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MIMIC LYRIC

MIMIC LYRIC

名著損なわれた自己 和訳

1,離断

損なわれた自己
心的外傷は人間の安全感覚を破壊し、基本的な人間関係、つまり人との感情的つながりを脅かす
信頼感は失われ、疎外感が残る。

環境への安心感が存在しない状態では、人格の発達はありえず、自尊心を失う

被害者だ。

にもかかわらず、罪悪感を覚え、劣等感に悩まされる。

社会への信頼、結合感、そして信仰すらも危機にさらされる。

易傷性と復元性
こころの傷がどれほどかを決める最も強力な因子は、外傷的事件其れ自体がどれほどだったか、だ。
個人の性格の差など殆ど影響しない心的外傷に免疫を持っている人などいない

しかし、心の傷がどのようであるか、は個人的資質に影響される。
また、PTSDからの復元力にも個人差がある。
研究の結果、人付き合いが良く、よく考えてしかも、積極的な行動様式を持ち、自分の運命は自分で切り開くという信念を持っている人が、どうやらストレスに抵抗性があるようだ。

社会的支援の効果。
心的外傷は人間関係に大きなダメージを与えるものだから、社会的な支援が必要不可欠だ。
特にレイプや幼児への性的虐待などは、隠蔽されやすいし、社会からの理解も少ない

基本的安全感を再建し、自己への肯定的な見方を取り戻してゆくためには、マニュアル的な対応ではなく、被害者個人への具体的な共感と理解が必要だ。


2、精神崩壊

シェル(砲弾)ショック説 (チャールズ・マイヤーズ)
炸裂する砲弾による脳震盪。しかし、身体的外傷に曝されなかった兵士にも症状が見られた

道徳的劣格者起源説 (ルイス・イェランド他)
軍人として劣等なものが罹ると考える。
または患者は詐病者、臆病者。イェランドの辱めと脅かしと処罰をベースとする治療戦略。

士気の高い兵士にも起こりうる精神科的障害 (W・H・R・リヴァーズ 他)、精神分析の原則に基づいた人道的治療。

患者シークフリード・サッスーンの例として。

リヴァーズの証明
一.文句無しの勇士達も、圧倒的恐怖の前に屈しうる
二.恐怖を屈服する動機づけは愛国心、抽象的原則、敵への憎しみでは弱く、より強い動機づけは兵士同士の友愛だった。

エイブラム・カーディナーが、現在の心的外傷症候群の臨床像のおよそを描く。
此れは一九世紀ジャネのヒステリーの定式に酷似している。
当時ヒステリーは差別語化していた。


3、恐怖

心的外傷は、無力化され孤立無縁の状態で、逃げる事も戦う事もできないときに起こる

自己防衛の機能が働かなくなり、記憶を統合する事ができなくなる。

様々な症状が現れ、一人歩きを始める。
いわゆるPTSD、外傷後ストレス障害だ。PTSDの症状には多数の症状があるが、三つに分野分けすることができる。

過覚醒
持続的な警戒体制。
同じ危険がまた襲ってくるのではないかと、常に緊張する状態。
些細な事に過敏な反応を示し苛立つ
睡眠の質が下がる

侵入
危険が過ぎて長時間がたっても、其の事件を何度も再体験する。
何の誘因がなくても、覚醒時に事件がフラッシュバックしたり、睡眠時に外傷性悪夢を見たりする。

狭窄
無力化されたとき、人間は降伏状態になる。
車のヘッドライトに立ちすくむウサギが其の例だ。
知覚が鈍くなり、無感動、無感覚な状態
解離、現実の歪み、意識の狭まりなど、余波期に於いては、侵入と狭窄という、相反する二つの反応が交互に訪れる。

強烈に記憶を思い出す時期と、何も感じない空白の時期を繰り返す。
そして此れは長期間続く
此れを自己破壊傾向、デーモン的な力という。


4、境界例治療の副産物

約二〇年前に、神田橋條治という有名な精神科医が書いた、境界例の治療についての文章の中に、とても印象深いことが書かれているので引用してみた。
今だったら神田橋氏も違うことを書くかもしれないが。

