自閉症の長男ら障害者が自立して生活できる会社組織の確立目指す
…介護職から養蜂家へ決意の転身
島根県益田市の養蜂家・馬場一幸さん 46
四方を山に囲まれた島根県益田市の里山に、
30箱ほどの養蜂箱が整然と並ぶ。
長年携わった介護の仕事から転身して、わずか1年。
40歳半ばで養蜂家として本格的に歩み始めたばかりだ。
すでに馬場養蜂園の商品「百花はちみつ」は
スーパーなどで販売され、
人気が高まりつつある。
大阪府で育ち、
小学校入学を機に母の古里・益田に移り住んだ。
体が弱く、体力維持のため小学4年生の時に
地元のスポーツ少年団でサッカーを始めた。
高校は強豪・大社に入学。
当時は100人規模のチームで
「結果を出さなければいけない」
との強いプレッシャーの中、
3年の時にレギュラーをつかみ取った。
チームは全国大会出場を決めたが、
大会直前の練習試合で足を負傷し、
ピッチには立てなかった。
「足の痛みよりも精神的な痛みが強かった」
と振り返る。
高校卒業後は、専門学校で介護を学び、
21歳の時に益田市の医師会病院で
介護福祉士として勤めた。
養蜂と出合ったのは8年前。
月に1度は風邪の症状に苦しめられ、
様々な民間療法を試したが効果はなく、
家族に薦められたハチミツが運命を変えた。
スプーン1杯を毎日なめ続けたところ、
半年ほどで体質が改善して風邪をひかなくなった。
養蜂をしている津和野町の男性を訪ね、
口にしたハチミツに衝撃を受けた。
「花の香りが強く地の味がした。
これまで食べていた
外国産とは全く別のものだった」。
養蜂に魅せられた。
仕事の合間に何度も津和野町に通って養蜂を学び、
養蜂箱1箱を譲り受けた。
夜勤が多い介護の仕事をしながら
ハチを育てるのは厳しかったが、
「楽しくて仕方がなかった」
という。
ハチを購入して養蜂を拡大した。
「このまま続けていくにはどうすればいいか」。
2年前、迷いを断ち切るために
23年間勤めた介護の仕事を辞めた。
その直後、美都地区の養蜂家が
後継者を探しているとの話が舞い込み、事業を継承した。
「養蜂に専念する」
と決意したのには、
長男の存在が大きかった。
今春、高校生になる長男は自閉症で、
「長男ら障害のある子どもや大人が
安心して暮らせる居場所を作りたかった」。
8年前に趣味から始めた養蜂は、
美都地区を中心に約140箱になり、
初年で1・5トンを生産した。
長男らが自立して生活でき、
暮らしの中で仕事の報酬を得られる
会社組織のシステムづくりを確立することだ。
そのため、農園経営の傍ら、
養蜂で出るミツロウを使ったロウソク製造や農園、
地元食材やハチミツを使った飲食店などを模索している。
「都会ではできないかもしれないが、
益田だからできるかもしれない。
そのことが長男ら障害者や地域のために
つながるのであればうれしい。」
読売新聞
【YAHOOジャパン】

養蜂箱に囲まれ、「自閉症の長男らの居場所作りをしたい」と話す馬場さん
(島根県益田市で)
過去の趣味の経験を生かし、更なる飛躍へ、
素晴らしい挑戦に試みですね。
☄
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