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カテゴリ:夏目漱石
塩辛を壺に探るや春浅し 漱石(明治41) 漱石作品には「塩辛」は登場しません。ただ、明治42年4月3日の日記に「岡田耕三、小田原の塩辛を送る」とあります。前年の俳句を気にしていたのでしょうか。岡田耕三は林原耕三といったほうがわかりやすいかもしれません。東京帝国大学英文科在学中に漱石に師事。芥川龍之介らを漱石に紹介しています。勉強が好きだったのかはわかりませんが、年下である芥川らが東大を卒業してもなお大学にいたため「万年大学生」と呼ばれています。 漱石作品で「塩辛」に関係あるのは、「塩物屋」が出てくる『野分』です。高柳くんが道也先生のところへ行く、街の風景描写に出てきます。 ぽつりぽつりと折々降ってくる。初時雨とeうのだろう。豆腐屋の軒下に豆を絞った殻が、山のように桶にもってある。山の頂きがぽくりと欠けて四面から煙が出る。風に連れて煙は往来へ靡く。塩物屋に鮭の切身が、さびた赤い色を見せて、並んでいる。隣りに、しらす干がかたまって白く反り返る。鰹節屋の小僧が一生懸命に土佐節をささらで磨いている。ぴかりぴかりと光る。奥に婚礼用の松が真青に景気を添える。葉茶屋では丁稚が抹茶をゆっくりゆっくり臼で挽いている。番頭は往来を睨めながら茶を飲んでいる。――「えっ、あぶねえ」と高柳君は突き飛ばされた。 黒紋付の羽織に山高帽を被った立派な紳士が綱曳で飛んで行く。車へ乗るものは勢いがいい。あるくものは突き飛ばされても仕方がない。「えっ、あぶねえ」と拳突を喰わされても黙っておらねばならん。高柳君は幽霊のようにあるいている。(野分 8)
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最終更新日
2021.08.20 19:00:05
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