境界例治療の副産物
境界例患者とのつきあいには、心地よい瞬間は、全くと言ってよいほど無い。
苦い味わいは、多種多様にある。
しかも、確たる実りが得られることは稀だ。
治療の多くは、尻切れトンボに終わる。
治療者としての技術の向上といえば、精々、華々しい現象の起こらない「沈香も焚かず、屁もひらず」といった状況を、長期間維持する技術が身につくにすぎない。
新しい認識や、新しい考えが芽を吹くことがあっても、理論と呼べるほどに育つことは無い。
無理に育てると奇形児となる。

試みに境界例に関する諸理論を概観してみると、其処に、常に、苦し紛れの匂いが漂っているのを見いだすことができる。
そうした事情を、次のように要約することができそうだ。
境界例の治療に従事すると、自分の内部に、不安定と破壊とがもたらされる」と。

此れが境界例治療の副産物だ。
夏蜜柑の皮をみる立場の治療者も、内部構造に目を向ける立場をとる治療者も、等しく破壊的影響を受ける。
其れどころか、皮をみるとか、内部をみるとかいう其の立場さえも、破壊されかねない。

しかし、破壊がさらに進み、破壊されることは、有害で不快なことであり、避けるべき体験だ、という価値観までも破壊されると、破壊されるということと新しいものを得るということとは、同じ事象の両面だ。
というような考えが芽ばえる。

そして、境界例患者との苦い味わいが、キラキラ輝く充実した体験のように感じられてくる。

しかも、そうした充実感を現実と感じつつ、同時に、幻想が現実より価値が低いとはいえまい、と呟くようになってくる。

境界例患者に、何か役だつ他者として機能しようと願いながら、つきあいを続けてゆく人には、必ずそうした変化が生じてくると、筆者は感じている。
そして、其の変化は、何か、豊かな方向への変化だ。

少なくとも、捨てがたい点があると感じている。

恐らく、人の精神の問題にかかわる職業を選択した人々の、其の選択の基盤にある動因と関連させたとき、捨てがたい価値あるいは富を生じてくるであろう。
どうも、そんな感じがする。


5、歴史は心的外傷をくり返し忘れてきた

心的外傷の研究は、まるで健忘症にかかったように、忘れ去られてしまう時期と、非常に活発に研究される時期とが交互に訪れて今日に至っている。

過去に研究が盛んだったのが次の三つだ。

一九世紀後半のヒステリー研究
患者は主に女性。患者と話し合い、外傷的記憶を再認識させる治療法が発見されたが、政治的な流れでほぼ消滅してしまった。

第一次、第二次世界大戦、其れにベトナム戦争時の戦争神経症研究
患者は主に兵士。
戦友との友愛、の感情が最も強く精神崩壊に対抗する事が発見された。

催眠による短期治療法
何より効果的だ。生物は、食べる、寝る、排泄する、さえしていれば健康と言える。

一九七〇年代のレイプと性的虐待の研究
表面に出にくい性的な問題。女性への性的搾取への意識を向上させる運動に始まって、レイプ被害へのケア、PTSD概念の公認。

<現在のところ心的外傷の研究は、正当な研究分野として確立されているようだ。


6、戦争外傷神経症

第一次世界大戦における精神科傷病兵と其の起源説
ヒステリー女性そっくりの行為、金切り声を上げ、すすり泣いた
抑えることはできなかった。
金縛りとなり身動き一つできなくなった。
無言、無反応となった。
記憶を失い、感じる心を失った

第二次大戦と戦争神経症研究の進展
いかなる人間も、銃火の下に置かれたときには、神経症的破綻を起こしうる。
精神科的傷病兵の数は、戦闘に暴露される程度の苛烈さと正比例する。

二〇〇-二四〇日の戦闘は、最も強靭な兵士が神経破綻を起こすのに、十分な期間だ。
戦闘状態に慣れることは無い。(J・W・アベル、G・W・ビーブ)

変性意識の導入が治療に効果的
圧倒的恐怖への最良の防衛は、兵士と同じ班員と班長とのつながりrelatednessの度合いだ

催眠術による変性意識の導入
だが徹底追従 follow-thoroughが不足している場合は、成功しない。(ガーディナー、ハーバート・スピーゲル)

