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土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

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2021.09.30
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 今回は、10月1日発売の雲水舎の本のCMです。
 
 瀧津孝氏と越智魔琴氏の作品を紹介させていただきます。
 

 
 瀧津 孝は、『戦国ぼっち』で知られる歴史ファンタジー作家。小説や歴史読本の分野では、エンターテインメント性を重視し、「ハラハラ、ワクワク、ドキドキ」を演出する独特のテクニックでファンから支持されています。新たにジュブナイル小説や本格的な歴史・時代小説にもこのレーベルを通じてチャレンジ。株式会社雲水舎代表取締役。
《得意分野》
□歴史ファンタジー小説
□日本史激動期(戦国・幕末・太平洋戦争等)研究
□ジュブナイル小説
□歴史・時代小説
 瀧津孝氏の『電脳クエスト』は、2019年に発売された長編小説「げえむの王様〜復活を賭ける弱小ゲーム会社に未来は訪れるのか?〜」(銀河企画)に加筆・修正を加え、表紙イラストや組版などを変更し、改題した新装電子書籍版。
 華やかでエネルギッシュなイメージをまとう日本のコンピュータゲーム産業を題材に、知られざる「舞台裏」や「闇の部分」にスポットを当て、困難な企業再生の道のりを描く経済エンターテインメント作品です。
 
 かつてジャパニーズドリームの代名詞とも評され、世界を席巻した日本の家庭用コンピュータゲーム。飛ぶ鳥落とす勢いだった巨大市場がスマートフォン用ゲームアプリや動画配信サービスなどの勢いに押され、凋落に拍車をかけつつあった2012年、倒産の危機に瀕する弱小ゲームメーカーが、数々の障害に直面しながら復活を目指す再生の物語となっています。
 
 越智魔琴氏は、経歴など不明。
 地域の民俗や伝承研究の成果をホラー小説として執筆。また、70年代の風俗や時代性を取り込んだユーモア溢れる青春小説にも取り組み、ホラー小説家とは違う一面を見せてくれます。
《得意分野》
□ホラー小説
□1970年代を舞台にした青春小説
 

 
 越智魔琴氏の『京都同やんグラフィティ 青雲編』は、1973年、瀬戸内海の小都市から京都に出てきた主人公の越智誠が織りなす、ハチャメチャ青春ストーリー。
「同やん」と呼ばれる大学に入った誠は、目的がないままに京都での下宿生活を過ごしています。さまざまな事件が降りかかった1年間の生活で、誠は何を得たのでしょうか。
「70年代の青春は、バカっぽいけど、なぜか心が熱くなる」をテーマとしています。
 当時の生活や事件、ファッションなどをちりばめた、面白くて、どこか儚い青春ストーリーをお楽しみください。






最終更新日  2021.09.30 19:00:05
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2021.09.29
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今回は、前回に続いて僕の本のコマーシャルです。
 
10月1日に僕の『もののけ談義・前編』という本がアマゾンより発売されます。(予約可)
定価は300円(税込)です。
 

 
『もののけ談義・前編』の内容は、次の通りです。
 
 愛媛に残る妖怪や幽霊の伝説を中心に、その中に秘められた昔の人々の体験や知識、生活の知恵を紹介。様々な妖怪に姿を変えた風土と人間心理を詳しく解説します。『マンガで読み解く愛媛の伝説〜妖怪篇〜』を電子書籍化のために再編集しました。前編は、第一章は「川辺・海辺の妖怪」、第二章は「山の妖怪」がイラストとマンガでわかりやすく紹介されています。面白くて、びっくりすることが続々登場するエデュテインメント本です。
※エデュテインメントとはエデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語です。
  
目次はこのようになっています。
 
はじめに
第一章 川と海の妖怪
 エンコ(河童)
 龍・大蛇
 牛鬼
 船幽霊・あいぞうの火・大ダコ・小豆とぎ
第二章 山の妖怪
 えひめの天狗伝説
 山姥
 サトリ・アマンジャク
 ヤマイヌ
 ジキトリ・ノツゴ・ウブメ・夜雀
 
詳しい内容や立ち読み、アマゾンへの入り口は、以下のサイトにあります。
※どいなか主義HPは​​こちら​






最終更新日  2021.09.29 19:00:07
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2021.09.27
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今日と明後日は、僕の本のコマーシャルです。
 
