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2020.12.03
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カテゴリ:家族を見送る


⇒「あのころの家族模様・前編」はこちらから。

夫の退院翌日も娘はVCE試験を控えていた。
Chemistry科学の試験の後に、翌日はPhysics物理学。
後2日。
それでめでたく全科目の試験が終了する。
受験生の娘にとってはまさにもう一息なのでした。

ところが、
退院したその夜も夫は痛みを訴えた。
病院からもらってきた痛み止めも効かないようで、
痛みで動けず、呻いていた。
その様子は入院前と大差なかった。

だから退院しても大丈夫なのかって聞いたのにっ!怒ってる
と、言いたい言葉は飲み込んで、
「病院に戻った方がいいんじゃないの?」と
やんわり勧めてみたけれど、夫は戻ろうとはしなかった。

元々、ちょっと痛くても大騒ぎする私と違って
苦痛を訴えるタイプではなかったから、
よほどの痛みだったに違いない。
たぶん私なら即救急車を呼ぶような…。

こんな状態で患者を退院させた病院に
猛烈に腹を立てていた。

退院を一言の相談もなく、勝手に決めてしまった夫にも。
自分のことは家族に相談もせずに決めてしまうということは
夫がやりがちなことだったから。

痛みに苦しむ彼は気の毒だったけど、
勝手に退院を決めたあなたの自業自得じゃないのよ、と
腹を立てている自分もいた。
明日は娘の大学受験が控えているのに…。
なんでメェのこんなに大切なときに退院してきたのよ!
後2日で終わるんだから、
私だったら終わってから戻ってきたわよ!怒ってると。


翌日は子どもたちを学校に送り出すや
ベッドや椅子、シャワー用シートやトイレシートなど
介護機器をリースしようと駆け回った。
入院前に夫が
家具が背骨の激痛に喘ぐ自分の規格に合わない、と言っていたから、
苦痛が軽減されるような介護用ベッドをゲットしなければ、と。
夫の安眠と、何よりも受験中の娘のために。
今夜こそ娘をぐっすりと眠らせてあげたかった。

病院用の介護ベッドを貸してくれる業者を見つけたものの、
配送は翌日になると言われた。
それでも夫の方は晩乗り切れば楽になれそうだったけれど、
明日、受験最終日を迎える娘の方は…。
たっぷり眠って、ベストな体調で受験に臨ませてやりたいのに。しょんぼり


するとその夜、息子が告げに来たのだった。
「ムゥがダディンについているから、ママとメェは早く眠ってよ」ウィンクと。

えっ、あなたが・・・!? びっくり

「ありがたいけど、
ムゥがついていても、痛み出したら難しいと思うよ」

「そのときはママを起こしに行くから。
明日はメェにとって大切な日だってことを考えたら、
送っていくママは事故なんか起こさないようちゃんと寝なきゃ。
(㊟ 私は未だに運転が苦手…)
それよりメェが早くぐっすり眠れるように霊気してあげなよ」スマイル

思いもよらなかった息子の発言だった。
我が家は二人っ子なので、
ムゥは何年たっても家族で最年少。
いつまでもワガママ甘えん坊の下の子だと思っていたのに・・・。
あの、ムゥが!
いつの間にか成長していたのね…。号泣

息子の決意が固かったので、
結局ダディンのことは任せることにした。
ムゥの成長が嬉しかったってこともあるけれど、
いつもの根深~い夫婦間の軋轢もあった、と思う。
相談もなく勝手に決めてきた夫に対する苛立ちと怒りに、
またなの、勘弁してよ…ショックって気持ちもあったから。

だけどその夜、ムゥが父親に呼ばれることはなかった。
ダディンは呻くこともなかったのだそうだ。
それでムゥは夜中に自分のベッドに戻り、
お陰で娘もその夜は眠ることができた。
睡眠不足が続いていた私も眠ることができたのだった。ぽっ

夫はあの夜、眠れたのだろうか? 
と、ふっと思うことがある。
子どもたちのことを思って我慢しまくったのかもしれないな。
元々苦痛や弱音を吐く人ではなかったし、
夫自身、娘の受験を優先していたから。


時間が前後するけれど、その年の7月半ば、
1月末から始めた2度目の化学療法が効かなくなって、
10回予定の9回目で中止することになった。
それで主治医は代わりにシドニーで行われている
最先端の臨床試験、放射性核種内用療法を勧めてくれた。
夫の病状や治療歴なら受け入れられるだろうから、と。

それは、副作用もほとんどなく、
末期癌の患者でさえ治ってしまう人もいるという
言わば、夢のピンポイント放射能治療だった。

私は単純に「いいね!グッド」マークを送ったけれど、
夫の方はそのとき主治医に尋ねたのだった。

あなたの癌専門医としての経験から言って、
自分は後どれくらい生きられるだろうか?、と。

彼女は申し訳なさそうに答えた。
余命1年、と。

夫も衝撃を受けていたようだけど、私もショックだった。
それでもどこかで覚悟はできていた。
夫の癌が見つかって初めて彼女とここで会ったとき
余命数年、2年から5年だろうと言われたのだった。
あのときから既に2年が経っていたから。