危険が絶え間ない状況は、兵士に同じ班員、班長への極度の感情的依存性を起こさせる。
観察では、心理学的破綻に対する最強の防衛は、小戦闘単位での士気とリーダーシップだ。

アミタールソーダを用いた、変性意識の導入法ナルコシンセシス(ロイ・グリンカー、ジョン・スピーゲル)。

お話治療、の焦点は外傷性記憶と其れにまつわる恐れ、怒り、悲しみの感情を取り戻し、カタルシス的に外傷性記憶を再体験することに置かれた。

ある報告では、第二次大戦中に急性ストレスに陥ったアメリカ戦闘員の八〇%が、通常一週間以内に何らかの任務、内三〇%は戦闘部隊、に復帰した

ベトナム戦争、反戦運動との関連
帰還兵による、自分達が戦った、続行中のベトナム戦争への反対組織。
反戦運動の道徳的信頼性に貢献。

反戦帰還兵達のおしゃべりグループ rag group
目標は心的外傷に悩むここの帰還兵への慰めと、社会に戦争が残す傷痕について自覚を促すこと。七〇年代中期には一〇〇以上が発生。

七〇年代末、帰還兵組織の圧力で心理学的治療プログラムの立法措置を求める請願
オペレーション・アウトリーチ、が復員軍人局内に設置。
スタッフは帰還兵であり、ケアは自助モデル、仲間同士のカウンセリングモデルに基づいていた。

一九八〇年、PTSDがDSMIIIに入る。
臨床像はカーディナーの外傷神経症と一致した。


7、社会を変革すること

性戦争の戦闘神経症
嘗て問題は隠されていた。

一九世紀後期、ヒステリー研究が行われた時代には、暴力をこうむることが女性の性生活と家庭生活の日常茶飯事だ、という意識はなかった。

二〇世紀の大部分の期間に、外傷性障害の知見をみちびいたのは戦闘参加帰還兵の研究だった。

一九七〇年代の女性解放運動によって、初めて女性の外傷後障害の頻度の多さが認識されたのだ。

真実が隠されてきた原因は、恐怖と恥辱による沈黙であった。

体験を口にすれば、公衆の前で屈辱を味わい、嘲られた
また、私生活の暴君政治に与える名前がなかった。

コンシャスネスレイジング運動
コンシャスネスレイジング(意識向上)運動、が、戦闘的フェミニスト運動の最初の方法だった。

此れはグループで行われ、親密関係であり、秘密厳守の規則があり、真実を語ることを至上命令としているという点で、集団精神療法、帰還兵のおしゃべりグループと共通点がある。

この庇護された環境で女性たちはレイプについて語り、他の女性たちは其れを信じた。

今日という日
わたしの小さな自然の身体の中に
わたしは腰をおろし、そして学ぶ……
女性だ。
わたしの身体は
あなたの身体のように
どの街でも標的となって
十二の歳に
わたしから奪われた……
わたしは一人の女が敢えて立つのをみつめる
わたしはあえて一人の女をみつめる
わたし達は敢えてわたし達の声を挙げる


コンシャスネスレイジング運動、は精神療法と似ているが、其の目的は個人を変えることでなく社会を変えることにあった
其れは、あらゆる理論を、生ける実践と行動とで吟味するということでもあった。
コンシャスネスレイジング運動、とともに始まった過程は公衆の自覚のレベルを高めた

例えば、
レイプについての第一回公開スピ-クアウト(一九七一年)
女性に対する犯罪を裁く国際法廷(一九七六年)
アメリカにおけるレイプ関連法の改正運動(一九七〇年代中頃~)、法改正。

研究の増加は、性的攻撃の広汎性を明らかにした。
女性運動は性的攻撃の問題の研究を増加させた。
国立精神保健研究所レイプリサーチセンター創設は、通例と異なり、研究員の大部分は女性だった。

