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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.01.19
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カテゴリ:夏目漱石
「それから、この木と水の感じ(エフフェクト)がね。――たいしたものじゃないが、なにしろ東京のまん中にあるんだから――静かでしょう。こういう所でないと学問をやるにはいけませんね。近ごろは東京があまりやかましくなりすぎて困る。これが御殿」と歩きだしながら、左手の建物をさしてみせる。「教授会をやる所です。うむなに、ぼくなんか出ないでいいのです。ぼくは穴倉生活をやっていればすむのです。近ごろの学問は非常な勢いで動いているので、少しゆだんすると、すぐ取り残されてしまう。人が見ると穴倉の中で冗談をしているようだが、これでもやっている当人の頭の中は劇烈に働いているんですよ。電車よりよっぽど激しく働いているかもしれない。だから夏でも旅行をするのが惜しくってね」と言いながら仰向いて大きな空を見た。空にはもう日の光が乏しい。
 青い空の静まり返った、上皮に白い薄雲が刷毛先でかき払ったあとのように、筋かいに長く浮いている。
「あれを知ってますか」と言う。三四郎は仰いで半透明の雲を見た。
「あれは、みんな雪の粉ですよ。こうやって下から見ると、ちっとも動いていない。しかしあれで地上に起こる颶風以上の速力で動いているんですよ。――君ラスキンを読みましたか」
 三四郎は憮然として読まないと答えた。野々宮君はただ
「そうですか」と言ったばかりである。しばらくしてから、
「この空を写生したらおもしろいですね。――原口にでも話してやろうかしら」と言った。三四郎はむろん原口という画工の名前を知らなかった。(三四郎 2)
 
 野々宮の「君ラスキンを読みましたか」というのは、ラスキンの『近代画家論』のジョン・ラスキンのことです。ラスキンは画家ではないのですが、芸術家のパトロンとなった美術評論家で、『近代画家論』の中で、雲の形についての詳細な研究を試みており、遠近感、透明感、風や光との関係に深く考察しています。
 
 ラスキンは、19世紀イギリス・ヴィクトリア時代を代表する評論家・美術評論家のウィリウム・モリスのアーツアンドクラフツ運動をバックアップし、「芸術と職人がいまだに未分化の状態で、創造と労働が同じ水準に置かれ、人々が日々の労働に喜びを感じていた時代」を実現するための精神的支柱となっています。






最終更新日  2022.01.20 14:34:40
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