10月1日に僕の『湯けむり漱石』という本がアマゾンより発売されます。(予約可)
この内容は以下の通りです。定価は800円(税込)です。
 
『湯けむり漱石』の内容は、次の通りです。
 

 
 夏目漱石は、23歳の時に眼病治療で姥子温泉に湯治に行ったのを皮切りに、49歳の湯河原逗留まで、数多くの温泉に出かけました。九州、四国、近畿、関東、中部などの温泉はいうに及ばず、満韓の湯にまで浸かり、さまざまな温泉を体験しています。運命のいたずらなのか、温泉に出かける頃になると、漱石にはさまざまな事件が降りかかってきました。初恋の破綻、都落ち、新婚旅行、初めての小説、朝日新聞への入社、生死をさまよう大患、芸妓への恋慕などの多彩な出来事が、温泉体験とともに漱石の人生に訪れてきたのです。
 本書では、それらの温泉への旅を17章に分け、その時々の漱石の姿を浮き上がらせます。
 温泉のようにリラックスできる本、心を温めてくれる本を目指し、四コママンガを配して、より分かりやすく、より楽しめることを目指しています。これぞエデュテインメント本の真骨頂です。
※エデュテインメントとはエデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語です。
 
目次はこのようになっています。
 
はじめに
第1章 姥子温泉 トラホーム治療に訪れた温泉
第2章 伊香保温泉 温泉でも癒せなかった漱石の失恋
第3章 道後温泉 田舎への嫌悪を忘れさせてくれる温泉
第4章 二日市温泉・船小屋温泉 新婚旅行で訪ねた福岡の温泉
第5章 小天温泉 『草枕』に描写された俳味溢れる温泉
第6章 戸下温泉・阿蘇内牧温泉 『二百十日』に結実した阿蘇の温泉
第7章 諏訪山温泉 ロンドンに向かう旅の途中の温泉
第8章 カルルスバード、バース ロンドンでの温泉への見果てぬ夢
第9章 東京の銭湯 『猫』に描かれた東京の銭湯
第10章 嵐山温泉 朝日新聞訪問のついでに立ち寄った京都の温泉
第11章 熊岳城温泉・湯崗子温泉・五龍背温泉 招かれた旅で巡った満韓の温泉
第12章 修善寺温泉 胃病で生死をさまよった温泉
第13章 上諏訪温泉 長野の講演旅行で浸かった温泉と雛子の死
第14章 塩原温泉郷・上林温泉・渋温泉・赤倉温泉 是公とともに大正最初の温泉ざんまい
第15章 宇治温泉 文学芸妓・多佳への想い
第16章 湯河原温泉・伊豆山温泉・宮ノ下温泉 是公とともに東京近郊の温泉巡り
第17章 湯河原温泉 腕の痛みの原因は、リウマチならぬ糖尿病
 
詳しい内容や立ち読み、アマゾンへの入り口は、以下のサイトにあります。
※どいなか主義HPは​​こちら​​






最終更新日  2021.09.27 19:00:05
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2021.09.01
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 Amazonで今日から『西洋料理好き漱石』と『呪術都市松山』が発売されました。売れているかどうか、とても不安です。
 
   配所には干網多し春の月  漱石(明治29)
   干網に立つ陽炎の腥き  漱石(明治29)
 
 漱石作品には「干網」は出てきませんが「網」なら『彼岸過迄』と『道草』に出てきます。
『彼岸過迄』は千代子とともに船に乗って出かけた時の様子に魚が取れる投げ網の様子が描写されています。
『道草』は、養子先の島田に洗えられたものの回想の中に、海に連れて行ってもらった思い出があり、そこで網の描写があります。もので縛りつけようとする島だけの様子もまた、網で取られる魚と同じ状態であることを示しています。漱石の魚嫌いは、そうした記憶によるものでしょうか。
 