彼女達は、感情的中立性に価値があるものと考えず、被害者と自分との間の感情的な繋がりを誇りにした。

そして長時間の水入らずの、個人的面接が行われた。
此れらの研究の結果、女性、子どもに対する性的攻撃が広く行われていることが明らかになった。

四人に一人の女性がレイプされており、三人に一人の女性が小児期に性的虐待を受けていた。


8、レイプの残虐性の理解、サポート・システム

フェミニスト運動により、レイプは性行為の一種ではなく、残虐行為であり、暴力犯罪の一種だ、という定義がされた。

当時はレイプが女性の最深層の欲望を満足させるとされていたのだ
また、レイプは恐怖をとおして女性の従属を強いる政治的策略の手段だ。と規定された。

女性運動により、被害者に対するサポート活動が行われるようになった。

レイプ・クライシス・センター開設(一九七一年~)は、医学や精神保健システムの枠外に組織された草の根機関で、ボランティアたちが被害者に実際的、法的、感情的なサポートを提供した。

被害者の心理学的反応
レイプの心理学的研究(バ-ジェス、ホルストロ-ム、一九七二年)も行われた。

レイプ・トラウマ症候群、被害者の心理学的反応のパターン
襲われている時の、生命の危険に対する恐怖。
余波期における、睡眠障害、吐き気、驚愕反応、悪夢、解離症候群。

無感覚症候群
此れらの症状は戦闘参加帰還兵の症状と共通している。

家庭内暴力、小児の性的虐待
理解が深まるにつれ、性的搾取の研究は次第に複雑な関係を取り上げるようになった。

すなわち、赤の他人によるレイプから、知人によるレイプデイトにおけるレイプ結婚生活におけるレイプへと。

さらに、家庭内の殴打や、小児への性的虐待へと研究は向かった。

家庭内暴力と小児の性的虐待の研究もフェミニズム運動から発生し、被害者への救援活動は正統的な精神保健システムの枠外で組織された。
其の心理学的研究はまたしても心的外傷症候群の再々発見となった。
被殴打女性症候群などにみられる。

近親姦後生存者
一九八〇年以降、戦闘帰還兵の外傷後ストレス障害、と、レイプ・家庭内暴力・近親姦後生存者たちの心理学的症候群とが、同一であることが明らかになった。

此れはすなわち、両性間で戦争が行われているということであり、ヒステリーは性の戦争における戦闘神経症だ。


9、過覚醒

心的外傷とは
心的外傷の特徴として、権力を持たないものが苦しむものだ。

外傷的事件の被害者は、圧倒的な外力、災害、残虐行為によって、無力化、孤立無援化されている。

外傷的事件は決して稀有なものではない
外傷的事件は、人間の人生への通常の適応行動によっては対処しきれない強烈な恐怖、孤立無援感、自己統制力の喪失、完全な自己消滅の脅威だ。現行の精神医学教科書によると。
外傷的事件の強度を単一の物差しでは測ることはできない。

危険に対する通常反応と外傷反応の相違
危険に対する人間の通常の反応は、心身両面を包含する反応が、複雑でありつつ統一されて一つのシステムを形作っている。
(一)警戒待機状態(アラート状態)に入り、直面している状況だけに注意を集中させる。
(二)通常の知覚に変更が起こる。
(三)怒りと恐怖という強烈な感情が起こる。
(四)正常な適応反応、覚醒度、注意力、認知、感情を変えること、が起こる。
(五)闘争か逃走か、という断乎たる行動をとる。


外傷反応とは、通常反応が不可能な時、人間の自己防衛システムが圧倒され、解体に向かう通常反応を構成するものだ。
其れは、其の有用性を失いながら、現実の危険が去った後でも激し過ぎる状態を、長時間持続する
外傷症状は、其の発生源との関係が切れてしまい、生体反応は断片化する。

断片化に対する観察
外傷後ストレス障害に対する観察は、歴史的には反応の断片化を中心としてきた

ジャネ
ヒステリーの病理の本質が解離dissociation、であることを正確に同定し、強烈な感情の持つdissolving、つまり溶解作用が、心の統合的syunthesizing機能を無力化することによって、外傷的記憶は通常の意識からは切り離され、一種の異常状態に於いて保存されていることを証明した。
一世紀前に、だ。

カーディナー
戦闘神経症の病理の基本を記述するのにジャネに似た表現を用いた。(ジャネの五〇年後のことだ。

外傷を受けた人は、自己の神経系が現在から切り離されたかのように感じ、また行動すると提唱した。


10、PTSD症状の三大別

過覚醒hyperarousal、は長期間に渡って危険に備えていたことである。
侵入-intrusion、は心的外傷を受けた刹那の消えない刻印。
狭窄-constriction、は屈服による無感覚反応をいう。

