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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べもの)

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2017.09.22
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カテゴリ:正岡子規

  
 樽柿とは、酒樽に渋柿をつめ、樽に残ったアルコール分によって渋を抜いた柿のことで、どちらかといえば安物の柿です。柿好きの子規は、樽柿も好みました。河東碧梧桐が、子規の思い出を綴った『のぼさんと食物』と、子規の妹・律に子規の思い出を尋ねた『家庭より観たる子規』に樽柿のことが記されています。
 
 食後には、大抵果物をとった。柿時分、蜜柑時分、時には林檎、梨など、その顔を見ないことはなかった。柿は中でも好物であったと見えて、樽柿が出はじめる、と午後のお八つにも二つ三つ、いかにも食い足りなそうにたべた。
 奈良に泊った時、美しい娘が御所柿を山のように盛って出した、という話をするのでさえ、如何にも、その一つを手にでもしているかのように、嬉しそうであった。が、奈良の御所柿、岐阜のふゆ柿、そういう高級品でないと、などという贅沢は言わなかった。言わなかったのでなくまだ知らなかったのだ。東京で一番うまい、安物の樽柿で満足していたのだ。
 柿ばかりではない、食べものの贅沢ということを知らない、書生気分で終始したのだ。食べものの贅沢を知るまで生きてもいなかったし、懐ろも乏しかったのだ。(河東碧梧桐 のぼさんと食物)
  
(碧)升さんは柿がお好きでしたが、あの頃、もう樽柿が出るけれなと、大変楽しみにしていられた。樽柿なんて柿は、今でも中以下のものです。御所、富有、次郎などいろいろいい柿が沢山あります。それほど好きな柿でも、いいものを食べる機会がなかった……それを残念に思います。(家庭より観たる子規 正岡律子)
 

 
 子規本人も、『くだもの』に、樽柿なら7、8個は、常習だったと記しています。また、学生時代の喀血後に書いた『喀血始末序』では、「十箇の柿や八杯の鍋焼饂飩などはつづけさまにチョロチョロとやらかます」と書いています。
 
○くだものと余 余がくだものを好むのは病気のためであるか、他に原因があるか一向にわからん、子供の頃はいうまでもなく書生時代になっても菓物は好きであったから、二ヶ月の学費が手に入って牛肉を食いに行たあとでは、いつでも菓物を買うて来て食うのが例であって。大きな梨ならば六っか七つ、樽柿ならば七っか八つ、蜜柑ならば十五か二十位食うのが常習であった。田舎へ行脚に出掛けた時なども、普通の旅籠の外に酒一本も飲まぬから金はいらぬはずであるが、時々路傍の茶店に休んで、梨や柿をくうのが僻であるから、存外に金を遣うような事になるのであった。(くだもの 『ホトトギス』 明治34年3月20日)
 
 被告「出京後は誰も制限する者がありませぬから むやみに買い喰をしてますます胃をわるくしました 毎日毎日何か菓子を喰わぬと気がすまぬようになりますし おいおい胃量も増してきまして六銭の煎餅や十箇の柿や八杯の鍋焼饂飩などはつづけさまにチョロチョロとやらかます しかし一番うまいのは寒風肌を裂くの夜に湯屋へ行きて帰りがけに焼芋を袂と懐にみてて帰り蒲団の中へねころんで ようやく住境に入るとか 十年の宰相を領取すとかいっているほど愉快なことはありません イヤ思い出しても……」(喀血始末序 明治22年9月上旬)
   
 こうした子規の柿好きは、漱石も自分の小説で紹介していて、『三四郎』に「ある時大きな樽柿を十六食ったことがある」と書いています。
 
 次にその男がこんなことを言いだした。子規は果物がたいへん好きだった。かついくらでも食える男だった。ある時大きな樽柿を十六食ったことがある。それでなんともなかった。自分などはとても子規のまねはできない。――三四郎は笑って聞いていた。(夏目漱石 三四郎 1)
 
 没年の『墨汁一滴』3月15日に、自分の楽しみを連ねた文章があります。その中に「道灌山に武蔵野の広きを眺めて崖端の茶店に柿をかじる楽」とありますが、この柿は果たして樽柿でもよかったのでしょうか。
 
 散歩の楽、旅行の楽、能楽演劇を見る楽、寄席に行く楽、見せ物興行物を見る楽、展覧会を見る楽、花見月見雪見等に行く楽、細君を携へて湯治に行く楽、紅燈酒美人の膝を枕にする楽、目黒の茶屋に俳句会を催して栗飯の腹を鼓する楽、道灌山に武蔵野の広きを眺めて崖端の茶店に柿をかじる楽。歩行の自由、坐臥の自由、寐返りの自由、足を伸す自由、人を訪ふ自由、集会に臨む自由、厠に行く自由、書籍を捜索する自由、癇癪の起りし時腹いせに外へ出て行く自由、ヤレ火事ヤレ地震といふ時に早速飛び出す自由。――総ての楽、総ての自由は尽く余の身より奪ひ去られて僅かに残る一つの楽と一つの自由、即ち飲食の楽と執筆の自由なり。しかも今や局部の疼痛劇しくして執筆の自由は殆ど奪はれ、腸胃漸く衰弱して飲食の楽またその過半を奪はれぬ。アア何を楽に残る月日を送るべきか。(墨汁一滴 明治35年3月15日)
  
   樽柿や少し澁きも喰ふべく(明治29)
   樽柿の少し澁きをすてかねし(明治30)
   樽柿を握るところを寫生哉(明治32)






最終更新日  2017.09.22 06:20:04
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