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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.05.18
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カテゴリ:夏目漱石
 青楓との交流をきっかけに漱石は絵を描こうと思い立ちます。
 
 イギリスから帰った漱石は、一志水彩画や水彩の絵葉書に夢中になりましたが、いつの間にかそのマイブームは終わっていました。青楓は、漱石の絵心に火をつけたのです。
 
 大正元年11月に、水彩で南画風の風景画「山上有山図」を描いています。
 12月2日の青楓宛の手紙で、漱石は「画はその他何も描きません。山水の方を仰に従い土手を不規則にし山を藍にし、屋根を暗い影をつけてますますきたなくしました。寺田が見て面白いが、近くで見るとびほう百出で、きたなくて見るのが厭になるといいました。私はあれをあなたの画の下の襖ヘピンで張りつけて、次の間の書斎から眺めてそうして愉快がっています。すると小宮が褒めます。岡田がほめます。実に天下は広いものであります」と書いてあり、青楓の指導の賜物で絵が完成したことがわかります。
 
 大正2年7月20日、漱石は絵を描こうと決意します。そこで、青楓に「油絵の絵具を買うことが出来ます。いつか一所に行って買って下さいませんか。油絵をかいてみようという心持はまだ起らないのですから、決して急ぐ必要はないのですから、あなたのいつでも気の向いた時で結構であります」と青楓を急かしました。そして二人で絵の具を買いに行ったらしく、25日にはお礼の手紙を送りました。「先達中より絵の具などのことにて種々御配慮を煩わし恐縮の至に候。何か御礼を致そうと思い候えども、これという思いつきもなく候。この間古道具屋であなたの賞めた皿五枚を差上ることに致しました。わざわざ持って行くのも臆劫故、今度御出の節献上致度と存候。あの箱の上書には乾山向付と有之候が、乾山がこんな皿を作るものにや、または皿の種類の名にや不明に候」。
 
 この経緯を青楓は『漱石と十弟子』「源兵衛の散歩」に認めています。
 
「先生は古いものがお好きですね。穴八幡の下に光琳風の二枚折がありますが、先生お買いになってはどうです」
「いくらだ」
「十五円とか言っていましたが、紫陽花や立葵なんかの草花が描いてあるんですが、多分、其一とかいう光琳の弟子でしょう」
「散歩に出て、そいつを見ようか」
 それから漱石先生と津田の二人は散歩に出かけた。津田はその日の日記を次のように書いた。
 
 今日漱石先生と源兵衛を散歩す。その前、穴八幡前の古道具屋に寄り、その節見ておいた其一の二枚折屏風を先生にすすめて買わせる。十五円をなにがしかまけさせる。
 源兵衛という処は、生垣をめぐらした家が多く、なかには藁葺の大きな屋根の家があり、欅の大木が屋根にかぶさって、田舎だか町なのか分らない。コスモスの花や、葉鶏頭の眼のさめるような色が、垣根のあいだから、ちらちら見える処があった。
 漱石先生は源兵衛という名前が面白いといわれるから、私の親爺の名前と同じですというと、君の親爺の商売は何だといわれるので、一寸厭だったが思い切って、花屋です、店では花屋で奥では生花の先生です、親爺は店に出ると花源の親爺で、源兵衛さん、源兵衛さんと人は呼ぶんですが、奥へ行くと一葉先生で、風雅な風采をして、急須からしぽり落した茶ばかりすすっています。それだから僕を学校へもやってくれないで、小学校を出ると丁稚にやらされて、それがいやだから家を飛び出して、それからは孤児のように、そこいらをうろつぎまわって、自分でやっと今までこぎつけたのです。百合子は親爺の秘蔵児で可愛がられてすきなようにして育ったものですから、私のような人間とはなかなかうまくゆきっこありませんよ。
 そんな話をして、二人で生垣のあいだをぶらぶら歩いていた。
先生がふん、ふんいって聞いていられるものだから、調子に乗っていろんなことを、喋舌ってしまった。そしてしまいに、先生は何を思われたのか、俺も画をかくから、油絵の道具を一式そろえて買ってきてくれなんて、私と競争でもするような意気込みだった。(津田青楓 漱石と十弟子 源兵衛の散歩)
 
 この後に、漱石は何枚かの油絵を描きますが、性に合わなかったのかやめてしまいます。そして、南画のような絵を描き始めるのです。






最終更新日  2022.05.18 19:00:11
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