過覚醒

過覚醒状態は、外傷後ストレス障害の第一の主要症状であり、外傷を被った人間は、些細なことで驚愕し、些細な挑発にも苛立たしく反応し、睡眠の質が下がる

外傷を受けた男性の非刺激性高進と爆発的攻撃行動とは、圧倒的な危険に直面して闘争か逃走か、を決める反応のパターンが粉砕された、其の無秩序な破片だ。(カーディナー)

ストレス的な環境から離れても、生理学的な現象、交感神経系の慢性賦活状態は、持続し、安全を保証された人生に対する、不適応性を露呈するようになる。(グリンカー=スピーゲル)

患者は全汎化した不安と、対象特異的な恐怖とが、結合した状態を呈し、正常人が持っている、警戒しながらリラックスもしているというレベルの注意の基準線が無い。

外傷後ストレス障害の人は、通常人よりも入眠に余分の時間が掛かり、音に対して敏感で、中間覚醒の回数も多い


11、狭窄

狭窄とは、完全に無力化され、いかなる形の抵抗も無駄な状態だ。
其の時、人は降伏の状態に陥る
孤立無援化された人は、置かれている状況から行動することによって脱出せず、意識の状態を変えることによってそこから抜け出ようとする

レイプ後生存者の言葉
夜道、車を走らせる時、車のヘッドライトの光の中で立ちすくんだウサギをみたことがありますか。立ち竦んで、金縛りに遭って、ウサギは次に起こることを観念しているのです。まさにあれでした。
わたしは叫び声を立てられなかった。身動きできなかった。わたしは麻痺させられた。ぬいぐるみの人形のように


こういう意識の変化が、外傷後ストレス障害の主要症状の第三だ。
狭窄constriction すなわちマヒ numbingの中心だ。
危険から逃れられないという状況は、逆説的だが超然とした心の平静さをももたらすのだ。

其の一。知覚変化
恐怖も怒りも痛みも其の中に溶け込み、知覚は鈍くなるか歪み、身体の一部の感覚が麻痺するとか、個別的感覚が失われるかすることがある。
時間感覚の変化、ものの動きがゆっくりになった感じ。
自分が自分の体外に離脱して事件を眺めているように思うとか、体験全体が一つの悪い夢で、間もなく其れから覚めるはずだと思う。

其の二。感情的変化
無関係感、感情的超然(第三者)感、其の人の主動性(イニシアティヴ)と闘おうとする気概との全てを消失させるような深い受け身感。
この変性意識は、耐えられない苦痛に対する防衛だ、という見方もある。

例として、レイプ後生存者と、第二次大戦の戦闘参加帰還兵の体験を比較する。

わたしは其の時点でわたしの身体を離れた。わたしはベッドの側に移って、起こっていることをみつめた。
わたしは孤立無援感から解離した。わたしはわたしの側に立っており、ベッドにいるのはただの脱け殻であった。


第四中隊の大部分のように、わたしも感覚が痺れていた。本当の解離状態であった。この状態に我々は、二千年見つめ、という名をつけていた。
其れは麻酔をかけられたような無感覚な見つめ方で、自分のことなどどうでもよくなった男が、大きく眼を見開いたままでいるのであった。



12、外傷性解離と催眠トランス状態

此れらの意識の超然状態は催眠トランスの状態に似ている
トランス其のものは意識の正常な特性だが、外傷的事件はトランス状態を起こす能力を強力に活性化する。

ただ、外傷性トランス状態は催眠と違って、統制されていない形であり、普通は意識的に選んで入るわけでもない
催眠状態と外傷性解離との生物学的基礎となっている因子はまだ謎のままだ。
催眠はモルヒネと同じように働く? という推測もある。

アルコール、薬物への依存
外傷を受けた人で内発的に解離をなしとげることができない人は、アルコールや麻薬類を使って其れに似た感覚マヒ状態を作り出そうとすることがある。

外傷を受けた人は、アルコールをはじめ種々の薬物への依存を、彼らの本来の問題の上に重ねるという大変な危険を冒す。
其の薬物乱用は、しかし、彼らの災難の上に加重されて、彼らの孤立と疎外はさらに深まる結果となる。

