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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2022.07.02
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カテゴリ:正岡子規
   ナリ初メシ自家ノ葡萄ヲ侑メケリ(明治35)
 
 この句は、明治35年9月9日に「日本新聞」へ掲載した句です。他には「黒キマデニ紫深キ葡萄カナ」「吹キ下ス妙義ノ霧ヤ葡萄園」という、句がありました。死が近づく10日前の葡萄です。この日は、坂本四方太が手土産に葡萄を携えてきました。「道で買ってきた甲州葡萄を出したら、これはよく熟しとるというて、一房取って食べられていたが、急に顔をしかめて大声にいかんいかんいかんと言われるから、何事かと思うとすなわち下痢が始まったのだ。」と坂本四方太著『思い出るまま』にあります。子規は、好きな葡萄が食べられないほど、体の調子を崩していたのでした。
 しかし、子規はやはり葡萄を食べたいと考えていました。この年の9月20日、子規の死の1日後に発刊された「ホトトギス」第5巻第11号に『九月十四日の朝』という文が掲載されています。朝、蚊帳の中で目を覚ました子規は、喉が乾いて甲州葡萄を食べました。
 
『九月十四日の朝』(「ホトトギス」明治35年9月20日発表)には「朝蚊帳の中で目が覚めた。なお半ば夢中であったがおいおいというて人を起した。次の間に寐ておる妹と、座敷に寐ておる虚子とは同時に返事をして起きてきた。虚子は看病のためにゆうベ泊ってくれたのである。雨戸を明ける。蚊帳をはずす。この際余はロの内に一種の不愉快を感ずると共に、喉が渇いて全く湿いのない事を感じたから、用意のために枕許の盆に載せてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持がした。かくてようように眠りがはっきりと覚めたので、十分に体の不安と苦痛とを感じてきた」とあります。死を間近に控えた子規は、足が晴れ上がり、全く動かなくなっていました。しかし、葡萄を食べて「金茎の露一杯」と感じ、「秋の涼しさは膚に浸み込むように思うて、何ともいえぬよい心持」を楽しんだのでした。
 
 朝蚊帳の中で目が覚めた。なお半ば夢中であったがおいおいというて人を起した。次の間に寐ている妹と、座敷に寐ている虚子とは同時に返事をして起きて来た。虚子は看病のためにゆうベ泊ってくれたのである。雨戸を明ける。蚊般をはずす。この際余はロの内に一種の不愉快を感ずると共に、喉が渇いて全く湿いのない事を感じたから、用意のために枕許の盆に載せてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持がした。かくてようように眠りがはっきりと覚めたので、十分に体の不安と苦痛とを感じて来た。今人を呼び起したのも勿論それだけの用はあったので、直ちにうちの者に不浄物を取除けさした。余は四、五日前より容態が急に変って、今までも殆ど動かすことの出来なかった両脚が、俄に水を持ったように膨れ上って一分も五厘も動かすことが出来なくなったのである。そろりそろりと脛皿の下へ手をあてどうて動かして見ようとすると、大磐石の如く落着いた脚は非常の苦痛を感ぜねばならぬ。余はしばしば種々の苦痛を経験したことがあるが、この度のような非常な苦痛を感ずるのは始めてである。それがためにこの二、三日は余の苦しみと、家内の騒ぎと、友人の看護かたがた訪い来るなどで、病室には一種不穏の徴を示している。昨夜も大勢来ておった友人(碧梧桐、鼠骨、左千夫、秀真、節)は帰ってしもうて余らの眠りに就たのは一時頃であったが、今朝起きて見ると、足の動かぬことは前日と同しであるが、昨夜に限って殆ど間断なく熟睡を得たためであるか、精神は非常に安穏であった。顔はすこし南向きになったままちっとも動かれぬ姿勢になっておるのであるが、そのままにガラス障子の外を静かに眺めた。時は六時を過ぎた位であるが、ぼんやりと曇った空は、少しの風もない甚だ静かな景色である。窓の前に一間半の高さにかけた竹の棚には葭簀が三枚ばかり載せてあって、その東側から登りかけておる糸瓜は、十本ほどのやつがみな瘠せてしもうて、まだ棚の上までは得取りつかずにいる。花も二、三輪しか咲いていない。正面には女郎花が一番高く咲いて、鶏頭はそれよりも少し低く五、六本散らばっている。秋海棠はなお衰えずにその梢を見せておる。余は病気になって以来、今朝ほど安らかな頭を持て、静かにこの庭を眺めたことはない。うがいをする。虚子と話をする。南向うの家には尋常二年生位な声で本の復習を始めたようである。やがて納豆売が来た。余の家の南側は小路にはなっておるが、もと加賀の別邸内であるので、この小路も行きどまりであるところから、豆腐売りでさえ、この裏路へ来ることは極て少ないのである。それでたまたま珍らしい飲食商人が這入って来ると、余は奨励のためにそれを買うてやりたくなる。今朝は珍らしく納豆売りが来たので、邸内の人はあちらからもこちらからも納豆を買うておる声が聞える。余もそれを食いたいというのではないが、少し買わせた。虚子と共に須磨にいた朝のことなどを話しながら外を眺めていると、たまに露でも落ちたかと思うように、糸瓜の葉が一枚二枚だけひらひらと動く。その度に秋の涼しさは膚に浸み込むように思うて、何ともいえぬよい心持であった。何だか苦痛極って暫く病気を感じないようなのも不思議に思われたので、文章に書いて見たくなって余は口で綴る、虚子に頼んでそれを記してもろうた。筆記しおえた処へ母が来て、ソップは来ておるのぞなというた。(九月十四日の朝)






最終更新日  2022.07.02 19:00:05
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