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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.05.23
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カテゴリ:夏目漱石
 大正2年9月2日の、漱石の青楓宛ての手紙には「今日の朝日新聞の文芸という六号活字に、夏目漱石氏津田青楓氏について油画を研究中だ、同氏は青い色が大変すきで如何なる悪縁か画を描かずにはいられないそうだとありました、この悪縁をつくったものはあなたでしょうか、私でしょうか、この間、社のものが来たから油画を見せてやりました。それでこんなことをかいたものでしょう。俗人だから下手なのに得意で見せるとでも早合点したのでしょう」とあります。
  
 青楓が漱石の油絵について書いた文が『漱石と十弟子』にありますので、今日はこれをご紹介します。
 
 津田が先生から頼まれた油絵の道具を買って漱石山房に現われたのは、木曜日ではなく、余り面会人のこない、ただの日であった。
 漱石先生は日課の小説がちょうど終ったところらしく津田を書斎に迎えて、道具の遣い方の説明をきいたのち、
「じゃ早速今からやってみよう。君も一緒にやってくれ」
 津田は書斎の中をぐるぐる見て廻って、何をモデルに使うべきかを捜して歩いた。先生の書斎にはいろんなものがあった。その大半は書物であったが、窓ぎわに置かれた大形の机の上には、海鼠の角の瓶掛けに、ぐるぐる巻いた紙だの団扇だの、大きな筆だのがあり、その横には硯石だの筆筒だの、それからまた拓本が五六冊も積みかさねられてあり、それに続いて佩文斎書譜の箱が匠かれ、その上には玉の筆洗のようなものがあったりして、雑然としている。しかしどれもこれも帯には短くたすぎには長過ぎて、仲々適当なものが見付からない。
 そこで津田は、この前京都からのお土産に持ってきた五条坂の宇野仁松の青磁の花瓶を持ち出して庭に出た。庭からは紫陽花の一枝をきってきて、それに挿した。
「これを先生やりましょう」
「うんよかろう」
「大体わたしがやりますが、最初鉛華で輪廓をとっておいて、色を塗るんです。鉛筆のときに成るたけ丁寧に正確にやっておいた方があとが楽です。下書きがまちがっていると、肝腎の色を塗るとき形の訂正ばかりしていなければならないので、その方に気をとられ勝ちになって、美しい色を出そうとする苦心がおろそかになって、色が濁ってしまうんです。。まあ諧釈はあとにして、とにかくやってみましょう」
 そんな程度のことを話しながら津田自らもかき、漱石先生もつづいて始められた。先生はこういう時は、まことに素直で、決して我意を出されるようなことはなかった。津田は絵になる過程をただ先生に見せるだけなのだから、気軽な気持でどんどん自分のだけは進行させた。そして画をかきながら、自分の信条をぽちぽち述べた。
「デッサンの勉強というものは限を勉強させることなんですね。最初のうちは色にしても形にしても大ざっばにしか物が見えない限が、デッサンをやっているうちに段々訓練されて、次第に見えなかったものが見えるようになるんですね。だから紙の上に塗りかさねる木炭は、いつまでも進行しなくったっていいんです。むしろ捗らない方がいいんですね。ところが初学者や素人になると紙の上の進行ばかしを気にするんで、眼の方は少しも進歩しないで元の程度のところにあることに気がつかないで、紙の上で画が整い、でき上ってゆくことが勉強だという風に誤解するものだから、ほんとの進歩ではありませんね」
「二十度ぐらいの視力しかない者が、二十三度位の視力があるようにうぬぽれて描くものですから、結局ゴマカシになるんですね。進歩を欲しなければ、むしろ視力相応に描いた画の方が真実性があるからみよいです」
 そんなお喋りしながら、二人は静かな書斎で画をかいていた。
 時折、腕白らしい子供が縁側に現れ扉の入口から内を覗き込んで、
「いやあ、画を描いてらあ。僕もかきたいなあ」
「なんだい、空気銃なんか振りまわしやがって、むこうへ行っとれ」
 漱石先生がそういわれると、子供は、
「画の方が面白いや。津田さんの方が綺罷じゃないかい。お父さんのはバカデカイなあ」
「生意気いうな。むこうへ行っとれ」
 そんな程度でその日は了ってしまった。