狭窄はしつこく続く
意識の解離性変化、中毒は、完全な孤立無援感の時点では適応的だが、危険が去った後もしつこく続き、非適応的なものとなる
また、変性状態は外傷体験を通常の意識から隔離するので、治癒に必要な統合を妨げる。
困ったことに、狭窄、解離状態は極めてしつこく続く


13、過去の学者の記述

ジャネ
外傷後記憶喪失は意識野の狭まり、によるもので、此れが苦痛な記憶を通常の意識から切り離してくれる。催眠性トランス状態に置かれると解離してある事件を詳しく再生できるようになる。

カ-ディナ-
狭窄の過程は外傷的記憶を正常な意識の外に保つ働きをしている。侵入体験として意識の中に頭をもたげるものは記憶の断片だけだ。

海軍帰還兵の例
外傷的な事件について考えることを、意志を用いて抑圧するというやり方も、外傷を受けた人の特徴であって、此れはあまり意識されないが、やはり解離の一つの形だ。

生活の狭め
狭窄は明確な目標を持つ行動や主動性の全体をもおかすものだ。
幾らかでも安全を作り出すために、外傷を受けた人は其の生活の狭め、を行う。

レイプの後を生きる二人の女性の報告
「わたしは自分ひとりで出かけるのが恐くなった。わたしはあまりに無防備、あまりに脅えていると思ったので、ただもう何かをすることを止めてしまったのであった。わたしはただ家に閉じこもり、ただふるえていた

「わたしは髪を丸刈りにしてしまった。男たちの目を魅きつけたくなかった。暫らくの間、ただもう中性的に見えて欲しかった。其のほうが安全だという感じが生まれるからだ」

狭窄症状はまた、未来を予想することや将来の計画を立てることを邪魔する。
戦時中の兵士は、計画を立て主導権を握る能力についての自信喪失があり、次第に迷信的、魔術的思考に道を譲り、呪いやお守りや前兆を信頼するようになる。

誘拐された児童は、其の後事件を警告する前兆があったと思い込むようになり、其の後自分を守り行動を指図してくれる前兆を求め続けていたが、其れだけでなく、歳月が経っても、未来が短縮されてしまったという感じを抱き続けていた。

大人になったら何になりたいかと聞かれて、多くの子供は、そんなことは想像したこともないし、未来の計画を立てたこともない、だって子供のうちに死ぬはずだものと答えた

外傷を受けた人達は、狭窄のために、ひょっとすると外傷体験の効力を減殺できたかもしれない対抗行動を、やりとげる新しいチャンスを、むざむざ逃してしまう。

狭め症状は、確かに圧倒的な感情状態に対する、防衛の試みではあるだろうが、与えてくれる加護が何であろうと、払う代価があまりに高い
其れは生活の質を落とし狭め、結局は外傷的事件の効力を長びかせる


14、外傷の弁証法

危険体験の後に続く余波期に於いては、侵入と狭窄という相矛盾する二つの反応が、一種のうねりのようなリズムをつくり、バランスを保つことができない。

圧倒的な強烈な感覚の洪水と 全く何も感じないという砂漠のような空白状態との間を往復し、其の周期的交替が不安定性を 生み出し、このため将来が予測不能なもので一杯になり、自分は孤立無援だという感覚が さらに強まる。

最初は侵入症状が主体である
外傷後の障害は、最初は侵入的な再体験が主体だ。
侵入症状は外傷後、数日から数週の間最も著しく、三ケ月から六ケ月のうちにあるレベルまで下がり、其れからは緩やかに弱くなってゆく。

しかし、恐怖、不安、狭窄など、外傷後障害はなかなか消えていかない。
症状は時がたてば消退するらしいとはいっても、事件の何年後になっても、もとの外傷を思い出させるきっかけがあれば復活してくる力を持っている。

次第に狭窄症状が優勢になる
侵入症状が消退するにつれて、狭窄症状が優勢になる.。
ただ生活の動きを機械的に続けているだけで、日々起こる事柄を、まるで非常な遠距離から眺めているようなものだ
麻痺と離断の感じを、一時的にでも破るには、恐怖の瞬間を繰り返し再体験するしかない。