 叔父は船頭に向って蛸はもうたくさんだといった。船頭は帰るのかと聞いた。向うの方に大きな竹籃のようなものが二つ三つ浮いていたので、蛸ばかりで淋しいと思った叔父は、船をその一つの側へ漕ぎ寄せさした。申し合せたように、舟中立ち上って籃の内を覗くと、七八寸もあろうという魚が、縦横に狭い水の中を馳け廻っていた。そのあるものは水の色を離れない蒼い光を鱗に帯びて、自分の勢で前後左右に作る波を肉の裏に透すように輝やいた。
「一つ掬って御覧なさい」
 高木は大きな掬網の柄を千代子に握らした。千代子は面白半分それを受取って水の中で動かそうとしたが、動きそうにもしないので、高木はおのれの手を添えて二人いっしょに籃の中をおぼつかなく攪き廻した。しかし魚は掬えるどころではなかったので、千代子はすぐそれを船頭に返した。船頭は同じ掬網で叔父の命ずるままに何疋でも水から上へ択り出した。僕らは危怪な蛸の単調を破るべく、鶏魚、鱸、黒鯛の変化を喜こんでまた岸にのぼった。(彼岸過迄 雨の降る日 24)
 
 健三は昔その人に手を引かれて歩いた。その人は健三のために小さい洋服を拵えてくれた。大人さえあまり外国の服装に親しみのない古い時分のことなので、裁縫師は子供の着るスタイルなどにはまるで頓着しなかった。彼の上着には腰のあたりに釦(ボタン)が二つ並んでいて、胸は開いたままであった。霜降の羅紗(ラシャ)も硬くごわごわして、極めて手触が粗かった。ことに洋袴(ズボン)は薄茶色に竪溝の通った調馬師でなければ穿かないものであった。しかし当時の彼はそれを着て得意に手を引かれて歩いた。
 彼の帽子もその頃の彼には珍らしかった。浅い鍋底のような形をしたフェルトをすぽりと坊主頭へ頭巾のように被るのが、彼に大した満足を与えた。例の如くその人に手を引かれて、寄席へ手品を見に行った時、手品師が彼の帽子を借りて、大事な黒羅紗の山の裏から表へ指を突き通して見せたので、彼は驚ろきながら心配そうに、再びわが手に帰った帽子を、何遍か撫でまわして見たこともあった。
 その人はまた彼のために尾の長い金魚をいくつも買ってくれた。武者絵、錦絵、二枚つづき三枚つづきの絵も彼のいうがままに買ってくれた。彼は自分の身体にあう緋縅しの鎧と竜頭の兜さえ持っていた。彼は日に一度位ずつその具足を身に着けて、金紙で拵えた采配を振り舞わした。
 彼はまた子供の差す位な短かい脇差の所有者であった。その脇差の目貫は、鼠が赤い唐辛子を引いて行く彫刻で出来上っていた。彼は銀で作ったこの鼠と珊瑚で拵えたこの唐辛子とを、自分の宝物のように大事がった。彼は時々この脇差が抜いて見たくなった。また何度も抜こうとした。けれども脇差はいつも抜けなかった。――この封建時代の装飾品もやはりその人の好意で小さな健三の手に渡されたのである。
 彼はまたその人に連れられて、よく船に乗った。船にはきっと腰蓑を着けた船頭がいて網を打った。いなだの鰡(ぼら)だのが水際まで来て跳ね躍る様が小さな彼の眼に白金のような光を与えた。船頭は時々一里も二里も沖へ漕こいで行ってかいずというものまで捕った。そういう場合には高い波が来て舟を揺り動かすので、彼の頭はすぐ重くなった。そうして舟の中へ寐てしまうことが多かった。彼の最も面白がったのは河豚の網にかかった時であった。彼は杉箸で河豚の腹をかんから太鼓のように叩いて、その膨れたり怒ったりする様子を見て楽しんだ。……
 吉田と会見したあとの健三の胸には、ふとこうした幼時の記憶が続々湧いて来ることがあった。すべてそれらの記憶は、断片的な割に鮮明に彼の心に映るものばかりであった。そうして断片的ではあるが、どれもこれも決してその人と引き離すことは出来なかった。零砕の事実をたぐり寄せれば寄せるほど、種が無尽蔵にあるように見えた時、またその無尽蔵にある種のおのおののうちには必ず帽子を披らない男の姿が織り込まれているということを発見した時、彼は苦しんだ。(道草 15)






最終更新日  2021.09.01 19:00:06
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2021.08.31
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10月に予定している電子本は、
『〜湯けむりの向こうに夏目漱石の真実が浮かぶ〜湯けむり漱石』と『〜愛媛を中心とした妖怪・幽霊伝説とその不思議〜もののけ談義』の2冊です。
 

