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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2021.11.18
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カテゴリ:正岡子規
 明治30年5月18日、子規の柿好きを知る愚庵は「園中の柿秋になり候ば一筺差上可申と今より待居候」という手紙を送りました。
 10月10日、愚庵は庵に仮寓していた桂湖村に頼んで、「釣鐘」という名の大きな柿15個とマツタケを届けてきます。子規は早速3個食べ、その夜に10個を食べました。
 当時、子規は小説『曼珠沙華』を書いていて忙しく、愚庵への礼状を出すのが遅れていました。
 10月28日に「多年の思い今日に果たし候」という愚庵への礼状を出すと、その翌朝に湖村が子規を訪ねてきます。湖村へのハガキには6首の短歌が記され、そのなかに「正岡はまさきくてあるか柿の実のあまきともいわずしぶきともいわず」と詠まれています。
 
 〈愚庵は心配している。しかも、礼状はまだ愚庵のもとに届いてない〉
 そう考えた子規は、再び詫びの手紙を送ります。「柿の実のあまきもありぬかきのみの渋きもありぬしぶきぞうまき」という短歌は、愚庵のハガキの歌への返歌でした。
 翌年の柿の季節には、当時大阪朝日新聞京都支社の記者をしていた寒川鼠骨の提案で、愚庵の柿を枝ごと折り、夜汽車に飛び乗って東京の子規の家までそれを届けます。
 今回の子規は、前回の愚を繰り返さないよう、愚庵宛ての礼状をすぐさま送っています。
 しかし、柿を届けた鼠骨に、思わぬことが起こります。日頃から鼠骨を快く思っていなかった同僚が、仕事の途中で上京した鼠骨を非難したのです。たまたま京都に来ていた陸羯南に相談して、鼠骨は辞表を会社に提出します。
 愚庵の釣鐘柿には、厄介ごとの種が潜んでいるようにも思えます。
 
 拝啓御起居如何に御座候哉。先日は湖村氏帰京の節、佳菓御恵投にあずかり奉萬謝候。多年の思い今日に果し申候。
 右御礼旁 敬白
  十月二十八日   常規
 
 愚庵輝師 御もと
   御佛に供へあまりの柿十五
   柿熟す愚庵に猿も弟子もなし
     釣鐘といふ柿の名もをかしく聞捨かたくて
   つりかねの蔕のところが渋かりき
  出たらめ御叱正可被下候(愚庵宛書簡 明治30年10月28日)
 
 昨夜手紙認めおわり候処、今朝湖村氏来訪御端書拝誦。御歌いずれもおもしろく拝誦仕候。失礼ながらこの頃の御和歌春頃のにくらべて一きわ目だちて覚え申候。おのれもうらやましくて何をかなと思い候えども、言葉知らねばすべもなし。さればとてこのまま黙止て過んも中々に心なきわざなめりと俳諧歌とでも狂歌とでもいうべきもの二つ三つ出放題にうなり出し候。御笑い草ともなりなんにはうれしかるべく。あなかしこ。
   十月二十九日      つねのり
   愚庵禅師 御もと
   みほとけにそなへし柿のあまりつらん我にそたひし十あまりいつつ
   柿の実のあまきもありぬかきのみの渋きもありぬしふきそうまき
   籠にもりて柿おくり来ぬふるさとの高尾の山は紅葉そめけん
   世の人はさかしらをすと酒のみぬあれは柿くひて猿にかも似る
   おろかちふ庵のあるしかあれにたひし柿のうまさのわすらえなくに
   あまりうまさに文書くことそわすれつる心あるごとな思ひ吾師
 発句よみの狂歌いかが見給うらむ(愚庵宛書簡 明治30年10月29日)






最終更新日  2021.11.18 19:00:08
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