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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2021.10.21
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カテゴリ:夏目漱石
   古瓢柱に懸けて蜂巣くう  漱石(明治29)
   寒山か拾得か蜂にさされしは  漱石(明治30)
 
 明治30年の句は、いささか仙人めいた禅僧の寒山と拾得が、鉢に刺されたと聞けば、仙境から急に俗世間へ引き戻されたという気持ちがします。
 
『彼岸過迄』には、敬太郎が夢想家の森本を眠りの世界から呼び起こすところでに出てきます。
 
「森本さん、森本さん」と二三度呼んで見たが、なかなか動きそうにないので、さすがの敬太郎もむっとして、いきなり室に這入いり込むや否や、森本の首筋を攫んで強く揺振すぶった。森本は不意に蜂にでもさされたように、あっといって半なかば跳ね起きた。(彼岸過迄 風呂の後 8)
 
『吾輩は猫である』では、中学校の生徒が授業が終わって学校から飛び出す様子を、蜂の巣を使い、まるで蜂の巣をつついたような有様であることを表現しています。この後に、苦沙弥の家に飛び込んできた野球のボールで一悶着あるのですが……。
 
 やがて時間が来たと見えて、講話はぱたりとやんだ。他の教室の課業も皆一度に終った。すると今まで室内に密封された八百の同勢は鬨ときの声をあげて、建物を飛び出した。その勢いきおいというものは、一尺ほどな蜂の巣をたたき落したごとくである。ぶんぶん、わんわんいうて窓から、戸口から、開きから、いやしくも穴の開いている所なら何の容赦もなく我勝ちに飛び出した。これが大事件の発端である。(吾輩は猫である 8)
 
『草枕』では、蜂蜜に対する警句のようなものが記されています。
 
 踏むは地と思えばこそ、裂けはせぬかとの気遣きづかいも起こる。戴くは天と知る故に、稲妻のこめかみに震う怖れも出来る。人と争わねば一分が立たぬと浮世が催促するから、火宅の苦くは免かれぬ。東西のある乾坤に住んで、利害の綱を渡らねばならぬ身には、事実の恋はあだである。目に見る富は土である。握る名と奪える誉とは、小賢しき蜂が甘く醸すと見せて、針を棄て去る蜜のごときものであろう。いわゆる楽しみは物に着するより起るが故ゆえに、あらゆる苦しみを含む。(草枕 6)
 
『三四郎』には、母からの手紙で、小作人が蜂蜜をくれたことが書かれています。こちらの方が現実的で、鉢の、いや蜂蜜のありがたさが伝わってきます。
 
 手紙には新蔵が蜂蜜をくれたから、焼酎を混ぜて、毎晩杯に一杯ずつ飲んでいるとある。新蔵は家の小作人で、毎年冬になると年貢米を二十俵ずつ持ってくる。いたって正直者だが、癇癪が強いので、時々女房を薪でなぐることがある。――三四郎は床の中で新蔵が蜂を飼い出した昔のことまで思い浮かべた。それは五年ほどまえである。裏の椎の木に蜜蜂が二、三百匹ぶら下がっていたのを見つけてすぐ籾漏斗に酒を吹きかけて、ことごとく生捕にした。それからこれを箱へ入れて、出入りのできるような穴をあけて、日当りのいい石の上に据えてやった。すると蜂がだんだんふえてくる。箱が一つでは足りなくなる。二つにする。また足りなくなる。三つにする。というふうにふやしていった結果、今ではなんでも六箱か七箱ある。そのうちの一箱を年に一度ずつ石からおろして蜂のために蜜を切り取るといっていた。毎年夏休みに帰るたびに蜜をあげましょうと言わないことはないが、ついに持ってきたためしがなかった。が、今年ことしは物覚えが急によくなって、年来の約束を履行したものであろう。(三四郎 4)






最終更新日  2021.10.21 19:00:06
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