狭窄症状(陰性症状)と外傷的事件との関連は分かり難いので、外傷後ストレス障害は次第に見過ごされ易くなる
諸症状は非常に長く続き、また幅が広いので、被害者の恒久的な人格特徴と誤認されやすい。
そうなれば永遠に生活は狭まり、記憶にさいなまれ、孤立無援感と恐怖とに縛り付けられる

自殺について
外傷を受けた人の内、最も深く傷ついた人達は、死にたいと願う。
レイプ後、生存者は其れ以外の犯罪被害者のグループの、どれよりも多くの神経破綻、自殺念慮、自殺企図を示している。
重い外傷後の自殺率の評価はまだ論争中だ。

しかし戦闘経験による外傷が自殺の危険率を高めることは恐らく事実であろう。
恐怖、怒り、そして外傷の瞬間の憎しみは外傷の弁証法の中に生き続けている


15、心の離断

外傷的事件は基本的な人間関係の多くを疑問視させる。
家族愛、友情、恋愛そして地域社会へのアタッチメントを引き裂く
其れは自分以外の人々との関係に於いて、形成され維持されている自己、というものの構造を粉砕する。

其れは人間の体験に意味を与える、念のシステムの基盤を空洞化する。
其れは被害者の自然的、超自然的秩序への信仰を踏みにじり、被害者を生か死かの危機に投げ入れる。

人間関係への打撃は二次的ではなく外傷の一次的効果だ。
外傷的事件が一次的効果を与えるのは、自己の心理学的構造だけでなく、個人と地域社会とを繋ぐ意味と、アタッチメントとのシステムに対してもだ。

マーディ・ホロウィッツの外傷的事件の定義被害者の世界との関係に於ける自己の、内的図式に同化し得ない事件だ。
外傷的事件は被害者の持つ、世界の安定性に関する基礎的前提を破壊する。
自己の積極的肯定的価値を破壊し、想像された世界の意味ある秩序性を破壊する。

基本的信頼は、対人関係の中で生まれる
人生の連続性、自然の秩序性、信仰は基本的信頼の上にある。
世界の中にいて安全だ、つまりは基本的信頼が出来上がる。
基本的信頼は人生の最初期において最初にケアしてくれる人との関係の中で得られる。
この信頼感はライフサイクルの全体を通じて其の人を支え続ける
基本的信頼は、人生が切れ目もなく連続したものであり、自然には秩序があり、超自然的な神の秩序があるという信念の根本だ。

恐怖状況に於ける、基本的信頼の根元への救いを求める叫び
其れに続く基本的信頼の喪失と、一切からの疎外感。
恐怖状況に於いて、人々は自ずと慰籍と庇護の最初の源泉であったものを呼び求める。
この叫びに応答がなかった時に、基本的信頼感は粉々に砕ける。

外傷を受けた人々はただもう見捨てられ、孤独であり、命を支えるケアと庇護との、人間と神とのシステムの外に放り出されたと思う

以後、疎外感、離弾間が、もっとも親密な家族のきずなからもっとも抽象的な地域社会と宗教への帰属感にいたるまで、ありとあらゆる関係に行き渡るようになる。
信頼が失われた時、外傷を受けた人々は自分は生者よりも死者の方に所属していると思う


16、矛盾する欲求は何処へ

両極への同様は、親密性についても見られる。
外傷は親密関係から身を引くようにさせもし、其れを必死に求めさせもする。
基本的信頼の深刻な破壊と、恥辱間と罪悪感と劣等感が普遍的に存在する事、社会生活の中にあるかもしれない外傷の残り滓を避ける必要と、此れら全てが親密関係からの引きこもりとなる。

外傷的事件の恐怖は庇護的な依存欲求を強めもする。
ゆえに、外傷を受けた人は孤立と他者への不安に満ちたしがみつきとの間を頻繁に往復する。

自己であることの基礎構造への打撃
外傷を受けた人々は自己の基礎構造にダメージを被っている。
自分自身への信頼を失い、自分以外の人々への信頼を失い、神への信頼も失う。

自己評価は、屈辱と罪悪感と孤立無援感という体験によって打撃を受ける。
親密関係を受け入れる能力は、欲求と恐怖という矛盾した、しかしいずれも強烈な二つの感情によって損なわれる


