娘は、殆ど理解していない。

そう、それから、

帰宅したら妻の具合が悪かった。

僕は、ほぼ一人で、双子を順番にお風呂に入れた。

そして、妻の具合は次第に悪化。

痛み止めの薬を渡して飲ませたのだけど、

それでも痛みが治まらなかった。

救急車を呼ぶ事も頭に入れながら、

ネットで休日診療を探した。


道路の真ん中で倒れたり、寝込んだりしている人を見つけ、

110番した事は2回ある。

どちらも、冬の寒い時期で、僕は、仕事の帰りだった。

きっと、その人たちは、飲酒が原因だったのだろう。

しかし、今まで、救急車を呼んだ事は、一度もない。


僕の自宅の住所は川越だけど、限りなく坂戸寄りなので、

妻は、坂戸の病院へタクシーで行った。

本当は、親に子供を見てもらって、

妻と一緒に病院へ行きたかったのだが、

親は、車で出かけている最中で、直ぐに戻れそうになかった。

子供達と出かける事も考えたが、

既に、娘や双子は寝る時間で、

娘は疲れたのか、夕飯を食べながら寝てしまっていた。

結局、原因は分からないが、盲腸や急性膵炎などの可能性も、考えらるようです。

抗生物質などの薬を貰って、服用したら、大分痛みは治まったようだ。

ただ、帰宅後、また痛くなったら、救急車を呼ぶようにと伝えられたらしい。

妻や子供達は、いつも通り和室で寝て、

僕は、隣のリビングのコタツで寝た。

何かあったら、直ぐに助けられるように。

3時間後ぐらいに妻が起きてきて、

違和感が残るけど、大丈夫だと伝えてくれた。

それでも心配で、僕は、またコタツで寝た。

目が覚めた時、僕の方は、頭痛がした。

寒くは無かったけど、風邪だろうか。

とにかく、頭が重かった。


僕らは、

昨日と同じような今日を、

先月と同じような今月を、

昨年と同じような今年を、

何とか生きている。

明日、死ぬかもしれない何て、殆どの人は想像していない。

でも、3.11の震災があり、今月は、フランスでテロ事件があり、

想像していない事が、世界では次々に起きている。

突然、心臓発作になるかもしれないし、

自動車事故に遭うかもしれない。

ネガティブに考えているのではなく、

そうなるかもしれないという事。

僕は、いつも基本、ポジティブだ。

だから、僕は、明日も明後日も、生きているかもしれないが、

いつか、明日、死ぬかもしれない日が来るのです。


震災の後、1年後ぐらいに、ボランティアで石巻に行った。

原発関連の施設で働く人の話や東京で働いていたけど、震災を機に石巻の実家に戻った人の話を聞いた。

そして、僕がボランティアに行った場所は、

津波で1階部分が、土砂で覆われてしまった家だ。

家の中は、大分片付いていたけど、それでも、土砂は残っていた。

そして、それらを袋に詰めて運び出す手伝いをした。

震災の事は、

関東に住んでいると、どこかで終わってしまった出来事のように感じてしまう。

しかし、あの日がスタートで、まだまだ苦しんでいる人はいる。

きっと、終わりはない。



今年は、もう直ぐ終わりますが、

僕は、何が出来たのでしょうか?

誰かの役に立てたでしょうか!?

明日、死ぬかもしれない。

だから、精一杯生きようと思うか。

明日、死ぬかもしれない。

だから、諦めようと思うか。

僕は、いつも前者でありたい。


※妻の事は、心配しないで下さい。大丈夫そうです。








Last updated  2015.12.22 05:11:49
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