  
『湯けむり漱石』の内容は、次の通りです。
 
 夏目漱石は、23歳の時に眼病治療で姥子温泉に湯治に行ったのを皮切りに、49歳の湯河原逗留まで、数多くの温泉に出かけました。九州、四国、近畿、関東、中部などの温泉はいうに及ばず、満韓の湯にまで浸かり、さまざまな温泉を体験しています。運命のいたずらなのか、温泉に出かける頃になると、漱石にはさまざまな事件が降りかかってきました。初恋の破綻、都落ち、新婚旅行、初めての小説、朝日新聞への入社、生死をさまよう大患、芸妓への恋慕などの多彩な出来事が、温泉体験とともに漱石の人生に訪れてきたのです。
 本書では、それらの温泉への旅を17章に分け、その時々の漱石の姿を浮き上がらせます。
 温泉のようにリラックスできる本、心を温めてくれる本を目指し、四コママンガを配して、より分かりやすく、より楽しめることを目指しています。これぞエデュテインメント本の真骨頂です。
※エデュテインメントとはエデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語です。
 
目次はこのようになっています。
 
はじめに
第1章 姥子温泉 トラホーム治療に訪れた温泉
第2章 伊香保温泉 温泉でも癒せなかった漱石の失恋
第3章 道後温泉 田舎への嫌悪を忘れさせてくれる温泉
第4章 二日市温泉・船小屋温泉 新婚旅行で訪ねた福岡の温泉
第5章 小天温泉 『草枕』に描写された俳味溢れる温泉
第6章 戸下温泉・阿蘇内牧温泉 『二百十日』に結実した阿蘇の温泉
第7章 諏訪山温泉 ロンドンに向かう旅の途中の温泉
第8章 カルルスバード、バース ロンドンでの温泉への見果てぬ夢
第9章 東京の銭湯 『猫』に描かれた東京の銭湯
第10章 嵐山温泉 朝日新聞訪問のついでに立ち寄った京都の温泉
第11章 熊岳城温泉・湯崗子温泉・五龍背温泉 招かれた旅で巡った満韓の温泉
第12章 修善寺温泉 胃病で生死をさまよった温泉
第13章 上諏訪温泉 長野の講演旅行で浸かった温泉と雛子の死
第14章 塩原温泉郷・上林温泉・渋温泉・赤倉温泉 是公とともに大正最初の温泉ざんまい
第15章 宇治温泉 文学芸妓・多佳への想い
第16章 湯河原温泉・伊豆山温泉・宮ノ下温泉 是公とともに東京近郊の温泉巡り
第17章 湯河原温泉 腕の痛みの原因は、リウマチならぬ糖尿病
 
『もののけ談義』の内容は、
 
 愛媛に残る妖怪や幽霊の伝説を中心に、その中に秘められた昔の人々の体験や知識、生活の知恵を紹介。様々な妖怪に姿を変えた風土と人間心理を詳しく解説します。
 第一章は「川辺・海辺の妖怪」、第二章は「山の妖怪」、第三章は「里の妖怪」、第四章は「幽霊」とし、カッパや天狗、山姥、タヌキ、化け猫、お菊井戸、ミサキなどの妖怪や幽霊を、イラストとマンガでわかりやすく紹介しています。面白くて、びっくりすることが続々登場するエデュテインメント本です。
 
目次は
 
はじめに​
第一章 川辺・海辺の妖怪
 エンコ(河童)/龍・大蛇/牛鬼/海や川の伝説
第二章 山の妖怪
 天狗//山姥・サトリ・アマンジャク/ヤマイヌ/ジキトリ・ノツゴ・ウブメ・夜雀の伝説
第三章 里の妖怪
 狸/化け猫/蜘蛛/高坊主・大人/首無し馬
第四章 幽霊
 お菊井戸/ミサキ/偉人の幽霊話/楠木正成と学信の幽霊譚/妬みと嫉みは幽霊話の温床/六部殺し・肉つきの面/幽霊の片袖・松音の生首
第五章 妖怪とつきあう
 疫病退散と妖怪/疫鬼や魔ものから逃れる方法
 
これから毎月2冊ずつ発刊しようと考えています。
乞うご期待ください。
 
詳しくはHP「​どいなか主義​」でどうぞ。









最終更新日  2021.08.31 19:00:06
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2021.08.30
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今日と明日は、僕の本のコマーシャルです。
 
