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言 い た い 放 題 !  アッキー 28 号

言 い た い 放 題 ! アッキー 28 号

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2006.10.25
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カテゴリ:子育て・親育ち
今日は午後3時から、虐待防止の勉強会。子ども家庭
サポーターも聴講できる、ということで、自転車を
半時間漕いで、市役所別館の輝きプラザきららまで。

最上階の大研修室に入ると、広い会場にいっぱいの
聴衆者に驚いた。

保育や教育、支援者対象の研修会。ぎりぎりまで
自宅で段取りの悪い仕事の原稿書きに苦しんで、
10分遅刻して行ったので、わずかにあいている
最後尾の席に座ると、お隣が下の子の子育て教室で
お世話になった保育所の元園長先生で、ビックリした。

ご挨拶したが、向こうはもっとビックリしていただろう。
だって、私は、障害児特別保育制度の利用者。障害児の母は、
どっちかというと、支援される対象なんだもんねー。

「あの先生の話は一度聞く価値はあるよ」というお友達の
Iちゃんの薦めで、水曜日しかも1時半下校の日に
ガイドヘルパーに数時間上の子を託して、無理を押して
出かけて行った講演会。

確かに、無理して行った甲斐、ありましたよ。

「僕、ADHDで、話どんどん飛ぶんですー。最後まで
話しきれるかなー。ごめんなさいー」なんて開けっぴろげに
語りながら、講師の話す内容は、虐待についての欧米、日本の
感じ方の違い、江戸時代から日本や欧米の歴史を振り返り
比較をしながら、虐待を行ってしまう親や家族の病理について、
次々とユニークな視点からの考えを披露していかれる。

何より、枠組みの確かさが凄かった。「こういう視点を持つことが
大切」なんて、普段あまり私たちは意識しないことだから。

欧米では子どもはデーモン(悪魔)を抱いて生まれてくる、
キリストを殺した原罪を抱いて生まれ来る罪の存在であるのだから、
叩いて、体罰で罰して、子どもの身体から悪魔を押し出すことが
親の義務と考えられているということ。

対して、日本では、子どもは純粋無垢な存在であり、育つうちに
悪は周囲からひっついてくる、だから、親は、子どもが悪を
身につけぬよう、外に対して注意し、見守ることが必要だということ。

大正時代産業革命が日本に入ってきて、「中間層」の市民が生まれるまで、
子どもを産む若い女性は重要な労働力で、出産が終わればただちに
労働に復帰することが必要だった。そのため、子育ては10代はじめの
若い女の子や中高年の女性たちに託されていたということ。

子育ては親が行うものではなく地域が子どもを育てる、という意識が
累々と日本にはあったということ、昭和30年代生れの講師自身、
近隣のおばちゃんたちに助けられて育ってきた経験を語り、
「そのために、親が子どもの養育を行わないという『ネグレクト』に対して、
日本人は寛容だ。しかし、地域の子育て力がなくなった今、ネグレクトに
対する親和性だけが生き残っているのは、非常に危険なこと」と話されたのは
とても説得的だった。

日本人が、子どもを叩かない文化であったということ、桃山時代の
宣教師の報告や、明治時代に来日した外国人たちの残した記録に
「日本は子どもの天国。6歳の子どもがイタズラをしても、大人たちは
叩かず、子どもらに懇々と言い聞かせて、言葉で説得している!」 
と驚愕して書いているということ。

体罰に対して親和性のある欧米。

対して、ネグレクトに対して親和性のある日本。

そんな叩かない日本の子育てが「体罰容認」になってきたのは、
大正くらいからのことだったということ。

他にも、虐待を行ってしまう親を支援するために必要な視点を、いくつも
講師は語ってくれたのだけれど、それは、また、その著作を読んでおいおい
学んでいこうと思います。

とにかく、2時間でものすごい量のすぐれた情報をいただきました。

帰りに、誰も知ってる人がいなくて、さびしいよーと思っていたら、
保育所の先生に声をかけられたり、次々と知り合いのお友だちに
出会うことができて。

とても楽しい午後を過ごすことができました。

本当だよ!





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Last updated  2006.10.26 02:05:29
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