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東京フリー・メソジスト教団付協力牧師 甲斐慎一郎 説教要約

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2016.06.19
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カテゴリ:カテゴリ未分類

「あなたの心を見守れ(5)神に従う意志」2016年6月20日

インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2014年9月24日放映「御霊による思いと肉の思い

  130707人間を構成する三つの要素.jpg

「あなたの心を見守れ(5)神に従う意志」
                   甲斐慎一郎    
                   詩篇、40篇7~9節

  「わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのお
しえは私の心のうちにあります」(8節)。

 一、三種類の意志について

 人は、「霊とたましいとからだ」という三つの要素から成り立ち、
便宜上、霊のいのちとたましいのいのちとからだのいのちとに分け
ますが、三つのいのちがあるわけではなく、肉体のいのちは、たま
しいのいのちが支配し、たましいのいのちは、霊のいのちが支配し
ていて、いのちの実体は霊にあります。
 そのように意志も、霊の意志とたましいの意志とからだの意志と
いう三つがあるわけではなく、からだの意志は、たましいの意志が
支配し、たましいの意志は、霊の意志が支配していて、意志の実体
は霊にあります。
 しかしアダムが罪を犯し、全人類の霊が死んだ時から、人は神に
従う意志を失い、霊の意志とたましいの意志が一致せず、「私は、
自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行
っています」(ローマ7章19節)とあるように、霊の意志とたまし
いの意志が食い違ってしまったのです。
 からだに関しては、意志とは無関係に起こる条件反射や反射運動
というものがありますが、これは、からだを健康に保つ本能の働き
です。しかし人類の堕落以後、人は、食欲や性欲を理性や意志で制
御することができず、本能のままに行動する罪に陥りました。
 このようなことから人類の堕落以後は、霊の意志とたましいの意
志とからだの意志が食い違い、対立してしまったのです。

  二、三種類の欲求(欲望)について

  意志に働きかけて意志を動かすものに欲求(欲望)があります。
ある人は、15の「肉の行い」(ガラテヤ5章19~21節)を分類し
て、最初の3つが「性欲」、次の2つが「礼拝欲」、次の8つが
「社交欲」、最後の2つが「飲食欲」であると述べています。
  1.からだに関しては、飲食欲や性欲など、自らの生命と、その
子孫とを絶やさずに保とうとする「保存欲」です。
  2.たましいに関しては、他の人や物と交わり、それを知ろうと
する「社交欲」です。
  3.霊に関しては、人間よりも偉大な神を崇拝し、礼賛しようと
する「礼拝欲」です。

 欲求(欲望)は、神によって人間に与えられたもので、これ自体
は善でもなければ悪でもなく、中性です。パーカイザーは、これを
自動車のエンジンにたとえて、「自動車を動かしはするが、その方
向を決定するものではない」と述べています。この欲求は、だれに
対して、または何を求めるかという「対象」と、何のために求める
かという「目的」と、どのように求めるかという「方法」の可否に
よって善にも悪にもなります。そしてこの欲求の表現こそ「求め」
であり「渇き」です。

  三、神に従う意志について

  人間にとって最も大切なことは、神に従う意志を取り戻すことで
すが、そのためには、次のような3つのことが必要です。
  1.神を信じる意志
  「神は、知性と感情と意志とを持っておられる霊であり、人間も
また、知性と感情と意志とを持っている霊である」(G・C・モル
ガン)。意志を持っている私たちが、意志を持っておられる神を知
るには、証拠を確かめて認めるだけでは不十分であり、意志を働か
せて信じなければなりません。
  2.罪を悔い改める意志
 神への信仰というものは、神の正しさと聖さという性質上、当然
のことですが、道徳性が含まれています。ですから神への信仰は、
悪い心や罪深い生活を悔い改めるという意志がなければ、持つこと
はできません。
  3.救いを信じる意志
  受ける資格のない者に、無代価で与えられるものが恵みであり、
その恵みを自分の意志で受け取る手が信仰です。私たちは、この信
仰によってのみ、罪から救われ、心の眼が見えるようになって神を
知るだけでなく、神に従うことができるようになるのです。

甲斐慎一郎の著書説教集

次回は2016年6月27日「神への信仰と意志」です。

 






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Last updated  2016.10.17 11:59:40
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