9月1日に僕の『西洋料理好き漱石』という本がアマゾンより発売されます。(予約可)
この内容は以下の通りです。定価は800円(税込)です。
 
 夏目漱石が愛した西洋料理から、漱石の真実の姿をあぶり出す一冊。漱石と西洋料理に関するエピソードや裏話、西洋料理の成立、料理の誕生秘話などのうんちくとともに、西洋料理が登場する漱石作品の魅力を感じていただけます。漱石の人生と西洋料理の関係を深く知るための「第一章 漱石の人生と西洋料理」、肉料理と漱石のエピソードをまとめた「第二章 肉食系漱石」、漱石作品に登場する西洋料理とその成立を綴った「第三章 漱石作品と西洋料理」で構成され、四コママンガを配して、より分かりやすく、より楽しめることを目指したエデュテインメント本です。漱石を身近に感じたい人にぴったりです。
※エデュテインメントとはエデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語です。
 
目次は以下の通りです。
 
はじめに
第一章 漱石の人生と西洋料理
 洋食マナーの変遷/外国人教師マードックのフライド・エッグ/正岡子規に奢ってもらった洋食/イギリス留学直前の洋食マナー/コロンボのホテルで食べたカレーライス/ロンドンのサンドイッチ/ロンドンのクリスマス・ディナー/イギリス時代の日記に見る紅茶とティーパーティ/ロンドンで会った味の素の父/フィンガーボウルの譬え/総理大臣と文部大臣の料理の差/漱石のタバコとマナー/修善寺の大患とソップ/子供たちに対する洋食マナー/築地精養軒のピーナッツ/漱石臨終の葡萄酒
第二章 肉食系漱石
 肉食の歴史/学生時代の漱石と牛肉/ロンドン時代の漱石と牛肉/作家時代の漱石と牛肉/漱石のビフテキ賛歌/牛肉と馬肉の違い/猪肉の入った雑煮と猫/食牛会と肝臓会/漱石と豚/野鳥料理の歴史/大宮と旅順のウズラの味/装丁者が振る舞った雁/門人の借金とヤマドリ/木曜会と川鉄の鳥鍋/大谷繞石とツグミ
第三章 漱石作品と西洋料理
 吾輩は猫である:トチメンボー/吾輩は猫である:牛肉と西川/吾輩は猫である:牛鍋のいろは/草枕:サラダとサラド/野分:ミルクホール/虞美人草:食堂車とハム/虞美人草:ロシア料理/三四郎:マカロニ/それから:チーズ/それから:ビアホール/行人:平野水/道草:牛乳/明暗:トースト
 
今までにこのブログに書いたことのある内容ですが、情報を精査して文章を手直し、それに漫画をつけたものです。
 
また、他にも僕の『呪術都市・松山』がアマゾンで販売されます。定価は500円(税込)です。
 
 土井中照の実質的商業出版デビュー作。地方出版のためにあまり流通せず、埋もれてしまった名著『風水都市・松山の秘密』を発掘しました。
 加藤嘉明、蒲生忠知、久松松平家と続く松山の藩主たちが、領地を繁栄させるために施した、それぞれの呪術を紹介するとともに、藩主たちがつくりあげた不思議な「形」を解説します。風水や陰陽道をベースとした呪術の持つチカラを知ることができる、エデュテインメント本の名にふさわしい一冊です。
※エデュテインメントとはエデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語です。
 
はじめに
第一章 鰯の頭も信心から
 怨霊に彩られた日本の歴史/武将たちの信仰/加藤嘉明と松山城の履歴書
第二章 風水、陰陽道とは
 夢のチカラ/陰陽五行について/風水について/四神相応とは何だ/松山は四神相応の土地
第三章 加藤嘉明の結界
 松山築城の秘法/京都・江戸にみる秘術の法則/多すぎる嘉明の寺社勧請・移設・寄進/方位への結界
第四章 加藤嘉明の結界2
 寺町に施された北斗の結界/軍神・八幡神社の結界/素盞嗚尊による結界
第五章 加藤嘉明、転封の謎
 嘉明の会津移封の謎
第六章 蒲生忠知の結界
 蒲生忠知、お目見え/寺社の移設と蒲生忠知の結界
第七章 久松松平家の結界
 藩主選定の謎/久松松平家時代の寺社創設・移設・寄進/久松松平家時代の神社/久松松平家の方位結界/嘉明の結界崩し・北斗篇/嘉明の結界崩し・八幡篇/天神結界を探る
第八章 久松松平家の秘術
 俳句文化は言霊信仰/死霊鎮魂の能文化
あとがき
 