 津田は漱石先生が今までの画の経験がどの程度か、また先生が画についてどんな考えでいられるのかも、くわしくは知らなかった。むしろ暗中模索で、機会あるごとに先生の意見を知りたがっていた。先生の画の経験は、これまで水彩画をいたずらされたり、また絵葉書をかいて友逹と往復されたりしていたという話をきいているだけで、津田にはその技術がどの程度かは少しも知らされていなかった。
 津田は元来少し頑固といってもいいぐらいの写実主義者になり切っていて、なんでもかんでも自然ととり組んで、隅から隅まで徹底的に写さなければ駄目だ。そこに進歩があり、上達がある。もし自然を最初から馬鹿にしてかかって、自分の頭をはたらかして面白がっていたら、金魚鉢に飛び込んだ蛙のようなもので、ぐるぐるその周囲をうろつくだけで、どうにもならない。自然にひざまづいて、自分はどこまでも自然の奴隷になっていることが、かえって未来への世界が段々ひろがってゆく所以だという風に固く信じ、かつ守りつづけて含た彼であった。だから彼は書道に対しては真剣でうわついた心は少しもなかった。従って漱石先生に対しても融通性がなく、自分の所信を正直に披瀝するだけだった。
「君、この色は一体なにで出すんだ」
「その壺は厄介な色ですね。ウルトラマリンを基調にしてーー多少のホワイトとオークルジョンをまぜてーーこの宇野は青磁のイミテーションをこさえることが上手な奴なんで、それをアメリカや欧羅巴へ輸出しているんですよ。こいつはそのハネなんですよ。どこか不出来なところがあるんでしょう」
「陰の色は君、どうするんだい」
「そりや、先生の陰は暗すぎますよ。陰に黒なんかあんまり使うと、きたならしくなりますよ。大体陰というと陰全体を暗く塗ってしまわれますが、陰のなかにも相当明るいところがあります。明と暗との境が一番暗いのですが、他は反射があって割合に明るいんです。ーーああ、そう先生のように矢鱈に塗ってしまうと訂正ばかりすることになって、画面が汚くなりますよ」
「君、このブラシはいやに硬いね。まるでササラだね」
「そりゃ、豚毛ですよ。かた過ぎますよ。こちらの方のリスがいいでしょう」
「君は青い壺が好きだね」
「いや特に好きということもないんですが、浅井忠先生が宇野仁松を贔屓にしていらっして、青い壺がお好きだったんですよ」
「形が西洋臭いね」
「色も少し西洋人向きで、ほんとの支那の青磁のような落付きと、品格のないところが物足りないですね」
「ケトウは品格なんか問題にしないんだろう」
「京都のどこかのお寺ーー毘沙門堂だったかにある鼓胴の花瓶はいい色をしてますね」
「毘沙門堂かなんだか知らないが、あんな品格が西洋画では出るかね」
「さあ出んこともないでしょうが、西洋人はああいう品格を絵画には求めていないんじゃないですか。一体陶器でも彫刻でも、ちゃんとできあがった芸術品をまた絵にして、芸術化するということはむつかしいことで、いわば余計なことじゃないんですか。同じ陶器を描くにしても、できそこねとか貿易物のハネとか、貧乏徳利のようなものをかいて芸術化する処に、画家の意義が発生するんではないでしょうか。先生にこんなこと言っちゃ笑われるかも知れませんが」
「えらい処で貧乏徳利を逆襲してきたな。西洋画かきが日本画をかいたらどうだ」
「こんど中央美術社でそんな企てをやるんで、私も出品してみようかと思っています」
「君は現代日本画家は誰がいいと思う」
「大観も栖鳳も駄目ですね。技巧ばかりが達者になって真実がぬけ殻になっているじゃありませんか。一切を御破算にして自然に還れといいたくなりますね。技巧はなくてもインスピレーションを強調しているのは子供の画ですね。子供の画にはなにかしらんが、大人や専門の画家が教えられます」
「日本画家は技巧ばかしで綺麗に仕上げることばかり勉強して、自然を研究することを忘れているから、干菜子や石版摺のような画ばかしができあがるんです」
「西洋画家の新日本画が発表されたら、日本画家もちったあ剌戟されて改良されるだろう」
「租も大いにやろうと思っています」(漱石と十弟子 漱石先生の油絵)

 この画は、「樹下石上に脆座している聖人」は大正2年の夏に描かれた「樹下釣魚図」、大正3年7月の「、木賊の中に変なかっこうをしてうづくまっている。眼があるから猫」というのが「あかざと黒猫」、「柿の木に鴉が二羽休息している」というのは、現在残されていないようです。






最終更新日  2022.05.23 19:00:08
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