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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2021.07.03
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カテゴリ:夏目漱石
   枯野原汽車に化けたる狸あり  漱石(明治29)
 
 これは明治29年3月5日に子規に送った俳句の中の一句で、松山時代に詠まれたものです。松山には狸伝説がたくさん残っており、どこかで汽車に化けた狸のことを聞いたのかもしれません。開化のころは新しいものに化ける狸が横行しました。日露戦争で狸が日本軍に参加して戦ったという話もあります。
 現在の漫画やアニメにも、こうした未来や過去を別のものに置き換えることが主流で、タイム・リープものは多くのファンを獲得しています。こうした心理なのか、狸は人々の期待を集めて、空想の中で新しい時代に対応していったのかもしれません。
 
『坊っちゃん』にも狸は登場しますが、これは校長のことで、次のように描写されています。
 
 学校は昨日車で乗りつけたから、大概の見当は分っている。四つ角を二三度曲がったらすぐ門の前へ出た。門から玄関までは御影石で敷きつめてある。きのうこの敷石の上を車でがらがらと通った時は、無暗に仰山な音がするので少し弱った。途中から小倉の制服を着た生徒にたくさん逢ったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高くって強そうなのがいる。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪くなった。名刺を出したら校長室へ通した。校長は薄髯のある、色の黒い、目の大きな狸のような男である。やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれといって、恭しく大きな印の捺った、辞令を渡した。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛り込こんでしまった。校長は今に職員に紹介してやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだといって聞かした。余計な手数だ。そんな面倒なことをするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。(坊っちゃん2)
 
 学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。但し狸と赤シャツは例外である。何でこの両人が当然の義務を免かれるのかと聞いてみたら、奏任待遇だからという。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直を逃れるなんて不公平があるものか。勝手な規則をこしらえて、それが当り前まえだというような顔をしている。よくまああんなにずうずうしく出来るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐の説によると、いくら一人で不平を並べたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人だって正しいことなら通りそうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭を加えたが、何だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の権利という意味だそうだ。強者の権利ぐらいなら昔から知っている。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤シャツが強者だなんて、誰だれが承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻まわって来た。一体疳性だから夜具蒲団などは自分のものへ楽に寝ないと寝たような心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊ったことはほとんどないくらいだ。友達のうちでさえ厭なら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへ籠っているなら仕方がない。我慢して勤めてやろう。(坊っちゃん 4)
 
 それからかなりゆるりと、出たりはいったりして、ようやく日暮方になったから、汽車へ乗って古町の停車場まで来て下りた。学校まではこれから四丁だ。訳はないとあるき出すと、向うから狸が来た。狸はこれからこの汽車で温泉へ行こうという計画なんだろう。すたすた急ぎ足にやってきたが、擦れ違った時おれの顔を見たから、ちょっと挨拶をした。すると狸はあなたは今日は宿直ではなかったですかねえと真面目くさって聞いた。なかったですかねえもないもんだ。二時間前おれに向って今夜は始めての宿直ですね。ご苦労さま。と礼をいったじゃないか。校長なんかになるといやに曲りくねった言葉を使うもんだ。おれは腹が立ったから、ええ宿直です。宿直ですから、これから帰って泊ることはたしかに泊りますといい捨てて済ましてあるき出した。(坊っちゃん 4)
 