17、ベトナム戦争~自己崩壊

社会との結合間、信仰、社会への信頼、世界の有意味間の崩壊
外傷的な事件は、個人と社会とが結びついているという感覚を破砕し、信仰の危機を招来する。

信頼が裏切られたと感じた事による、信仰と共同体感覚への打撃
生存者の信仰と共同体感覚へのダメージが特にはなはだしいのは、外傷事件其のものに重要な人間関係に対する裏切りの意味がある場合だ。

一水平の場合は、水平への最大の打撃は救助側の態度であった。彼の症状は、其の対人関係に於ける矛盾性だ。

対人関係の矛盾性は外傷後に普遍的なものだ。
烈しい怒りを和らげる事が難しいために、生存者はコントロールできない怒りを表現するかと思うと、どのような形の攻撃性も許さないという両極の間を揺れ動く。


18、劣等感克服

外傷は、個人の有能性と積極性を無効にし、罪悪感と劣等感を生む

ホロコーストに於ける生き残った罪、有能性とイニシアティブとに関する、正常な発達的葛藤の解決が不十分であると、其の人は罪悪感と劣等感とを起こしやすい。

外傷的事件は、イニシアティヴを駄目にし、個人的有能性を履がえす。
ロバート・ジェイ・リフトンの発見:戦争、天災あるいは核爆弾によるホロコーストの生存者には生存者罪悪感survivor guilt、か、極普通に見られる体験だ、ということ。

加害者ではなく、被害者が罪悪感を覚える
罪悪感を覚える事は自分は全く手の打ちようがなかったという、完全な孤立無援感よりもまだましだ。

助けられなかった死者への罪悪感
罪悪感が特に激烈となるのは、生存者が自分以外の人間の苦しみ、特に死の目撃者となった時だ。

戦闘において、戦友の死を目撃する兵士は、PTSDのリスクが大きく、天災に於いて家族の死を目撃した生存者が、長期間に渡る治療困難な外傷症候群を残す確率が高い。

加害者に荷担した被害者は、対人関係的な傷が最も深い。

人間的なつながりを侵犯する事、そして、其の結果としての外傷後障害のリスクは、生存者が単に受け身的な目撃者ではなく、無残な死、あるいは残虐行為に積極的に加わった場合にもっとも大きい


19、損なわれた自己

統合感覚の粉砕、基本的自己感覚の喪失、遠過去の葛藤の再燃
人格発達の基盤=ケアしてくれる人達との安全な結合感覚を求め、外傷を受けた人はこの結合が粉砕される時、基本的自己感覚を喪失する。

そして、遥か過去に解消していた、幼少期と青年期との発達途上の葛藤が再燃する。
外傷は被害経験を強いて、自立とイニシアティヴ(主動性)、能力、アイデンティティ、親密性を巡る闘争を、復活させる。

子供の自己の発達に於ける前提は?
子供の自己評価は子供より遥かに強力だ。
親が、子供の個人性と尊厳性とを尊重する姿勢を示してくれるからこそ、発達する。
子供は、関係の中で自分は他とは別個の存在で、自分は自分だ、という感覚、自立性をも発達させる。

外傷事件は身体の統一性を侵犯する
外傷的事件は、其の人の自立性を基礎的な身体的統一性というレベルで侵犯する。
身体は侵入され、傷害され、汚される
身体機能のコントロールがしばしば失われる。
外傷の瞬間に於いては、被害者の視点というものは、全く一遍の価値も無くなってしまう
外傷的事件は、自分は自分以外の人達との関係の中で、自分自身でありうるという信念を破壊する。

自立を巡る葛藤の、未解決な部分が、外傷の余波期に恥辱と疑念をもたらす。
自立を巡る正常な発達論的葛藤の解決が不十分だと、其の人には恥辱や疑念を起こしやすい脆弱性が残る。

外傷的事件の余波期には其れと同じ感情反応が再出現する。
恥辱、それから孤立無援感と、身体の統一性の侵犯と、相手の眼前で被った屈辱とに対する反応だ。

疑念→自分以外の人々との結合を、其のままにしながら、他とは離れた自分自身の視点を保有する能力の喪失を反映している。


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