 他にも、『戦国ぼっち』シリーズで知られる瀧津孝氏の『ビジネスピンチなら戦国武将に訊け!』越智魔琴氏の『物の怪がたり』も雲水舎から同時に発売となります。
 
詳しい内容や立ち読み、アマゾンへの入り口は、以下のサイトでご確認いただけます。
※どいなか主義HPは​こちら
 






最終更新日  2021.08.30 19:00:05
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2021.04.24
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   飯蛸の頭に兵と吹矢かな  漱石(明治29)
   蟹に負けて飯蛸の足五本なり  漱石(明治29)
   飯蛸の一かたまりや皿の藍   漱石(明治41)
   飯蛸や膳の前なる三保の松   漱石(明治41)
   飯蛸と侮りそ足は八つあると  漱石(明治41)
 
 明治44年8月15日、漱石は新和歌浦を見物した後、県会議事堂で『現代日本の開化』と題して講演を行ないました。講演後の宴会に出ますが、風雨がはげしくなり、漱石らは和歌浦に戻らず新和歌浦に泊まりました。和歌山の「風月庵」での有志の慰労会で名物の蛸をたくさん食べています。
 妻・鏡子の『漱石の思い出』には次のように書かれています。
 
 そのころ「大阪朝日」の社員でした長谷川如是閑さんなどがお見舞いにおいでになって、どうも夏目くんは不養生だ、この間和歌ノ浦で飯蛸をしきりにたべるから、そんな不消化ものをたべてだいじょうぶですかと心配して注意してあげても、だいじょうぶだといってはしきりに喰べるんだらということに、夏目も寝ながら、ナーニ、飯蛸のせいじゃないよと抗議を申し込んでおりました。(夏目鏡子 漱石の思い出 46 朝日講演)
  
 ただ、この季節なので、これはイイダコではなく、タコの卵です。袋に入った状態でメスのお腹に収まり、生は透明ですが、茹でると白くなります。僕は一回、松山のミシュラン一つ星の店で食べたことがありますが、とてもクリーミーで、今までに食べたことのない濃厚な味わいでした。






最終更新日  2021.04.24 19:00:09
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2021.03.11
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   賭にせん命は五文河豚汁  漱石(明治28)
   河豚汁や死んだ夢見る夜もあり  漱石(明治28)
   涅槃像鰒に死なざる本意なさよ  漱石(明治29)
   物言はで腹ふくれたる河豚かな  漱石(明治29)
   鰒汁と知らで薦めし寐覚かな  漱石(明治39)
   なに食はぬ和尚の顔や河豚汁  漱石(明治43)
 
 漱石が明治40年1月18日の高浜虚子に宛てた手紙は、野上弥生子の小説『縁』を紹介するものです。その手紙にイマドキの小説好きは「鰒汁をぐらぐら煮て、それを飽くまで食って、そうして夜中に腹が痛くなって煩悶しなければ物足らないという連中が多いようである。それでなければ人生に触れた心持がしないなどといっています。ことに女にはそんな毒にあたって嬉しがる連中が多いと思います。大抵の女は信州の山の奥で育った田舎者です。鮪(まぐろ)を食ってピリリと来て、顔がポーとしなければ魚らしく思わないようですな。こんななかに『縁』のような作者のいるのは甚だたのもしい気がします。これをたのもしがって歓迎するものは『ホトトギス』だけだろうと思います。それだから『ホトトギス』へ進上します」とあり、刺激ばかりを求める読者の嗜好を河豚と鮪を使って揶揄しています。
 
「縁」という面白いものを得たから『ホトトギス』へ差し上げます。「縁」はどこから見ても女の書いたものであります。しかも明治の才媛がいまだかつて描き出し得なかった嬉しい情趣をあらわしています。「千鳥」を『ホトトギス』にすすめた小生は「縁」をにぎりつぶす訳に行きません。ひろく同好の士に読ませたいと思います。今の小説ずきはこんなものを読んでつまらんというかも知れません。鰒汁をぐらぐら煮て、それを飽くまで食って、そうして夜中に腹が痛くなって煩悶しなければ物足らないという連中が多いようである。それでなければ人生に高浜虚子に宛てて触れた心持がしないなどといっています。ことに女にはそんな毒にあたって嬉しがる連中が多いと思います。大抵の女は信州の山の奥で育った田舎者です。鮪(まぐろ)を食ってピリリと来て、顔がポーとしなければ魚らしく思わないようですな。こんななかに「縁」のような作者のいるのは甚だたのもしい気がします。これをたのもしがって歓迎するものは『ホトトギス』だけだろうと思います。それだから『ホトトギス』へ進上します。(明治40年1月18日 高浜虚子宛て書簡)
 