それ以上に
3か月後に大学受験を控えた娘のことを思って青ざめたのだった。
受験前に父親に何かあったら…と。

その日、夫と私は、娘の受験が終わるまでは
子どもたちには内緒にしておこう、と決めた。

思えば夫も私も、この実験的新治療に対する希望のお陰で
そう決断する余裕があったのかもしれない。
あのときは自分たちが考えていた以上に期待していたんだろう。
この画期的な癌治療なら、うまくいくかもしれない、と。

あの頃のことを思い返せば・・・
やはり複雑な気持ちになってしまう。
妻として、夫には可哀想なことをしてしまった。しょんぼり


それから1年後、
ハロウィーンの夜に息子が呟いたのだった
前回の日記「メルボルンの規制緩和とハロウィーン・クッキング」に)。
「ダディンに悪かったなぁ・・・って
思うことがあるんだよねぇ」、と。

話を聞いてみれば、意外にも
娘の受験前夜のことを思い出していたのだった。

あの夜、ムゥは夜中に1度だけダディンから呼ばれたんだそうだ。
背骨が痛むのかと行ってみれば、
もう遅いから一緒に眠らないか、と。

そうしてあげれば喜ぶだろうなぁと思いながらも
ちょうどカップヌードルを食べながらDVDで映画でも見ようと
お湯を注いだところだったので、断ってしまったんだそうだ。

そんなことがあったのか…と聞きながら、
そんなことを息子は気にしていたのか…と切なくなった。
後悔しなくちゃならないような、そんな出来事でもないと思うのに、
ムゥの心には刺さっているんだろう。

結局、放射性核種内用療法は失敗し、
その半年後に夫は帰らぬ人になってしまった。

それは、仕方のないことだったと考えている。
夫の寿命だったのだろう、と思う。
逆に、コロナ禍で恐ろしいことになってしまう前に
安らかに逝くことができて良かった、と。

それでも、
可哀想だったなぁ…と思い出すことはあるんだ。
とりわけ妻として、
もっとしてあげられたのかもしれないなぁ…とか、
あのときは可哀想なことをしてしまったなぁ…とか。

きっと子どもたちも
そういう痛みを残しているんだろうなぁ…。
それが、ふとした切っ掛けで心に浮かんでしまうんだろう。


だけど私は自覚もしている。
それがあのときの、自分の精一杯だった、と。
たぶん夫も、子どもたちも、みんな―。

人が亡くなるときにはいろいろと
不思議なことが起こるというけれど、
夫のときもそうだった。
ほんとうに、すべてが
導かれているかのようだった。

彼の人生は、私たちが思っていたよりも短かったけれど、
天寿を全うしたのだと思う。

不治の病を抱えて、日常生活を生きるということは、
どれほどしんどかったことだろう…。
まだ10代の子どもたちを残して逝かなくてはならなかったことは、
どれほど心残りだったことだろう…。

だけど、といおうか、だからこそ
今世で学ぶべきことを学び切ったんじゃないのか、と
到達しようと決めていた
精神的境地以上のところに到達できたんじゃなかろうか、と
夫を見送ったときに悟ったのだった。

大往生だったんだなぁ、と。

亡くなってから交代で供養にお経をあげている。
そのときに話しかけてあげるようにと子どもたちに勧めている。
昔のことでも、今のことでも、気になったことは何でも。

亡くなった人でも想いは伝わると思うし、
それより何よりも自分の心が軽くなる、満たされるから。
子どもたちにはこれからも父親と話す時間が必要だと思うから。

今年のハロウィーンのときもそうだったけど、
娘は時々「しあわせだねぇ」ぽっとしみじみ呟いてくれる。
おっとりと柔らかな声音の、そのつぶやきを聞くたび
私も本当にそうだなぁぽっと実感するんだ。

それでもまだしみじみと幸福を感じられる。
なんてありがたいんだろう。
それも、夫が大丈夫だと
往生しているのだろうと思えるからかもしれないなぁ。


結局、私たちはその時々で
自分なりの「精一杯」を生きている。
自分も、周りも、
みんなそうだと意識していることは、とても大切だと思うのです。


冒頭の写真は、あのころ、両親に連れられて
毎朝我が家に餌を貰いに来てくれていたベイビー・マグパイです。
ベイビーといっても、
ティーンネイジャーくらいにはなっていたんだろうけど。


この手前の色の薄い子がベイビーで、
背後にいるのはダディ・マグパイ。



裏ドアから中を覗いているのが、マミィ・マグパイ。
この1年前に私が自宅でチベット密教リトリートをしたとき
(​2018年12月の日記「初めての独りリトリートと僧院ステイと、夢と」​に)
この子と仲良くなったのがを結んだ切っ掛けでした。
愛しい、あのころのマグパイ一家手書きハートです。


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Last updated  2020.12.05 08:11:05
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