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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2019.10.11
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カテゴリ:正岡子規
   江戸の秋に四國の夏の届きけり(明治26)
   乾鮭をもらひて鱈を贈りけり(明治32)
   画室成る蕪を贈って祝ひけり(明治32)
 
 子規の病床に届いたものには、魚に関するものが色々とあります。能代の嶋田五空から届いた秋田のはたはた魚は前回紹介しましたので省略します。
 
 越後の鮭の粕漬は、越後六日町の今成無事庵(文平)か、越中高岡の山口花笠(林造)から届いたものでしょうか。
 越後村上では、三面川を遡上する脂の乗った鮭と、酒どころの酒粕を使って、鮭を漬けていました。古く平安時代には遠く京都の王朝貴族に献上されており、越後村上の鮭は旨い鮭として全国的に知られていたのです。現在も、各家の軒先に塩引き鮭が、干し柿のように並べて下げられている風景が見られます。この塩引き鮭は、腹の一部をつないだままに切る「止め腹」と呼ばれる独特の方法で処理され、頭を下にして吊るされます。現在、鮭の一人当たりの消費量では、村上市は日本一を誇るといいます。
 
 五十鈴川の抄魚(ハゼ)は、伊勢神宮の内宮を流れる神聖なる川で獲れたものです。明治34年1月21日の『仰臥漫録』に伊勢の商人・山本勾玉が届けたことが記されています。
 備前の沙魚は、岡山で「シロハゼ」とよばれているものでしょうか。備前小串生まれの赤木格堂(亀一)が故郷に変えた折の土産として届けたものかもしれません。ただ、岡山を代表する魚といえば「ママカリ」ですが、格堂が名前を伝えなかったために、「ハゼ」だと勘違いしたのでしょうか。
 
 石見の鮎の卵は、島根県鹿足郡日原村の水津定吉から贈られたものです。子規は「名物鮎の卵御贈り下され難有御礼申上候」とお礼の手紙を出しています。これは鮎の卵の塩辛「おいうるか」でしょう。
 鮎は『日本書紀』にも登場する魚で、神武天皇が日本各地の士族を平らげるために進軍していた折、ヤタガラスの導きで吉野川の下流に着き、戦さの料理を占ったところ、魚が大量に浮かんだので勝利を確信したという話が出て来ます。「鮎」に「占」の字がつくのは、神功皇后が熊襲征伐の際に釣りをして戦況を占いましたが、その時に釣れたのが鮎だったといいます。
 鮎の一腹の卵は約4万といい、せっかく生まれた子供たちも他の魚たちに食べられて成長するのは僅かな量になってしまいます。人間も、鮎の卵を塩辛にして珍味として味わいますから、鮎にとっての大敵であることは間違いのないところです。
 
 仙台の鯛の粕漬は福島生まれの木村芳雨(三郎)か、岩代郡山の今泉丈助、または高浜虚子や河東碧梧桐は仙台の第三高等学校で学んでいましたから、その時の友人から贈られたもののおすそ分けかもしれません。伊予の鯛の粕漬は、当時今治に住んでいた佐伯直政か、松山の伯父・大原恒徳から贈られたものでしょうか。
 鯛は、祝い事のシンボルとして私たちの生活になじんでいます。婚礼や祝儀などの席では、鯛の姿焼きや鯛をかたどった落雁(らくがん)、生菓子が振る舞われることもあります。
 鯛がめでたい魚の代表とされているのは、堂々とした美しい姿のみならず、体色の赤に負うところが大きいようです。古来、日本では赤は邪気を払う色とされてきました。神社の赤い鳥居や赤飯、鍾馗(しょうき)、紅白餅、日の丸など、めでたい色として使われているものは枚挙にいとまがありません。鯛もその例に漏れず、赤い魚だからこそ「鯛は魚の王者」の位置を確立したともいえます。
 これは優美な姿やめでたいとされる赤い体色の他に、「言葉には魂が宿る」 という日本独自の 「言霊(ことだま)信仰」 が根底にあるためです。言葉には霊力があって、言葉通りの現実が運ばれると考えられていたので、「めでたい」鯛に祝福が長く続くことへの祈りを込めたのでした。
 

 
 伊勢の蛤は伊勢四日市北町の鈴木芒生(孫彦)から贈られたものです。子規は年賀状に「賀正。はまぐりありがたく候」と書き、「蛤の口より伊勢の初日哉」と詠んでいます。
 蛤の貝殻は、それぞれが異なっており、しっくりと重ねることができないところから夫婦和合の印として捉えられています。また、蛤は蜃気楼を吐くといわれてきました。蛤は、その体から粘膜状の液を帯のように吐いて、それに乗って移動することがあります。これを蛤が気を吐くものとして「蜃気楼」に例えたようです。
 
 北海道の鮞(はららご)は、魚類の産卵前の卵で、すじこやはらこのことをいいます。北海道には、子規の幼い頃からの友人・井林博政がいます。博政は、北海道に渡っていて、水産団体「北水協会」に所属し、明治31年に小樽水産高校の前身・北海道庁立水産学校の創立に関わっています。博政なら、これを調達するのはお手の物でしょう。
 
 近日我貧厨をにぎはしたる諸国の名物は何々ぞ。大阪の天王寺蕪、函館の赤蕪、秋田のはたはた魚、土佐のザボン及び柑類、越後の鮭の粕漬、足柄の唐黍餅、五十鈴川の抄魚、山形ののし梅、青森の林檎羊羹、越中の干柿、伊予の柚柑、備前の沙魚、伊予の緋の蕪及び絹皮ザボン、大阪のおこし、京都の八橋煎餅、上州の干饂飩、野州の葱、三河の魚煎餅、石見の鮎の卵、大阪の奈良漬、駿州の蜜柑、仙台の鯛の粕漬、伊予の鯛の粕漬、神戸の牛のミソ漬、下総の雉、甲州の月の雫、伊勢の蛤、大阪の白味噌、大徳寺の法論味噌、薩摩の薩摩芋、北海道の林檎、熊本の飴、横須賀の水飴、北海道の鮞(はららご)、その外アメリカの蜜柑とかいうはいと珍しきものなりき。(墨汁一滴 明治34年2月9日)






最終更新日  2021.12.10 08:41:37
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Re:子規と諸国からの贈り物02_全国の魚(10/11)   匿名希望 さん
「鳥取県鹿足郡」とありますが、
鹿足郡は鳥取県ではなく島根県だと思うのですが。 (2021.10.28 23:26:59)

Re[1]:子規と諸国からの贈り物02_全国の魚(10/11)   aどいなか さん
匿名希望さんへ
返事が遅くなってすみません。修正しておきました。ご指摘ありがとうございました。 (2021.12.10 08:41:57)


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