 古川柳や「河豚は食いたし命は惜しし」という言葉があるように、江戸っ子たちに河豚の味は魅力的なのですが、毒のために命を落とす人が多かったのも事実でした。当時の河豚料理は「河豚汁」が中心で「ふくと汁」とも呼ばれていました。江戸時代初期の料理書『料理物語』「ふくとう汁」の項に「皮を剥ぎ、わたを捨て、かしらにある隠し肝をよく取って、血気のなくなるまでよく洗い、切ってどぶ(=酒粕を使った調味料)につけておく、すみ酒(=清酒)も入れる。下地は中みそより少し薄くして、煮立ったら魚を入れ、一煮立ちさせてどぶをさし、塩加減を吸い合わす」と書かれています。
 しかし、フグはその毒から江戸時代は禁制の魚となっていました。しかし、その美味し佐のために毒も厭わないという人たちがいたと言います。明治に入っても、フグを食べて中毒になる人々は多く、明治15(1882)年には、政府も「河豚食う者は拘置科料に処する」とした禁令を発布しています。
 フグが一般的に食べられるようになったのは明治20年(1887)の暮れのことです。初代内閣総理大臣を務めていた伊藤博文が山口県の旅館・春帆楼に宿泊した折、時化で魚の姿がなく、旅館の女将は打ち首覚悟で禁制だったフグを御膳に出しました。博文はフグを食し、「こりゃあ美味い」と賞賛します。実は、若き日の博文は、高杉晋作らとフグを食べていて、その味を知っていたのでした。翌年、博文は当時の山口県令に命じて禁を解かせ、山口県下限定でフグ食が解禁されています。
 東京では明治25(1892)年に、毒の含まれる内臓を取り除くことを条件に、フグの販売が解禁されました。
   
 夏目漱石の小説では、『吾輩は猫である』と『道草』『虞美人草』にフグ汁が登場します。どちらも注意しなければならない食材として登場します。また、『満韓ところどころ』には、
 
 始めて海鼠を食い出いだせる人はその胆力に於て敬すべく、始めて河豚を喫きつせる漢(おとこ)はその勇気において重んずべし。海鼠を食くらえるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。苦沙弥先生の如きに至ってはただ干瓢の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食って天下の士たるものは、われ未いまだ之を見ず。(吾輩は猫である 9)
 
「それから河豚(ふぐ)と朝鮮仁参(ちょうせんにんじん)か何か書いてある」
「河豚と朝鮮仁参の取り合せは旨いね。おおかた河豚を食って中(あた)ったら朝鮮仁参を煎じて飲めとでもいうつもりなんだろう」(吾輩は猫である 9)
 
 彼はまたその人に連れられて、よく船に乗った。船にはきっと腰蓑を着けた船頭がいて網を打った。いなだの鰡だのが水際まで来て跳ね躍る様が小さな彼の眼に白金のような光を与えた。船頭は時々一里も二里も沖へ漕いで行って、海鯽というものまで捕った。そういう場合には高い波が来て舟を揺り動かすので、彼の頭はすぐ重くなった。そうして舟の中へ寐てしまう事が多かった。彼の最も面白がったのは河豚の網にかかった時であった。彼は杉箸で河豚の腹をかんから太鼓のように叩いて、その膨れたり怒ったりする様子を見て楽しんだ。(道草 15)
 
 ただの女といい切れば済まぬこともない。その代り、人も嫌い自分も好かぬ嘘となる。嘘は河豚汁である。その場限りで祟りがなければこれほど旨いものはない。しかし中毒(あたっ)たが最後苦しい血も吐かねばならぬ。その上嘘は実(まこと)を手繰り寄せる。黙っていれば悟られずに、行き抜ける便りもあるに、隠そうとする身繕い、名繕い、さては素性繕いに、疑いの眸(まなこ)の征矢(そや)はてっきり的と集りやすい。繕いは綻(ほころ)びるを持前とする。綻びた下から醜い正体が、それ見たことかと、現われた時こそ、身の錆は生涯洗われない。(虞美人草12)
 
