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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.05.17
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   歩きながら桑の実くらう木曽路かな(明治24)
 
 明治24(1891)年6月25日、正岡子規は大学の試験を途中で放棄し、菅笠にわらじ履きの格好で木曽路の旅に出かけました。
 6月30日、子規は木曽路の途中で桑の実を見つけました。朝から雨が降っており、木曽の桟に着くと、五月雨で水かさを増しています。逆巻く川の流れを眼下に松尾芭蕉の石碑「桟やいのちを絡む蔦かづら」を見ました。
 この辺りは養蚕が盛んで、桑畑には桑の実がなっています。子規は、歩く途中で疲れると、桑の実をむさぼり食いました。桑の実を何升食べたか、子規は自分でもわからなくなったくらい食べてしまった子規なのでした。
 
○桑の実を食いし事 信州の旅行は蚕時であったので道々の桑畑はいずこも茂っていた。木曾へ這入ると山と川との間の狭い地面が皆桑畑である。その桑畑の囲いの処には幾年も切らずにいる大きな桑があってそれには真黒な実がおびただしくなっておる。見逃がす事ではない、余はそれを食い始めた。桑の実の味はあまり世人に賞翫されぬのであるが、その旨さ加減は他に較べる者もないほどよい味である。余はそれを食い出してから一瞬時も手を措かぬので、桑の老木が見える処へは横路でも何でもかまわず這入って行って貪られるだけ食った。何升食ったか自分にもわからぬがとにかくそれがためにその日は六里ばかりしか歩けなかった。寐覚の里へ来て名物の蕎麦を勧められたが、蕎麦などを食う腹はなかった。もとよりこの日は一粒の昼飯も食わなかったのである。木曾の桑の実は寐覚蕎麦より旨い名物である。(くだもの)
  
 子規の好物の桑の実は、漢方としても用いられ、焼酎に漬けて「桑酒」として薬用酒として用いられたりします。
日本においても桑は霊力があるとみなされ、薬効の優れていることからカイコとともに普及しました。古代日本では桑の木は中風を防ぐとされ、雷が落ちないように「くわばら、くわばら」と唱えるのは、そうした桑の霊力を信じてのことかもしれません。
 
 江戸時代の事典『本朝食鑑』に桑の実の薬効について書かれています。
 
[集解]これは桑の子(み)である。形状は苺に似て、円長。生は青く、熟すると紅く、紫色になる。各地に多くある。近時は毎(つね)の果とすることは少ない。但、酒に醸して飲むくらいである。
[主治]関節を利し、痺痛を止め、酒毒を解し、水腫を消す。
[発明]『四時月令』によれば、「四月に桑椹酒を飲むのがよい。百種(あらゆる)風熱(風毒より生じる熱)をよくおさめる」とあり、孟詵(もうせん)の『食療本草』によれば、「根の白皮は、一切の風気を下す」とあり、日華子の『日華諸家本草』には、葉は一切の風を治すと言い、蘇頌(そしょう)の『図経本草』によれば、校は全身の癢風(むずかゆい)・脚気・風気・四肢のひきつりを治すという。また李時珍の『本草綱目』によれば、薬を煎じるのに桑火を用いると、よく関節を利し風寒(風も寒もともに、病因としての外因中の六気の一)・湿痺(風・寒・湿の三気が合して痺となるもの)・諸痛を除くという。
 さて今、世間の人は、桑の樹葉を取り、湯をわかしたり膏を作ったりする。しかしながら、これを服用すべき場合ならば好いが、元気のすくない人や脾胃の和せざる人は、適当に斟酌すべきである。衣を染めて身に着けると風(病因としての風。風にあたるを中風という)を防ぐなどというのは、過誤である。(本朝食鑑)






最終更新日  2022.05.17 19:00:06
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