 狸の出てくるもう一つの作品は『琴のそら音』です。作品の最後の方で、狸が書いたという本を読むくだりがあります。
 
「何だい小説か、食道楽じゃねえか」と源さんが聞くと松さんはそうよそうかも知れねえと上表紙を見る。標題には浮世心理講義録 有耶無耶道人著とかいてある。
「何だか長い名だ、とにかく食道楽じゃねえ。鎌さん一体これゃ何の本だい」と余の耳に髪剃を入れてぐるぐる廻転させている職人に聞く。
「何だか、訳の分らないような、とぼけた琴が書いてある本だがね」
「一人で笑っていねえで少し読んで聞かせねえ」と源さんは松さんに請求する。松さんは大きな声で一節を読み上げる。
「狸が人を婆化すといいやすけれど、何で狸が婆化しやしょう。ありゃみんな催眠術でげす……」
「なるほど妙な本だね」と源さんは煙に捲かれている。
「拙が一返古榎になったことがありやす、ところへ源兵衛村の作蔵という若い衆が首を縊りに来やした……」
「何だい狸が何かいってるのか」
「どうもそうらしいね」
「それじゃ狸のこせえた本じゃねえか――人を馬鹿にしやがる――それから?」
「拙が腕をニューと出している所へ古褌を懸けやした――随分臭そうげしたよ――……」
「狸の癖にいやに贅沢をいうぜ」
「肥桶を台にしてぶらりと下がる途端、拙はわざと腕をぐにゃりと卸してやりやしたので作蔵君は首を縊り損そこなってまごまごしておりやす。ここだと思いやしたから急に榎の姿を隠してアハハハハと源兵衛村中へ響くほどな大きな声で笑ったやりやした。すると作蔵君はよほど仰天したと見えやして助けてくれ、助けてくれと褌を置去りにして一生懸命に逃げ出しやした……」
「こいつあうめえ、しかし狸が作蔵の褌をとって何にするだろう」
「大方睾丸でもつつむ気だろう」
 アハハハハと皆みんな一度に笑う。余も吹き出しそうになったので職人はちょっと髪剃を顔からはずす。
「面白れえ、あとを読みねえ」と源さん大いに乗気になる。
「俗人は拙が作蔵を婆化したようにいう奴でげすが、そりゃちと無理でげしょう。作蔵君は婆化されよう、婆化されようとして源兵衛村をのそのそしているのでげす。その婆化されようという作蔵君の御注文に応じて拙がちょっと婆化して上げたまでのことでげす。すべて狸一派のやり口は今日開業医の用いておりやす催眠術でげして、昔からこの手でだいぶ大方の諸君子をごまかしたものでげす。西洋の狸から直伝に輸入致した術を催眠法とか唱え、これを応用する連中を先生などと崇めるのは全く西洋心酔の結果で、拙などはひそかに慨嘆の至りに堪えんくらいのものでげす。何も日本固有の奇術が現に伝わっているのに、一も西洋二も西洋と騒がんでものことでげしょう。今の日本人はちと狸を軽蔑し過ぎるように思われやすから、ちょっと全国の狸共に代って拙から諸君に反省を希望して置きやしょう」
「いやに理窟をいう狸だぜ」と源さんがいうと、松さんは本を伏せて「全く狸の言う通りだよ、昔だって今だって、こっちがしっかりしていりゃ婆化されるなんてことはねえんだからな」としきりに狸の議論を弁護している。して見ると昨夜は全く狸に致された訳かなと、一人で愛想をつかしながら床屋を出る。
 
 おっと、食べ物のことでした。
 狸の料理の代表的なのは「狸汁」です。味噌仕立ての汁に狸の肉を入れるのですが、味噌を使うということは肉に臭みがあるからなのです。『和漢三才図会』には「狸肉(甘平) 痔及び鼠療を治す。羔(にもの)膠に作る。三頓に過ぎず甚だ妙。(凡そ狸を食うに正脊を去るべし)」とあり、『本朝食鑑』には「肉〔気味〕昔から謂われていることに、甘温、無毒。黎蘆(れいろ・オモト)とあわない。〔主治〕腸風臓毒および痔瘻。能く下焦を煖める」とあり、まさに薬食いです。
 ただ、狸の肉は獣臭がきついので11月から2月に獲れた狸を使います臭いを抜くために、1週間ほど土中に埋めたり、軒下に20日間ほど吊るし、細かく切って沢の水に二昼夜つけます。ところが、ニホンアナグマ(ムジナ)は、「貒」ともいい、『和漢三才図会』には「肉(甘酸平) 水脹久しく瘥(い)へずして死に垂(なんな)んたる者を治す。羹(あつもの)と作し食ふ。水を下す、大いに効あり。(野獣の中、惟だ貒の肉最も甘く美にして、痩せたる人に益す)」、『本朝食鑑』には「肉の味は甘酸、能く水痢を治すと言われている」と書かれ、その肉は甘くて美味しいというのです。
 この伝でいくと、どうやら狸汁の美味しさは、狸ならぬ穴熊に騙されていたようです。
 
 あともう一つ、狸汁にはごま油で炒ったコンニャクを使った精進料理もあります。長尾胃腸病院の胃の治療でコンニャクを使った漱石ですから、使った後のコンニャクは狸汁になるのかと考えたに違いありません。





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最終更新日  2021.07.03 19:00:06
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