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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.01.17
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カテゴリ:夏目漱石
 余のいわゆる超自然的材料中には単に宗放的、信仰的材料を含むのみならず、すべての超自然的元素即ち自然の法則に反するもの、もしくは自然の法則にて解秤し能はざるものを含めばなり。例えば、……②Macbeth中の妖婆、RossettiのKing’s Tragedy中の妖婆(文学論 第一編 文学的内容の分類 第三章 文学的内容の分類及びその価値的等級)
 
 詩人Rossettiはかつていう、太陽が地球を廻るも、地球が太陽を廻るも吾が関するところにあらずと。(文学論 第三編 文学的内容のその特性 第一章 文学的Fと科学的Fとの比較一汎)
 
 Oxford学生の熱心にこの書を迎えたる意気は実に驚くべきものありき。某聯隊の如きは一人としてこれを手にせざる士官なきに至れりという。Rossetti, Wm. Morris, Burne-Jonesの徒また争って書中の主人公を取って、わがモデルとせりと称せらる。(文学論 第六編 原則の応用(四))
 
 著者は「ヲッツ、ダントン」という男だ。別段有名な人でもない。一咋年出版になった「ファーカーソン、シャープ」の文学者字彙には、一八三二年生とあるから、もう善年齢である。今までは雑誌記者をしたり、批評家になったり、またある時は「アセニーアム」へ詩稿を寄送したりなどしておったようにみえる。かつて「ロゼッチ」が、この人の詩を買讚したという話もあるが、兎に角「エイルヰン」を出すまでは、左のみ有名ではなかった。(小説『エイルヰン』の批評)
 
 次にはロセッテイーの『浄福の乙女』(The Blessed Damosel) の一節を引く。
   "We two," she said, "will seek the groves
   Where the lady Mary is,
   With her five handmaids, whose names
   Are five sweet symphonies,
   Cicily, Gertrude, Magdalen,
   Margaret and Rosalys."
 終わりの二行に列挙した五世紀六世紀の固有名詞が果たして作者自らのいう如く「五つの美しい楽の音」と聞こえるであろうか、これらの固有名詞の来歴をしって読んだなら、多少の感興を起こすに相違いない。(講義 英文学形式論)
 
 ロセッテイーの『五人の侍女』の場合も錯雑したる頭韻が使用されている。
   Cicily, Gertrude, Magdalen,
   Margaret and Rosalys(講義 英文学形式論)
 
 ロセッティとはイギリスの画家・詩人のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのことです。明治期の文壇では、画家よりも詩人として捉えられていて、漱石も『文学論』では詩「King’s Tragedy」をとりあげ、『英文学形式論』という講義では「浄福の乙女」「五人の侍女」について触れています。
 
 しかし、ロセッティは、画家として知られています。王立美術院に入学したものの、古典偏重の教育に疑問を抱き、ウィリアム・ホルマン・ハントやジョン・エヴァレット・ミレーらの友人たちとともに、初期ルネサンス絵画への回帰を掲げるラファエル前派を1848年結成しているからです。
 ラファエル前派の絵は、漱石作品に強い影響を与え、『三四郎』に登場するウォーターハウスの「人魚」や『草枕』の登場人物の那美に対するイメージとして、ミレーの「オフィーリア」などがあります。
 
 明治34年4月7日の日記には、「Denmark HillによりPeckhamのGreenを経て帰途。South L. Art Galleryに至る。Ruskin, Rossettiの遺墨を見る。面白かりし」とあり、8月3日にはカーライル博物館の後にロセッティの家を眺めています。日記には「午後Cheyne Road 24に至り、Carlyleの故宅を見る。すこぶる粗末なり。Cheyne Walkに至り、Eliotの家とD. G. Rossettiの家を見る。前のGardenにD.G.R.が噴井の上に彫りつけてある」と書いています。
 
 漱石の『夢十夜』の第一夜には、ロセッティの詩「祝福されし乙女」の影響が見えます。先に天国に逝った女性が、地上に残してきた恋人と再会する日を待つという内容の詩です。
 
 こんな夢を見た。
 腕組をして枕元に坐っていると、仰向きに寝た女が、静かな声でもう死にますという。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔かな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますとはっきりいった。自分も確かにこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。死にますとも、といいながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤いのある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮やかに浮かんでいる。
 自分は透き徹るほど深く見えるこの黒眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうにみはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわといった。
 じゃ、私の顔が見えるかいと一心に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
 しばらくして、女がまたこういった。
「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」
 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙ってうなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声でいった。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮かに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑かな縁の鋭い貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿った土の匂いもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
 それから星の破片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったんだろうと思った。抱き上あげて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
 自分は苔の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていた。そのうちに、女のいった通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女のいった通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定した。
 しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと上って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。
 自分はこういう風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。
 すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺らぐ茎の頂きに、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴たる、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。(夢十夜 第一夜)






最終更新日  2022.01.17 19:12:34
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