 旅行記『満韓ところどころ』にもフグが出てきます。満鉄総裁の中村是公(よしこと)と漱石は、第一高等中学校以来の親友でした。是公は河豚の干物を囓りながら、胃病で悩んでいた漱石を激励していたのかもしれません。(ゼムとは山崎愛国堂が販売した「一粒含めば元気爽快 二粒忽ち消化を能くし 三粒にして悪疫を防ぐ」という懐中薬です)
 
 是公は書斎の大きな椅子の上に胡坐をかいて、河豚の干物を噛って酒を呑んでいる。どうして、あんな堅いものが胃に収容できるかと思うと、実に恐ろしくなる。そうこうする内に、おいゼムを持っているなら少しくれ、何だかおれも胃が悪くなったようだと手を出した。そうして、胃が悪いときは、河豚の干物でも何でも、ぐんぐん喰って、胃病を驚かしてやらなければ駄目だ。そうすればきっと癒るといった。酔っていたに違ない。(満韓ところどころ 18) 






最終更新日  2021.03.11 19:00:07
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2021.03.08
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 ようやく、精神的な悩みから解放された子規でした。ただ、食欲が湧いて来ません。普段なら、3〜4杯食べるのに、この日は1〜2杯のみです。
 朝は、昨日岡麓か試算した酣雪亭の中華料理を食べました。
 酣雪亭は、湯島天神の鳥居前にあった偕楽園に次ぐ中華の名店です。明治34年刊行の『東京名物志』には「支那料理専門を持って著る。亭は高丘に據り、近く都下の光景を一望の下に集め、遠く房総の碧巒に杳冥の間に対し、四時ともに眺望に富む。この好景を領してまた有名なる包丁数名を清国甯波府より招き、極めて旨美なる風味を調烹するをもって、紳士間の賞賛を博せり。亭の名は「酣飲于雪」の義に取る」とあります。
 この説明によると、見晴らしの良い高級中華料理店だったことがわかります。
 また、西洋菓子も6日に鋸歯が持って来たものの残りでした。
 
十月八日 風雨
 精神やや静まる されど食気なし
 朝飯遅く食う 小豆粥二わん つくだ煮 咋日の支那料理の残り
 牛乳 西洋菓子
 午飯 さしみ 飯一わん つくだ煮 焼茄子 梨 ぶどう
    牛乳 西洋菓子 しおせんべい
 便通とほーたい
 晩飯 さしみ三、四切 粥一わん ふじ豆 梨 ぶどう レモン
 来客なし






最終更新日  2021.03.08 19:00:07
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2021.02.23
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    霽月に酒の賛を乞われたるとき 一句抜きたまえとて遣わす五句
   飲む事一斗白菊折って舞わんかな  漱石(明治28)
   憂ひあらば此酒に酔へ菊の主  漱石(明治28)
   黄菊白菊酒中の天地貧ならず  漱石(明治28)
   菊の香や晋の高士は酒が好き
   (酒名を凱歌[かちどき]という)兵ものに酒ふるまはん菊の花  漱石(明治28)
 漱石は、下戸でありながら日本酒の酒蔵に賛を贈ったことがあります。
 一つは、今出(現松山市西垣生町)で伊予絣の製造会社を営んでいた村上霽月の頼みに応じて書かれたものです。霽月の実家は酒造業や金融業を営む素封家でした。霽月が漱石と知り合ったのは、子規が漱石の下宿・愚陀仏庵にいた頃で、互いの気風があったのか、漱石と霽月は、漱石が松山を離れてからも、漱石の晩年まで交流が続きました。
 霽月の親戚の岡酒造が、明治28(1895)年の日清戦争勝利にちなんでつくられた酒があり、その酒に対して、下戸の漱石へ賛句を頼んだのです。この酒は「かちとき」と読まれ、現在も醸されています。

 この年は、日本が日清戦争に勝利しましたので、凱歌[かちどき]という名前の酒が誕生したことになります。酒以外にも、こうした名前を持つ商品が多く誕生しました。






最終更新日  2021.02.23 19:00:06
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